2-9:殺せ! 殺せ! 殺せ!

 きっと、最初から全部知っていたんだろう。


「この人たち、あのタケユキと一緒だね」

 帰りの車に乗せられる中で、ミズナちゃんが呟いた。


「やっぱり、パルちゃんを悪者にしようとしてる。最初から、そこの家の人たちが死んでるのを知ってたんだよ。そうやって、パルちゃんの周りでは多くの人が死んでるってことにしてるんだと思う」


 きっと、そうなんだろう。

 目的はよくわからない。でも、確実にまずい状況だ。


 多分、このまま家に入ったら次はない。こいつらの思い通りになってしまう。


「パルちゃん」

 やがて、車は自宅の前に着く。恵津子が助手席を降り、僕のいる後部ドアに手をかけた。


 そこですぐに、僕は外へと飛び出した。


「あ」と声が聞こえてくる。

 でも、振り返っている余裕はない。


 どこへ逃げる。当てなんか思いつかない。けれど、捕まったらそこで終わりだ。

 裏路地に入り、その先で唯一の覚えのあるルートを辿っていく。こっちの町の地理はよくわかっていない。


 そうして、児童公園へと入ろうとした。


 別に、何を期待していたわけではない。でも、思いつくのはここしかなかった。

 この場所で、いったんは身を潜める。それで先のことを考えよう。


 そう思っていたが、公園前には『先客』がいた。


「え?」と相手が先に目を見開く。隣にいたもう一人も、同じく驚いた顔をしていた。


 アツヤと花見ちゃんだった。

 ここは、タケユキがいた公園。その近辺をまだうろついていたらしい。ここは危険かもしれないと、前には納得していたはずなのに。


 一体、何をやっていたのか。

 でも、好都合かもしれない。


「ああ、良かった。ここにいたのか」

 数秒後、後ろから声が聞こえてきた。


 哲宏と恵津子が走ってきて、息を切らせながら近くまで来る。


 僕は咄嗟に身構え、アツヤの隣へと移動する。


「すまないね。それ、ウチの猫なんだよ。急に走って逃げちゃって」

 哲宏は柔和な顔を浮かべてみせ、僕へと近づこうとする。


 とりあえず、これで時間稼ぎができる。アツヤのいる前では、強引に僕を捕まえることもできない。


 そう思い、息を整えようとした。

 でも、思わぬ動きが入った。


「真鍋、哲宏さんですよね? 先日、お宅に伺った者です」

 アツヤが声を上げ、僕と哲宏の間に入った。


 ん、と僕は顔を上げる。アツヤは鋭く相手を睨み据えていた。

 まさか、と呆気に取られる。


 もしかして、僕を守ろうとしてくれるのか。


「お聞きしたいと思っていたんです。どうして、パルメザンを引き取ろうと思ったのか。その上で、霊能力を持っているなんてテレビで持ち上げるようなことをした」


「なんなんだ、君は」


「目的を知りたいんです。これまでの放送は、全部観させていただきました。でも、あなたの言葉には一貫性が感じられない」

 アツヤが指摘すると、哲宏は顔をしかめる。


「予告でも言っていましたね。パルメザンのブリーダーの元を訪ねて行くって。あそこの家の人たちは、かなり前に全員が不審な死を遂げている。それをあえて、今頃になって調べてみるという話でした」


「へえ」と哲宏は笑ってみせる。


「気になったので調べに行ってみたんです。猫のブリーダーの一家が突然の不幸で全滅したっていう話は、かなり有名な話になっていたみたいですよ。ペット産業の歪みだとか、動物の命を弄んでいる祟りだとか。そういう風に広まっている話があるのに、『これから会いに行きます』なんて宣言するのは、どう考えても変じゃないですか」 


 指摘を受け、哲宏は黙り込む。


「この事実を掘り下げた後、あなたはどういう反応をするつもりでいたんですか?」


「君には関係ない」


「秋坂恵さんの件が、絡んでいるんですよね? 詐欺被害に遭ったとして、タケユキの家を訪ねていった。その先で頭を殴打されて昏倒していた。そんな事件になったことで、秋坂さんが目覚めたら過去の件が注目されると考えた。だから、何かしらの手を打たなくちゃならないと考えたんじゃないんですか?」


 小さく、舌打ちの音が聞こえてきた。


「パルメザンを飼っていたせいで、月岡馨子さんも、タケユキも死亡した。タケユキが事件を起こしたのだってパルメザンのせいだった。ショコラという猫や、パルメザンという猫が次々と馨子さんの元に現れて、何かしらの呪いを発した。そんな風に馨子さんは不吉な猫たちに取り憑かれていたとか、そんな風に示そうとした。そのせいで全てが歪んだのだとして、みんな『被害者』だったんだと示す。そうなれば、詐欺に見えていた話だって、自分たちも本気で信じていたのだと言い逃れできると」

 理路整然と、アツヤは提示していく。


 恵津子は顔を青ざめさせ、哲宏は大きく眉を吊り上げていた。


「こいつを捕まえて、どうするつもりだったんですか?」


 最後の問いを発したところで、空気が変わった。


 哲宏が素早く距離を詰め、右腕を引くのが見えた。


 直後に、アツヤが後方に吹き飛ばされる。

 ドサ、と地面に倒れ込む音がした。


「ごめん。殴るつもりはなかったんだ」

 穏やかな声色を取り戻し、哲宏はアツヤに手を差し伸べる。


「でも、今のは許せない。さすがに誹謗中傷というものだ。想像だけでそんなことを言うのは許されないものだろう」

 静かに言いつつも、冷たく相手を睨み据える。


 花見ちゃんが体を震わせ、アツヤも頰の痛みに顔をしかめていた。


「そういうわけで、邪魔をしないでくれないか」

 そこまで言うと、僕の方へと目を向けた。


 こいつ、と頭の中が冷たくなった。

 今の話ではっきりとわかった。哲宏たちがやろうとしたこと。全部アツヤが指摘した通りで、僕を悪者にしようとした。


 僕を『生贄』にして、自分の罪をごまかそうとした。


 どうするか、と周囲を見回す。生憎、この近くに幽霊はいない。たとえいても、アツヤたちを巻き込むから同じ手は使えない。


 公園内を見回し、シーソーが目に入る。

 そうだ、と思いつき、すぐのその傍へと向かっていった。


「ナァーオ! ナァーオ!」

 タケユキがいた空間へと向け、僕はしきりに声を上げてみせる。


 しばらく呆然と、哲宏たちは目を見開いていた。


 こいつらは、僕には霊なんか見えないと結論を出した。一度は死なずに済んだから。

 でも、これを見たらどう思うか。


「あれって、タケユキが写真に撮られた」

 アツヤが声を出し、花見ちゃんが身を震わせる。


 作戦は、大成功だった。


 アツヤの呟きを聞いたことで、哲宏たちは表情を変える。恵津子と顔を見合わせて、すぐに僕から目を背ける。


 そのまま素早く、通りの先へと逃げて行った。


 まずは、これでいい。

 何もない空間を見つめるのはやめ、アツヤたちの様子を窺う。


 顔に痕が出来ている。かなり痛そうだと見て取れた。

 少しだけ、申し訳ない気持ちになる。


 だからこそ、今はこの場を離れなきゃ。





 何をするべきか、はっきりと理解できた。

 元々、僕は逃げるような立場じゃなかった。あいつらは、勘違いしてるんだから。


 少し走ると、哲宏たちの姿が見えた。

 大通りの方へと走っていき、ガードレールに手を置いて大きく息を荒げている。


 こいつは、僕を利用して殺そうとした。おばあちゃんのことも利用した。そうして自分たちだけでのうのうと生き長らえている。


(最低のクズだ)


 こいつらがいなければ、おばあちゃんは生きていたんじゃないか。

 こいつらが、おばあちゃんを殺したようなものなんじゃないか。


(殺してやろう)


 ちょうどよく、幽霊の姿がある。ガードレールの少し先に、背中の曲がったおばあさんが立っていた。

 とても不気味な、世の中を憎んでいそうな霊だった。


(殺せ! 殺せ! 殺せ!)


 導かれるように、僕は幽霊のもとへと歩いていく。

 哲宏たちが僕に気づき、不思議そうに目で追いかけた。


 その先で、僕は真っすぐに宙を見る。

 はっきりと、鳴き声を発してやった。

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