第三章 ココロの神様
3-1:あいつだよ! あいつが、ここにいるんだよ!
僕が人間だったらな、と最近は何度も思う。
もちろん、僕が猫だからこそ、今も安全に生きていられる。人間がもしも幽霊の姿を見てしまったら、即座に命を落としているのだろうから。
アツヤみたいに、聞き込みになんか出かけられない。僕に出来ることは、ただ町の中を散歩して、聞こえてくる声に耳を澄ますことくらいだ。
「あそこの交差点のところに、幽霊がいるらしいよ」
学校帰りの女子高生たちが、そんな噂を口にしていた。
「最近、変な事故が多いだろ。そこで死んだ奴が、足を掴んでくるらしい」
男子中学生のグループが、そう囁き合っていた。
「また自殺者が出たってよ。事故物件だったらしいんだけど、幽霊に憑依されて死ぬ前の数日間は別の人みたいになってたらしい」
昼休みのサラリーマンたちが、缶コーヒー片手に語っていた。
そういう噂だけだったら、聞き流しても良かったかもしれない。
でも、今は状況が違ってきている。
「ねえ。あれ、パルメザンじゃない?」
ランドセルを背負った男の子たちとすれ違う。一人が僕を指差して、みんな遠巻きに僕のことをじっと見る。
「あいつと会うと、呪われて死んじゃうっていう話らしいよ。あいつの鳴き声で死んじゃったおばさんがいるって、お姉ちゃんから聞いたんだ」
やだなあ、と思わずにいられない。
テレビの力なんだろうか。哲宏が僕を持ち上げたせいで、いつの間にか僕も有名になってしまっている。
「ココロの神様、ココロの神様。どうか、わたしを助けて下さい」
一人が両手を合わせ、何かの呪文を唱え始める。
「ココロの神様、ココロの神様。どうか、わたしを助けて下さい」
他の子供たちも、同じ言葉を繰り返した。
よくわからない。でも、とても気持ち悪い。
「ねえ、あの言葉って一体なんなの?」
家に帰ってすぐ、ミズナちゃんに聞いてみた。
僕がアツヤの家に来てからは、ミズナちゃんも同じく近くに引っ越した。でも、今は同じ家には住んでいない。ユーちゃんやサッちゃんが生きていた頃のミズナちゃんと近い年齢だから、なんとなく傍にいるのが気まずいらしい。
だから、普段は隣の老夫婦の家にお邪魔して、たまに僕に会うためにアツヤの家に遊びに来るようになっていた。
今の時刻は夕方の六時。ユーちゃんとサッちゃんはリビングのテーブル席に仲良く座って、テレビアニメに見入っていた。
「『ココロの神様』って、なんのことなんだろう」
僕は部屋の片隅に座り、こっそりとミズナちゃんと向かい合う。
「前に、おばあちゃんのVTRにも出てきたと思う。そういう呪文を唱える人がいるけど、何かで出てきたものなの?」
「うん。どうなんだろう」
ミズナちゃんは顔を曇らせる。
「わたしも、それは唱えたことがある。何か怖いことが起こりそうな時は、それを唱えるといいんだって。だから、神社に行った後はずっとそれを唱えてた」
「何かの、おまじない?」
「隆太が言ってただけだから。そういう言葉を唱えればいいって。あと『変なステッカー』があって、それを心に浮かべればいいとか。でも、言ったのが隆太だから、それも今では本当だったのかどうか」
隆太か、と心の中で呟く。
変な実験をして、ミズナちゃんたちが死ぬ状況を作った奴。
「とりあえず、窮屈な感じがする」
哲宏が余計なことをしたせいだ。
おかげで、外を歩きづらくなった。
僕は、お風呂が嫌いじゃない。
水をかけられるのは嫌いだけど、程良く暖められたお湯で、優しく体を洗ってもらうのは好きな方だ。
この家に来てからは、その点もかなり充実している。
ユーちゃんとサッちゃんが、僕のお風呂係。二人で体操服に着替えて、夕方の時間にわざわざ洗ってくれるのだ。もちろん、大切なスカーフは丁寧に取り外し、汚れていたらアツヤのお母さんが洗濯してくれる。
悪くないな、と常々思う。タケユキの家にいた時は、こうして体を洗ってもらったことなど一度もない。もちろん哲宏たちにも。
「パルちゃん、いいニオイ」
ドライヤーの後、ユーちゃんが僕の体に鼻を近づけ、サッちゃんも真似をする。
ユーちゃんは、頭の両脇で髪を三つ編みにしている。サッちゃんは、頭の後ろで髪を一つに縛っている。二人とも目がぱっちりとして、可愛い顔をしている。
体が温まると、自然と眠くもなってくる。お風呂上がりには専用のベッドの上に入り、ゆっくり体を横たえた。
そうやって、目蓋を閉じようとした時だった。
「あした、見に行ってみようよ」
「えー、本当に行くの?」
ユーちゃんとサッちゃんが、何かを相談しているのが聞こえてきた。
「知ってる? この町にはね、こわいお化けがいるんだって。そういうのが人をあの世に連れていっちゃうって」
ユーちゃんが話を続け、「うーん」とサッちゃんが唸っていた。
「だから、ほうっておいたらいけないんだって。そういうお化けがどこにいるかをちゃんと調べて、みんなに教えないといけないらしいの」
ガバリと、僕は体を起こす。サッちゃんが振り向くけれど、ユーちゃんは気にせずに話を続けていた。
僕は静かに歩いていき、二人の会話に割り込もうとする。
でも、意味はなかった。
ユーちゃんは片手で僕の背中を撫でるだけで、全然話をやめようとしない。
「だから、見に行ってみようよ」
二人の身が、危ないかもしれない。
こういう時、猫は不便だ。朝にはアツヤに対して「ヌァー、ヌァー」と訴えかけてみたが、困惑顔で微笑まれるだけだった。
「とりあえず、ついていった方がいいよね」
ミズナちゃんと話し合い、ユーちゃんたちを監視すると決めた。
僕にできること。それは、二人が危ない場所に行かないかどうか傍にいて見ていること。
でも、学校までは一緒に行けない。
「ただいま、パルちゃん」
夕方の時間になり、ユーちゃんとサッちゃんがランドセルを背負って帰ってきた。「ナー」とだけ僕は応え、二人がそれぞれ水色とピンクのランドセルを下ろすのを見る。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってきます!」
台所にいるお母さんに向けて、二人はすぐに声を上げる。「どこ行くの?」と聞かれるが、その時には既に玄関を出た後だった。
「追いかけよう」と、僕はミズナちゃんに言う。
二人は小走りに道を進んでいた。僕も全速力でアスファルトの上を駆け、二人のすぐ横へと追いつく。
「あ、パルちゃん!」
ユーちゃんが声を上げ、目をキラキラとさせる。でも、走るのをやめようとはせず、嬉しそうに僕を見ながら一緒に道を駆けていた。
これから、どこへ行くんだろう。
ユーちゃんたちは、やがて小学校の正門前に辿り着く。そこには何人かの子供たちが集まっていて、花壇の方へと顔を向けていた。
「誰か、取り囲んでるみたいだね」
ミズナちゃんが隣に来たので、僕は人混みに目を向ける。
息を整えつつ、小学生たちの輪の中心を見極めようとした。ミズナちゃんもその場に立ち止まり、子供たちの先に誰がいるか、背伸びして見ようとした。
その先で、顔が大きくしかめられた。
「パルちゃん」と、ミズナちゃんが低い声を出す。
子供たちが体を動かした先で、中心にいる人物の姿が見える。
黒い学生服を着た少年だった。背丈はあんまり高くない。
色白で、髪の毛もちょっと薄茶色になっている。女の子と間違いそうな目の大きい男の子で、小学生に囲まれてニコニコと笑みを浮かべていた。
「パルちゃん、あいつ」
ミズナちゃんが眉間に皺を寄せ、少年の顔を睨みつける。
子供たちは何も気づかない。真ん中にいる少年を慕っている様子で、みんなが話に聞き入っているところだった。
「止めなくちゃ。このままじゃ、ユーちゃんたちも殺されちゃう」
いっそう顔を大きく歪め、ミズナちゃんが訴える。
「あいつだよ! あいつが、ここにいるんだよ!」
少年を指差し、しきり声を震わせる。
「あいつが、隆太なの!」
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