3-7:悪いのは僕じゃない
正直言って、眉唾ものだと思っていた。
木更津燐火。本物の霊能者だとされた一人の女性。享年は三十七歳だとされ、線が細く、顔の色がとても白かったのが印象的だった。
皮膚が弱いらしくて日中はあまり外に出られない体質だとし、夜にばかり外を歩き回る生活をしていたという。そんな中で、『不思議なもの』を見ることが多かったと。
そんな彼女が語った話を、最初は疑わしいと思った。
死者の運命を決めているのは、生きている人間たちだと。
もしも、世の中の大多数が『悪人』だと思い込めば、どんな善人でも地獄に落ちる。
「だったら、別のことも出来るはずだよな」
国枝隆太は、その日から多くのことを夢想した。
生きている人間が、霊の世界に干渉できる。『死後、その人の幽霊がどうなったか』と。それを変えることが出来るなら、伝えられている数々の話にも辻褄が合う。
「知ってる? そこの神社で実際にあったことなんだけど」
ものは試しだ、と隆太は思いついたことを行動に移す。
「神社のところで、首を吊って死んだ男の人がいたらしいんだ。周りの人に裏切られて、酷く世の中を恨んでたみたいで。だから、近づくと呪われるって話らしいんだよ」
数日前に、『心霊写真』を一枚手に入れた。
近所の神社で撮影されたもので、本当に男の幽霊らしきものが写っていた。
その人が誰なのかも、大体は知っていた。
だが、参拝に来た途中で脳卒中を起こし、そのまま帰らぬ人となった。
元々の人となりを考えたら、すぐにでも天国に行けても良さそうな人間だ。それなのに、心霊写真なんかになっている。
これは使える、と考えた。
だから、『嘘』の話を人々に吹き込む。
「その人がずっと誰かを恨みに思ってて、神社で待ち構えてるって」
出会った下級生に、次々と話を吹き込んでいった。
もしも木更津燐火の話が本当ならば、ここで『悪霊』が生まれるはず。生きている人間が思い込むことで、霊の状態が変わる。
あとは、効果を試してみればいい。
青木が悪霊になったかどうか、検査する方法はある。
幽霊が近くにいることを察知すると、呪いがかかってしまうという話。『怖い』、『悪いことが起こる』と思っていると呪いを引き寄せるという法則。
「この先の神社に、心霊写真の現場があるんだよ」
一学年下の子供たちに、心霊写真を渡してみた。
ダイスケ、トモカ、ヨシオ、ハルナ。そしてミズナ。児童クラブに通っている五人組に、少し刺激的な肝試しの場所を教えてやる。
これで、五人の内の誰かに何かの不幸が起これば、青木は悪霊に変わったことになる。
「僕はちょっと塾があるから、別の日に行ってみるよ」
そう言って、自分だけは同行を拒否する。
この後で、何が起こるか。悪い夢にでも苛まれるか。家の中で不気味な声でも聞くか。
とりあえず結果を聞いたら、真実を話せばいい。そうしてみんなで青木の冥福でも祈ってやれば、悪霊も消えるのではないか。
そんな風に、軽く考えていた。
「ねえ、なんでこんなことになってるの?」
ミズナに問い詰められ、言葉に詰まった。
まさか、そこまでの効果が出るなんて。
神社に行ったその日にヨシオが事故死した。続けてダイスケとハルナも病気になる。
偶然だろうと思いたかった。「知らないよ」とミズナを拒絶し、その日は逃げるように去っていった。
後日、トモカが変質者に襲われて死亡した。
同じく、ミズナは母親に殺害され、母親も投身自殺を遂げた。
頭の中が真っ白になった。
「僕のせいじゃない」
教室に置かれた五つの花瓶を見て、隆太は一人で呟いた。
わざとやったんじゃない。そんなに強い影響が出るなんて、想像も出来なかった。
ちょっとした肝試しくらいのつもりだったのに、五人も続けて死んでしまった。
でも、これで自分は知ってしまった。
木更津燐火の語った話は、本当のことなのだと。
不用意に誰かが嘘の話を流すだけで、霊は容易に姿を変える。
なんの罪もない一人の男が、他者を呪う悪霊となった。
神社は今でも、不吉な場所だと語り継がれている。
「それが、僕の知っている事実です」
話を終えた後、隆太は小さく鼻を鳴らした。
僕はそっと、ミズナちゃんの顔を見る。無表情なまま、小刻みに体を震わせていた。
「悪かったとは思ってるんです。でも、仕方ないじゃないか、という気持ちもあるんですよ。結果から見たら、僕はとんでもない悪人でしょう。でも、こんな結果を予想できる人が世の中にいますか? あなたたちだって、話を聞いて疑いましたよね。当時の僕だって、同じような気持ちだったんですよ」
こいつ、何を言ってるんだろう。
アツヤたちは言葉を発しない。黙って顔を俯かせている。
「僕の他にも、そういう実験をした人間は数多くいるはずですよ。それだけじゃない。誰かが死んで、それを面白おかしく怖がって見せて、怪談話なんかで広めてる人たち。その人たちだって、知らず知らずに世の中に悪霊を生み出してるんだ。だから、これはみんながやってることなんですよ」
最後の方は早口になり、隆太は必死に訴えかける。
でも、アツヤは言葉を発しなかった。
その代り、ゆっくりと首を振る。
「そういうことの、積み重ねなのかな?」
「え?」と隆太は眉根を寄せる。
「君と同じような感じに、霊を弄ぶような試みをした人間がいた。そういう話があちこちで起こって、人を呪うような幽霊が出現した。そして、おかしな事件が起こっている」
「そうですね。そう考えて、間違いないです」
隆太は表情を明るくし、大きく頷いてみせた。
「もともと、木更津燐火はこういう状況を変えようとしていたみたいなんです。神を信じなくなった人々が、霊の行く末に関して勝手な想像を膨らませるから。だから、それらを統合するような『一個の考え』を作り出そうとしたんです」
言いながら、机の上から何かを取り上げる。
「これ、見たことはありませんか? これは、木更津燐火が作ったものなんです。一人でも多く、人々の心をまとめられるようにって」
一枚のステッカーをかざし、二人に見るよう促す。
なんとなく、不気味な感じのする絵だった。
赤とか緑色を基調として、中心に人間の顔の輪郭のようなものがある。ぐるぐると渦を巻いたような模様が中心に描かれ、なんだか吸い込まれそうな感じがある。
「神様が存在しないなら、新しく作ればいい。木更津燐火は『心』というものが霊の世界に大きな影響を及ぼしていると知った。だから、そんな『心』そのものを神として崇め、霊の世界を統治しようと決めたんです」
アツヤは頷き、「ああ」と声を出した。
「これを、『ココロの神様』と呼ぶんです」
何度か、耳にしたことのある言葉だった。
「世界的に有名ですからね。このステッカー、見たことはあるでしょう? 都市伝説みたいな感じですけど、今はみんな知っている。『ココロの神様』。何かの時には、この神様に祈るように。そして、悪い幽霊や呪いの存在を感知したら、ココロの神様に祈る。そうすることによって、人間の心が霊の世界に悪い影響を及ぼすのを防いでいこうと考えた」
隆太は声を張り上げる。
「理屈は合ってるはずだから。だから、僕もこれが正しいと思う」
ステッカーを掲げ、必死に言葉を続けていく。
「だから僕は、その意思を継ぎたいと思っているんです」
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