2-8:この猫は呪われている?

 また、理解不能な現象が起きた。


「タケユキが、いなくなってる」


 ミズナちゃんと共に公園に行くと、シーソーの前から消えていた。

 悪霊みたいになって、無言で佇むだけになっていたタケユキ。どうにか成仏でもさせられないかと思って、毎日様子を見に行こうと決めていた。


「どこかに移動した、とかじゃないよね」

 ミズナちゃんと一緒に、周辺を見回してみる。


 たしかに幽霊だって、ずっと一箇所に留まるわけじゃない。タケユキの家に現れていた女の人の幽霊も、少しずつ居場所を変えていた。

 でも、何かが違う気がする。


「本当に、どういう理屈なんだろう」


 タケユキが突然、物言わぬ悪霊になったこと。そうかと思ったら、今度は急に姿が見えなくなってしまった。

 お葬式はとっくに終わっている。天国や地獄へ行ったんだとしたら、どうしてこのタイミングになったんだろう。


 ミズナちゃんを見ると、顔中に不安の色を浮かべていた。


「一体、何が起こってるの?」





 でも、気にしていられる余裕はなかった。

 僕が心配しなきゃならないことは、もっと別に存在する。


「結論としては、こいつはただの猫なんだろうね」

 僕を見下ろし、哲宏が『結論』を出す。


「そうね。本物だったら、今頃無事じゃなかったもの」

 恵津子が相槌を打つ。


 おかげで、大体の内容は読めた。

 少し前、僕はリビングの中で『幽霊』の居場所を教えてみせた。タケユキがいるところへ向けて、何度も鳴くことによって。


 その時のこの二人の怯えた顔。それでも何も起こらなかったことで、僕に霊なんか見えていないのだと結論をつけた。


「とりあえず、安心だね」

「ええ、噂で良かったわ」

 二人で頷き合い、僕のことを手招きする。


「それじゃあ、始めようか」

「そうね。この子の晴れ舞台のために」


 目の前の二人は、とても穏やかに笑っていた。





 その後の出来事は、はっきりと僕の耳に入ってきた。

 こいつらが、裏で何を進めているか。


 ミズナちゃんがこっそりと、二人の後をつけてくれた。


「真鍋さん、やはりあの猫は傍に置いていてはいけないものですよ」

 あの桐ヶ谷遊水という自称霊能者と、二人はその後も会っていた。


 もちろん、やり取りの際にはテレビカメラも回っている。


「どうして、そんな風に思われるのですか?」

 戸惑った顔を作り、哲宏は問いかけた。


「明らかに、おかしいと思いませんか。最初の飼い主である月岡馨子先生は自殺。そして、次の飼い主となった家では高校生の息子が事件を起こし、その後で事故死。あの猫が来てから、不幸が連続している」


「まさか、そんな」


「今すぐ、手放すべきですよ。祟りなどが怖いのなら、私たちの方でどうにか対処させていただきますから」

 遊水が持ちかけ、哲宏はあくまでも首を振った。


「いえ、そうは思えないんです。一緒に暮らしてみて、わかるものはあります。あの子は、人を呪うような邪悪な感じはしない。とても純粋な子なんです」


「以前の黒猫も、人にそう思わせる存在でした。悪いことは言わないから、すぐに手放した方がいい」


 それでも尚、哲宏は頷かなかった。


「いえ、あくまでも信じます。前の黒猫の件だって、何かの間違いだと信じています。母の選んだ大切な『相棒』を、悪いものだとは思いたくないんです」


 そんなやり取りが、テレビ番組として流されたらしい。

 どう見ても、おかしなやり取りだった。





 ずっと、空気が生暖かかった。

 五月に入ってきたせいか。気温の高い日も増えた。でも、今日は朝からずっと曇り空で、昼間でも薄暗く感じる。それでも湿度だけは高く、じっとりとした嫌な感じが空気中に漂っていた。


 そして今、僕は車に乗せられている。


「パルちゃん。逃げた方がいいかもしれない」

 隣の座席に乗り込んで、ミズナちゃんが訴えかける。


「そうだね」と僕も同意する。


 窓は閉め切られていて、どんよりと空気が籠っている。しょっちゅう揺れるため、ともすると左右に体が揺られそうになる。


 運転席には哲宏がいて、その隣には恵津子。僕は半ば強引に車の中に押し込まれ、どこかへと連れて行かれようとしている。


 こいつらは、絶対に嘘つきだ。

 テレビの前では僕を信じたいと口にした。そして、『猫が呪いなんてかけるはずない』とも発言している。


 でも、僕ははっきり見てしまった。

 タケユキに向けて鳴いてみせた時、こいつらは確実に怖がっていた。


 幽霊がいることを察知したら、その場で呪いがかかってしまう。その事実を知らない限り、あんな反応は絶対にできない。


 まだ、目的がよくわからない。

 こいつらは結局、僕に何をさせたいんだ。どうして僕を引き取って、霊能力があるかもしれないなんてテレビの前に担ぎ出した。


 いや、と心の中で首を振る。

 本当はもう、わかっているのかもしれない。


 こいつらがどんな人間で、何をしようとしているのか。





 今日もまた、テレビクルーが待っていた。

 哲宏は僕を車から降ろすと、すぐにカメラを向けさせる。


 連れて来られたのは、若干自然の多い場所だった。周辺には田畑が目立ち、背の高い建物も見当たらない。電線も少なく、空や山の色がはっきりと見える場所だった。


「改めて、パルメザンの生まれ故郷を訪ねてみたいと思います」

 テレビカメラの前で、哲宏が音頭を取り始める。


 故郷、と僕は内心で首をかしげる。

 あまり幼い頃の記憶はない。生まれた時からおばあちゃんの家にいたような気がしているし、僕を生んだ母猫の顔なんかも覚えてはいない。


「この近辺に、パルメザンのブリーダーの方が住んでいるという話です。母はどうして、パルメザンという猫をパートナーに選んだのか。そもそもの出会いからして、何かの特別なものがあったのではないかと思われます」

 カメラに向けて演説を始め、すぐに移動を促す。


「もしかすると、パルメザンの母親や兄妹なんかにも、同じような霊能力が備わっていたのかもしれません。そういう話を聞きつけて、母はこの子を迎えたのではないでしょうか」

 何か、もっともらしい話が語られている。


「あえて、特別な猫を見繕ったということですか?」

 リポーター役のスタッフが問い、哲宏は頰を緩める。


「そうです。でないとショコラに続き、パルメザンという猫が特殊な力を持っていた説明がつかない。だから母には、そういう特別な猫を見つける『感覚』みたいなものがあったのでしょう。だから、ブリーダーの方に当時の話を聞ければいいと思います」


 一応のシナリオはもう見えた。

 あくまでも哲宏は、僕の霊能力を証明したい。そして、おばあちゃんの元に『特別な猫』が続いて現れたのは、おばあちゃんがあえてそういう猫を選んだからだと。

 そうやって、おばあちゃんは本物の霊能者で、詐欺師なんかじゃなかったと示す。


 それがきっと、『表向きの話』なんだろう。


 でも、絶対にそれは嘘だ。

 この先に待つものは、そんな都合のいいものじゃない。


「では、行ってみましょう」

 そう言って、クルーを連れて田舎道を歩いていった。


 初めて来た土地とは思えない、迷いのない歩調だった。「たしか、この先だと思うのですが」と、地図を見る振りをする。


 田畑の脇の道を進み、平屋建ての民家の前で立ち止まる。

 そこで、家の戸を何度も叩いてみせた。


「おかしいですね。留守なのかな」


 表札は出ていない。そこの住人の名前がなんなのかも、僕にはわからなかった。


「どなたか、この家の方がどこにいるかわかりませんか?」

 気持ち悪い喋りだった。

 感情が籠っていない。作り物のようなセリフ。


「え、なんだって?」

 しばらくすると、スタッフが近隣での聞き込みを終えて帰ってきた。


「冗談だろう? 何かの間違いではないんですか?」

 大仰に顔をしかめて見せ、哲宏は左右を見回してみせる。


「もっとちゃんと調べて。そんな偶然、あるわけないだろう」


 だんだん、僕の心は冷めていく。

 それで、どんな結論を出すんだよ。


「とても、残念な話です」

 カメラへと向かい、哲宏が声を絞り出す。


「先程入った情報によると、パルメザンのブリーダーをしていた一家は、一年ほど前に全員が亡くなっていたそうです」

 戸惑った風の顔をして、哲宏が『発表』をする。


「父親が病死。その数日後、残された母親は車で事故を起こし、一緒に乗っていた二人の子供もろとも亡くなったそうです」


 そこまで言い、僕の方へと視線を移す。

 それに合わせ、カメラも僕を正面から映した。


「この偶然は、どう受け止めたらいいんでしょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る