1-11:僕のはじめての殺人

 もう、話を聞くのは十分だった。

 アツヤが口を閉じたところで、僕は一気に地面を駆けた。


 さっきの話が全部正しいとは思わない。明らかに間違っているところもあった。

 僕が幽霊を見るようになったのは、おばあちゃんが死んだ後だ。だから、僕のそんな素振りを見て、タケユキが警戒したというのは間違い。タケユキが僕を悪者扱いし始めた段階では、僕が事故現場なんかに足を運んだこともなかった。


 でも、別にそこはどうでもいい。

 おばあちゃんが月岡馨子だった。そして詐欺師で、ショコラという猫も本当は幽霊なんて見えていなかった。


 それが、本当のことなのか。

 それで誰かから恨みを買って、タケユキの元にあんな女の人が来ることにもなった。


 僕は、これをどう受け止めればいい。


 今はただ、走っていた。

 真っすぐに、タケユキたちの家へと向かって行く。夜の空気が少し冷たくて、体が冷えそうになる。でも、そんなの気にしていられなかった。


 実際に、ゴールはすぐに見えてきた。

 家まで帰ろうかと思ったけれど、途中の道の半ばで足を止めさせられる。


 外灯の光のすぐ下で、ゆらりと動く影があった。

 金属製の棒か何かを、右手に握っているのがわかる。相手も僕の姿を見やり、その場でいったん立ち止まる。


「パルメザン。お前、こんなところで何やってんだよ」

 タケユキが声を震わせて、一歩僕の方へと距離を詰める。


 顔を見てすぐに、普通の状態じゃないと感じ取れた。大きく呼吸を繰り返して、僕の方だけを真っすぐに睨みつける。「お前のせいで」と小さく呟いたかと思うと、手に持った棒を小刻みに震わせる。


 ちょうどいいや、と心の中で呟いた。

 僕も今、タケユキを探しに来たところだった。こいつと会えば、アツヤの話が本当なのかも確かめられると思った。


(やっぱり、こいつは嫌な奴だ)


 頭の中が、ふつふつと熱くなる。

 おばあちゃんがどうして死んだのか、まだ答えはわからない。タケユキが呪いでもかけたのかと、僕は今まで疑っていた。


 でも、こうなってはおしまいだ。

 タケユキはきっと、警察に捕まるんだろう。そしてそれ以上に、自分がこうなったのは僕のせいだと思い込んでる。


 そして今、金属の棒を握りしめている。

 ああ、ダメだな。

 このままだと、僕は殺されちゃう。


(だったら、先に殺さなきゃ)


 タケユキが距離を詰めてくる。通りの先へ目線を走らせ、僕は一直線に駆け出した。

「待てよ!」と後ろで声がする。でも、立ち止まるはずもない。


 家のある方へ。全速力で、ひた走る。

 その先で、ぼんやりとした影が見えてきた。


 あの、家の中にいた幽霊だった。タケユキが外に出てきたことで、今度は家の外へと移動してきたらしい。


(好都合だな)


 素早く、幽霊の前へと辿り着く。

「ナァーオ!」と、そこで声を上げた。


 幽霊がそこにいると示すため、真っすぐ目線を向け、何度も鳴き声を上げる。そうして、前足を伸ばそうとする仕草もしてみせた。


 タケユキが追いついてくる。金属の棒が地面に当たり、甲高い音がする。

 今は、ぼんやりと目を見開いていた。振り返って表情を窺うと、驚いた表情で僕が向かっていた先を凝視する。


(もうひと押し)


 タケユキからは目を背け、「ナー! ナー!」と幽霊に向けて声を発した。


「パルメザン。てめえ」

 タケユキが声を震わせ、僕のもとへと近寄ろうとする。


 でも、その前に動く者があった。

 目の前にいる女の幽霊が、音もなく動き出す。その手がまっすぐ、タケユキに触れた。


「この野郎」と、タケユキが向かって来ようとした。


 次の瞬間、目の前から光が消えた。


 頭上にあった外灯が、突然周囲を照らすのをやめる。

 カタリと、乾いた音がする。タケユキも物音に気付き、頭の上へと目を向ける。


 でも、もう遅かった。

 次の瞬間、重い金属の塊が落ちてきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る