2-10:居心地のいい場所

 今度こそ、僕は野良猫になるのだろうか。


 哲宏たちは、暴走したトラックにはねられて死んだ。僕はすぐにその場を去ったけれど、これで本当に、僕は『呪われた猫』になってしまった。


 おばあちゃん、タケユキ、哲宏と恵津子。そして顔は知らないけれど、ブリーダーという人たちも死んでいるという。

 本当に、僕のせいなんじゃないか。話だけ聞く限り、僕自身でも心配になってくるような話でもある。


 きっと誰も、僕を飼おうなんて思わないだろう。





「あいつは、底抜けのお人よしなのかもしれないね」


 けれど、全部取り越し苦労だった。

 野良猫として生きるには、どんな工夫が必要か。ミズナちゃんと一緒に作戦まで練っていた。今後はミズナちゃんと一緒に公園で生活し、誰かから餌を貰おうと考えたのに。


「これからは、アツヤの家でお世話になる。あいつ、僕のことが全然怖くないらしい。僕がいい奴なんだって、本気で信じてるみたいなんだ」


「良かったじゃない。また、元の町に戻れるし」

 ミズナちゃんが微笑み、僕の頭へと手を伸ばす。


 確かに、これは幸運なことだ。





 広崎ひろさきは、とてもあたたかい家庭だった。


 お父さんとお母さん。長男の広崎ひろさき敦也あつや。妹の夕子ゆうこちゃんとさちちゃん。

 高校生のアツヤが一番のお兄さん。ユーちゃんが小学二年生。サッちゃんが一年生。

 家族全員が仲良しで、夕食の時間はいつも楽しそうだった。


 あまり大きくはないけれど、綺麗に掃除が行き届いている家。リビングの隅に僕の専用のベッドが用意され、アツヤが毎日丁寧に僕のご飯を出してくれる。


「パルちゃん、こっちに来て」

 ユーちゃんとサッちゃんも、僕のことが大好きみたいだ。僕みたいな猫が現れたことを全然迷惑がらないで、いつも僕と遊びたがり、あれこれと話しかけてくる。


 ここは、とても居心地がいい。

 少し、怖くなってしまうくらいだ。


 おばあちゃんと暮らしていた時、僕は毎日こんな気持ちを味わっていた。

 アツヤたちの家族と暮らしていると、その頃と同じ気持ちになってしまう。

 この家で、僕は安らぎを感じている。この場所を、悪くないと感じている。


 でも、絶対に忘れることはない。

 僕にとっては、おばあちゃんが一番だから。


 地獄へ行って、おばあちゃんと再び会う。

 それが、僕の唯一の願い。





 ◇◇◇


 この頃には、想像することもしなかった。

 僕がこれから、どんな運命を辿っていくのか。

 あの家は居心地が良過ぎて、目的を忘れてしまいそうになったから。





 アツヤの両手が、僕の首に回される。


「全部、お前の仕業だったんだな」

 絞り出すように、アツヤが声を発する。


 はっきりと、体の震えが伝わってくる。スカーフの上から僕の首を掴み、躊躇いながらも力を加えようとする。


「お前のせいで、ユーも、サチも、あんなことに。お前さえいなければ、誰も不幸にならなかった」

 涙で顔をぐじゃぐじゃにして、アツヤは懸命に僕を責める。


 そうだ、それでいい。

 アツヤ、僕をしっかり憎んでくれ。

 君じゃなければ、この役目は果たせない。


 不安でも恐怖でもなく、憎しみを持って僕の命を奪うこと。それが許されるのはこの世でただ一人、君だけなんだ。


「馬鹿野郎。なんで、こんなことになってんだよ」


 どうか、手を緩めないでくれ。このままひと思いに、僕の首を絞めるんだ。


 これで、いいんだよ。

 おかげで、僕の願いがようやく叶う。

 やっと僕は、地獄へ行ける。


 おばあちゃん。ミズナちゃん。二人はどうしているのかな。随分待たせちゃった。

 でも、これから会いに行けるんだ。


 だから君には、感謝する。

 アツヤ。君は最高の友達だ。

 親友である君の手で、最期の時を迎えること。





 これが、僕にとっての『未来』だ。

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