3-2:国枝隆太という少年
今ここで、僕に何が出来たというのだろう。
「パルちゃん、今すぐあいつを止めて! あいつは、絶対にダメなの!」
ミズナちゃんはずっと、怒りに任せて叫んでいた。
おかげで、話をよく聞くことが出来なかった。
国枝隆太は子供たちを集めて、何かしらの話を聞かせていた。「あそこの家のおじいさんは、周りに裏切られて酷い死に方をした。それからは、スーツ姿の人間を見ると手当たり次第に後をつけるようになったらしい」とか、怪談めいた話をしていた。
隆太は一体、子供たちに何を吹き込んでいるのだろう。
こんな、いかにもな噂話みたいなのを聞かせることで、何をするつもりなのか。
「ねえ、パルちゃん。どうにかしてよ!」
ミズナちゃんが僕の耳元で訴えるけれど、僕にはどうすることもできない。
それに、隆太の話を遮ることが、本当に正しいことなのか。
「この町には、そういうおかしな幽霊がたくさんいるみたいなんだ。だから、どこが危ないとか、そういう情報を知っている人は、周りのみんなと共有するようにして欲しい。そして、なるべくは近づかないこと」
年長者ぶって、子供たちを諭していく。小学生たちは熱の籠った目で隆太を見て、しきりに頷きを返していた。
「それを踏まえた上で、みんなにお願いしたいんだけど……」
そこまで語り、花壇の前から腰を上げる。
隆太はそこで、不可解そうに眉をひそめた。
「あの、そこにいる猫は、君んちの?」
僕の方を指差して、ユーちゃんたちに目を向ける。
「うん。ウチのパルちゃん」
サッちゃんが言い、僕をその場で抱き上げる。
「そうなのか」と隆太は悩むような顔を見せる。
じっと、僕の両目を覗き込んできた。
サッちゃんはすぐに手が疲れたようで、僕をコンクリートの上に戻す。隆太は近くまで来て僕を観察し、「うーん」と考え込む素振りをする。
「あまり、いい噂を聞かないんだよな。この猫が家に来てから、何も悪いことは起きてない? このパルメザンという猫の飼い主になった人間は、次々と死んでいるって話なんだ」
訳知り顔で、隆太はサッちゃんたちに語ってみせる。ミズナちゃんは隣で顔を大きく歪め、「お前が言うな!」と声を上げた。
子供たちは僕を見つめ、不安そうに距離を置く。
ユーちゃんとサッちゃんも、居心地悪そうに肩をすぼめていた。
「とりあえず、忠告はしておくよ。そういう猫を近くに置いておくと、この先に悪いことが起こらないとも限らない」
僕を見つめるのをやめ、隆太は花壇の前に戻る。
「呪いっていうのは、本当にあるものなんだよ」
ユーちゃんたちは、ずっと泣いていた。
僕が悪者扱いされたことが、とても悔しかったらしい。「ちがうよ」とその場で言い返してくれたけれど、周りの誰も味方してくれなかった。
僕はその場を離れようとし、サッちゃんがそれに気づいて追いかけてきた。ユーちゃんも一緒に来てくれたおかげで、嫌な場所からは引き離せた。
それから一時間以上、二人はずっと落ち込んでいた。
夕方の五時近くになり、ようやくアツヤが帰ってくる。「ナー」と僕はすぐに駆け寄り、アツヤが二人の元へと行くよう誘導する。
「ユー、サチ、何かあったのか?」
高校生のお兄さんは、妹たちに声をかける。台所のお母さんも心配そうに眉をひそめ、「本当に、どこに行ってきたの?」と呟いていた。
アツヤはそっと、僕の方に目線を送る。僕ははっきりと両目を見返し、「ナー、ナー」と声を発してやった。
それだけで、アツヤは何かを察してくれた。
「二人とも、しっかり話してくれ。今日、何があったんだ?」
妹たちの頭に手を置いて、アツヤが柔らかく問いかけた。
「その子、わたしと同じ中学です」
次の日の夕方、花見ちゃんが訪ねてきた。
一緒の家で暮らすようになり、だんだんこの子のこともわかってきた。
花見ちゃんは何かというと、アツヤと共に行動している。僕のことに疑問を持って、その先でアツヤと知り合ったんだろうとは思っていた。
実際、元々のきっかけはその部分だったらしい。僕が幽霊に反応している姿を見て、不思議に思っていた。そうしてその後も僕が事故現場付近にいるのを見て、興味を持つようになったという。
花見ちゃんは、小学校の時に犬を飼っていたそうだった。『ジェリー』という名前の黒いラブラドールレトリーバーで、たまにそのジェリーが道端で何かに向けて吠えかかり、散歩に連れ出していた花見ちゃんのお父さんが怒っても、吠えるのをやめなかった。
そういう不思議な行動を続けた後、ジェリーはある日、道端で小さい子供を突き飛ばした。見えない何かに反応したと思った後、傍を歩いていた子供に体当たりをする。その勢いで子供は土手から転げ落ち、腕を骨折する大怪我を負った。
その出来事があって、花見ちゃんのおじいさんがジェリーを不気味がるようになり、仕方なく保健所に連れて行ったという。
ジェリーのその後については、よくわからない。
花見ちゃんはずっと、ジェリーが何を見ていたのか気にしていた。そんな中で僕の姿を見たことで、何かがわかるのではないかと考えるようになった。
そして、アツヤと出会うに至った。
「子供たちを集めて、何かをやっているんですよね? わたしも気になるので、明日にでもその子と話をしてみようと思います」
食卓のテーブルを挟んで向かい合い、花見ちゃんは約束をする。
僕はミズナちゃんと目線を合わせ、大きく頷かれる。
「じゃあ、明日はわたしもそっちに行くね」
そう言って、ミズナちゃんは頰を緩めた。
「少し、話ができない?」
昼休みになるなり、花見ちゃんはすぐに動いた。
隆太が教室から出てくるのを見計らい、自分がユーちゃんたちの知り合いだということを伝えた。そうして、パルメザンという猫を不気味だと示唆したことで、子供たちが泣いていたのだと伝えた。
「小学生たちを煽動して、何がやりたいの?」
図書室前の廊下へと移動し、花見ちゃんは問う。ミズナちゃんはこっそりと背後に控え、二人のやり取りをじっと見ていた。
「説明しても、理解してもらえると思えませんが」
隆太は首を振り、話すのを拒否しようとした。
「幽霊の話なんでしょ? わたしたちも、今までそういうこととは関わってきたよ。知り合いだった人が幽霊になって写真撮影されたのも見てるの」
「へえ」と隆太は面白がる顔を見せた。
花見ちゃんは毅然とした態度を取り、ニヤニヤと笑う隆太を見据える。
「わかりましたよ。じゃあ、お話します」
肩を竦め、隆太は観念した様子を見せる。
「僕は、物事をはっきりさせたいんです。そして、『この世界』を救いたいって思っている」
花見ちゃんは何も言わない。
「僕は、『死後の世界の秘密』を掴んだんですよ」
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