1-12:地獄同盟

 きっともう、この家に住むことは出来ない。


 江藤えとう健之たけゆき。享年十七歳。

 葬儀が終わった後、タケユキのお母さんは警察から話を聞かれるなどして、大変な状態が続いていた。僕のごはんもまともに出してくれないことも増えている。


「とりあえず、親戚の人が僕を引き取るって」

 いつもの公園に行き、ミズナちゃんに報告する。


 場所は隣にある市。歩いてこの公園には来られなくなるけど、ミズナちゃんとは今後も顔を合わせるくらいは出来るはず。


「それでさ、これからのことを決めたいんだ」

 僕は、タケユキを手にかけた。多分、ミズナちゃんも気づいている。


「僕の一番の望みは、おばあちゃんに会うことなんだ。ミズナちゃんに会った日、僕はもともと死ぬつもりだった。死んで地獄に行けば、おばあちゃんに会えると思って」


「うん」とミズナちゃんは頷く。


「でも、それは無理なんだよね。僕がここで死んでも、ミズナちゃんみたいに幽霊になって終わる。天国や地獄に行くにはどうすればいいか、理屈がよくわかってない」


「そうだね」とミズナちゃんが僕に手を伸ばす。


 今日は天気がいい。四月の半ばで、空気もポカポカとしていた。

 おばあちゃんが隣にいない。でも、ミズナちゃんと過ごす時間も悪くなかった。


「だから、まずは知らないといけないね。おかしな幽霊がいる理由。それがわかれば、僕たちの欲しい答えも見つかるかもしれない」

 今度は、無言で頷かれた。


「おばあちゃんについて、少しだけわかったことはある。でも、おばあちゃんがどうして死んだのか、呪いが関わってるのか、そこはまだわからない。もしも、誰かが呪いをかけたんだとしたら、僕はそいつが誰なのか知りたいんだ」


「それで、どうするの?」


 質問され、僕は少し黙りこむ。

 夜道の光景が浮かぶ。電灯の部品が外れ、タケユキの上に落下していった。


「許さないだろうね。もし、誰かがおばあちゃんを殺したんなら、絶対にただでは済まさない。そいつが生きている誰かだろうが、死んだ幽霊だろうが関係ない。必ず、そいつも地獄に連れて行ってやる」


 これを、なんて呼ぶのかは知っている。

 そう、『復讐』だ。

 おばあちゃんを殺した奴を見つけたら、必ず償いをさせてやる。


「その後で、僕も地獄に行く。そして、ずっとおばあちゃんと一緒にいる」


「それが、パルちゃんの願いなんだね」

 ミズナちゃんは両目を閉じ、しみじみと頷いた。


「うん。ミズナちゃんはどうしたい?」


「わたしも、お母さんと一緒がいい。だからわたしも、地獄でいい」


「じゃあ、仲間だね」

「うん、仲間だね」


 これで、僕たちの目的は一致した。

 幽霊の秘密を暴き、地獄へ行く方法を探す。


 ミズナちゃんが小指を差し出す。触れられない指に対し、僕は前足を近づけた。


「今日から僕たちは、『地獄同盟』だ」





 新しい飼い主の名前は、テツヒロとエツコ。

 真鍋まなべ哲宏てつひろは、タケユキの叔父さんらしい。恵津子えつこがその奥さん。


 二人の車に乗せられて、僕は隣の市にある家に行く。「わたしもパルちゃんの傍にいる」と、ミズナちゃんもこっそりと車に乗り込んだ。


 二階建ての真っ白な家。前に猫を飼っていたのか、僕が出入り出来る小さな戸口も付けられていた。

 うん。悪くない環境だ。

 あとはここで、ミズナちゃんと一緒に秘密を探る。


 僕はソファの上でくつろぎ、昼間になると外へと探索に出かける。道をまだよく覚えていないから、最初からあまり遠出はしない。


「ミズナちゃんも、これからはあの家で暮らしなよ」

 こっちに来てから、ミズナちゃんは遠慮して近くの公園に身を寄せた。今までもずっと、夜中は公園で一人過ごしていたという。寒さも感じないだろうけれど、やっぱり屋根のある場所の方が過ごしやすいだろう。


「うん。そうしようかな」

 ミズナちゃんはほんのりと微笑み、僕の提案に頷く。


 じゃあ、決まりだ。

 これでもう、寂しくない。

 そんな風に思いながら、僕は一緒に家へと帰る。


 その先で、待ち構えているものがあった。


 体が半透明。生きている人間じゃない。

 ブルーのジーンズ。上には緑色のシャツ。そして顔には眼鏡。

 意地悪そうな顔をしていた。それが忌々しそうに僕を見て、ずっと玄関の前で仁王立ちしている。


「よお、クソ猫」

 僕と目が合うと、相手は低い声を出す。


「随分と、楽しそうじゃねえか」


 半透明のタケユキが、僕を睨みつけていた。

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