3-3:猫ちゃんのユーレイが出るってウワサ

 ミズナちゃんは、ずっと不機嫌だった。


 隆太の顔を見続けたことや、あいつが性根では変わっていなさそうだったこと。

 更に、肝心なことは何も語られなかったこと。


 花見ちゃんに対し、隆太は思わせぶりなことを言った。しかし、『死後の世界の秘密』とはなんなのか。その先の詳細については語ろうとしなかった。


「やっぱり、あいつは嫌い」

「うん、わかる」

 たった一回会っただけでも、気分の悪い奴だとは感じた。


「でも、これで良かったのかもしれない」


 現在、僕たちは広崎家のリビングにいる。

 ユーちゃんとサッちゃんは、それから隆太の元には行っていない。僕という飼い猫がいたせいで、あいつらの輪からは仲間外れにされてしまった。


 おかげで、危険は去ったとも言える。


 隆太はミズナちゃんたちのように、誰かを『実験台』にしようと考えている可能性もある。それで危険な幽霊の元に行くよう誘導され、誰かが命を落とすこともある。

 けれど、ユーちゃんたちはそこに入れない。


 僕は安心し、ベッドの上で力を抜く。

 あとはゆっくり、隆太のことを調べられれば。


 とりあえずは、そう思っていた。





 でも、物事はうまく回らない。


「パルちゃん、いっしょに出かけよう」

 日曜日、ユーちゃんたちが僕に声をかけ、玄関の外へと誘導してくる。なんだろう、と思いつつ外へ出て、二人と一緒に道を歩いていく。


「今日は、どこへ行くのかな」

 ミズナちゃんも途中から合流して、僕は三人の女の子と一緒に歩いた。


「パルちゃん。この辺りで何か感じない?」


 小学校の先まで進んでいき、細い路地の先にある住宅地へと入って行った。近くには古い平屋建ての家が多く並び、じめじめとした印象があった。


「あのね。この近くで、猫ちゃんのユーレイが出るってウワサがあるの」

 ユーちゃんが屈みこみ、僕と目線の高さを合わせた。


「夜中になると、ニャーニャーってどこからともなく声が聞こえるとか、猫のカゲだけが動いてるのを見たとか、そういう話があるんだよ」

 甲高い声で僕に告げ、ぐるりと辺りを見回した。


「パルちゃん、これって」とミズナちゃんが眉を下げる。

「うん、なんか良くない状態だね」


 安心できるのは、まだ先のようだった。

 ユーちゃんたちは、思ったよりも負けず嫌いなのかもしれない。隆太たちに仲間外れにされたから、自力で何かを発見しようと意気込んでいる。


「パルちゃんには、ユーレイが見えるんでしょ?」

 無邪気な顔で、サッちゃんが問いかける。


「パルちゃんの力で、ユーレイ事件をカイケツしてよ」





 参ったなあ、とは思いはする。

 ユーちゃんもサッちゃんも、僕に期待の眼差しを送る。薄暗い一画へと足を運び、「何かいない?」と数歩進むごとに尋ねてくる。


 面倒臭いな、と考えながら木々の先などを見る。近くに雑木林があり、昼間でもそこの中は日が差さず、薄暗い状態となっていた。


 幽霊。そんなものがいるとすれば、こういう場所が定番なのか。

 そう思ってか、サッちゃんたちもしばしその場で足を止める。ユーちゃんは額に手を当ててぐるぐると見回し、サッちゃんは恐る恐ると薄闇の中を見ていた。


 帰りたい、と思いながら、僕はアクビをしようとした。

 でも、急に体に寒気が走った。


 雑木林の中。木々の影でぼんやりと暗くなった先で、不意に何かが蠢いた。

 なんだろう、と足を止める。一歩踏み込み、林の先へ目を凝らした。


 そこで、また何かが蠢いた。

 細長い幹のすぐ後ろへ、小さな影が入っていく。しばらく見つめ続けていると、同じ影が幹の裏から静かに出てきた。


 猫だ、というのはすぐにわかった。

 ごく普通の茶色い猫。それが雑木林の中をさまよっている。


 でも、体の力は抜けなかった。

 林の中を歩く猫は、『半透明』の姿をしていた。





 これは、何かが引っかかる。


 どうにかその日は、サッちゃんたちも飽きてくれた。僕がめぼしい反応を示さなかったため、途中で「のどかわいた」と言って家に帰ることを決めてくれた。


 あれは、なんだったんだろう。


「あの辺り、絶対に何かがある」

 ミズナちゃんに言い、次の日の昼間、僕たちだけで向かっていった。


 猫の幽霊を見た雑木林。その辺りをうろうろとし、おかしなものが見えないかどうか、じっくりと目を凝らす。


 そうして、再び『猫』を発見した。


 やはり半透明。生きている猫じゃない。

 この前のとは違う、全身が真っ白な猫だった。


 道に沿って進んでいくと、昨日見たのと同じ茶色い猫も発見できる。


「ミズナちゃん」と僕は傍らに声をかける。

「うん。何かおかしい」


 左右をしっかり確認しつつ、僕は道の奥へと進んでいく。


 声は聞こえない。でも、見える影の数は増えて行った。

 黒い猫、三毛猫、灰色の猫。中には生まれたばかりのような子猫もいた。

 そういう猫たちが、半透明な幽霊の姿で周囲を歩きまわっている。


 これは、どういうことだろう。

 歩みを進めるほどに、幽霊の数が増えていく。猫の幽霊たちは鳴き声を上げることもなく、ただ黙ってうろうろと周辺をさまよっているばかりだった。


 その先で、一軒の家に目が留まる。

 黒ずんだ灰色の石塀。その奥にある水色のトタンで出来た壁。庭の草は長く伸びて、あまり手入れされていないのがわかる。


 その家の茶色いドアから、また半透明の猫が外に出てきた。

 もしかして、と考えて、ドアをじっと睨みつける。


 そうやって、探りを入れていた時だった。


 ゆっくりと、内側からドアが開かれる。


「あら、可愛い猫ちゃん」

 家の住人が姿を現し、にんまりと僕に笑いかける。


 太ったおばさんだった。髪の毛はごわごわで、肩の辺りで大きくウェーブしている。胸やおなかの肉はたるんでいて、紫色のブラウスに、同じく紫色の長ズボンを合わせている。

 顔には沁みが多く、歯の色が黄色かった。


「どうしたの? おなかでも空いたの?」

 おばさんは僕に笑いかけ、「じゃあ、ウチにおいで」とドアを大きく開ける。


 その瞬間に、僕は目にした。

 おばさんの住む家の中に、無数の猫の幽霊がいることを。


「いらっしゃい。おやつも、いっぱいあるからね」


 家の空気がわずかに漏れ、血のような臭いが鼻をついた。

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