1-8:僕もおかしくなっている?
今日もまた、見張りに出かけた。
男の子の幽霊がいる場所。そこにアツヤが来ないかどうか、僕はずっと監視を続ける。
「あいつ、どうにか消せないもんかな」
隣にいるミズナちゃんに向け、僕は問いかけた。もし、この場所からあいつを消せるなら、もう何も心配しなくていいのに。
「難しいよね」と、ミズナちゃんも肩を落とす。
この場所にいるのも、少し考えものかもしれない。
チラリと、僕は背後を見やる。
アツヤは姿を現さない。今はお昼を少し過ぎた時間だから、あまり道を通る人はいない。
でも、じっと立ち止まっている人間がいる。
ちょうど、花が供えられているすぐ隣。そこの前に立って、じっと僕のことを見ている人間がいた。
「あの女の人だ」
ミズナちゃんの方は見ず、僕は呟きを発する。
「この前、タケユキの家のところにいたんだ。じっと、あの家を睨んでて、僕のことに気がつくと、同じように怖い顔で睨んできたんだ」
絶対に、間違いない。
あの日、家の前に現れた人。その女の人が今も少し離れた場所に立っていて、僕のことをじっと監視し続けている。
一体、あの人は誰なんだろう。
なぜ、そんな風に僕を見る。
なんだかとても、嫌な感じだった。
家の中も、どんどんおかしくなっていった。
「お前も見ただろ? パルメザンの奴、なぜかあの事故現場の辺りをうろうろしてる」
タケユキがまた、僕のことを悪く言う。
今日も、アツヤが家にやってきていた。夕飯の時間の少し前に来て、今はタケユキと二人でテーブルを挟んでいる。
「不気味だったろ? なんか、人が死ぬ瞬間でも待ってるんじゃないかってさ」
よく言うよ、と心の中で毒づく。お前がアツヤを殺そうとしたから、あそこで見張っていただけなのに。
「俺、正直怖くてさ。ネットとかSNSとかでもこのことを書いてみたんだ。ウチの飼い猫がそんな風で、この先どうなるかわからないって」
アツヤを相手に、タケユキは『スマホ』を見せていた。アツヤは困ったように頷きながら、チラリと僕の方を見やっていた。
タケユキは、一体なんなんだろう。
どうしても、僕を悪者にしたいらしい。なぜ、そこまで僕を嫌うのか。
でも、今はそれより重要なことがある。
二人には気づかれないよう、僕はそっと視線を動かす。
この部屋の片隅に、ひそかに忍び込んでいるものがある。
髪の長い、半透明な女の人。
昨日の夜は、庭先にいた幽霊だ。
それが家の中に入り込み、じっと顔を俯かせている。
これは、大丈夫なんだろうか。
こんな幽霊に侵入されて、タケユキたちは無事でいられるのか。
少しずつ、変な動きが出てきている。
事故現場で待っていたら、アツヤはやはり顔を出した。
でも、今度は一人じゃない。
隣にセーラー服姿の女の子がいて、おどおどとした様子で僕を見ていた。
おさげの髪で、眉が少し下がっている。気弱そうな感じの子だった。
どこかで、見た覚えがある顔だった。
「やっぱり、今日もこの場所にいるんだな」
アツヤが声に出し、僕の顔を覗き込む。
「ハナミちゃんも、前にパルメザンとは会ったんだよね?」
隣にいる女の子に向けて、アツヤが問いかける。
「はい」と女の子は僕を見て、黒い学生鞄を抱き寄せる。その際に、白い名札が貼られているのが見える。『
ああ、と僕は記憶が重なり合う。花見ちゃんという名前の女の子。この子は確か、前に道端で声をかけてきた子だ。僕が幽霊を見て威嚇している途中、この子が不思議がって声をかけた。
あまり、良くない状況かもしれない。僕がここにいることで、逆に何かがあると思い始める人が増えてきている。
「なあ、お前は何がやりたいんだ?」
アツヤが僕に問いかける。花見ちゃんも不安そうに、僕の顔を覗き見た。
「どうしても、変な感じがするんだよな。タケユキの奴、急に心霊写真なんか見せてきて、この場所を調べろなんて言って。そうしたら、いつもこの場所にこいつがいて」
顎に手を当て、アツヤが考え込む様子を見せる。
「危ないって、話ですよね。心霊写真が撮られた現場に、わざわざ行かない方がいいって。それで本当に不幸になった人がいたとか、噂で良く聞きますし」
小さな声で、花見ちゃんが返す。
「まあ、噂だと思うけどさ。でも、最近のタケユキはなんか変だ。パルメザンのこともやたらと化け物みたいに強調して、何かすごく、必死な感じなんだ」
おや、と目を見開かされた。
アツヤの奴も、ちゃんと警戒くらいは出来ているらしい。タケユキがどこか怪しいっていうことに、アツヤも気づいているのか。
思ったよりも、こいつは『まともな人間』なのかもしれない。
タケユキは、どうしたのだろう。
家にいる間、妙にそわそわしている。たまに窓の方に近づいては、カーテンの隙間から外の様子を見る。そうして僕の姿を見下ろして「ち」と舌打ちをする。
なんなんだろう、一体。
部屋の中には、今も幽霊が居座っている。
だんだん、じれったくなってきた。
タケユキが舌打ちをする度に、僕の中で次第に大きくなっていくものがある。頭の中に熱が籠り、自然と幽霊の方へと目が行く。
もしも、僕がここで鳴き声を上げたら。
ほんの少し、僕がその気になりさえすれば、すぐにでもタケユキを殺すことができる。
こいつは嫌いだ。悪い人間だ。おばあちゃんにも、何かをした可能性がある。
(こんな奴、死ねばいい)
頭の中に、変な考えがよぎってくる。
(殺しちゃったら、すっきりするよな)
ダメだよ、と僕はすぐに両目を閉じる。
もしかすると、僕もおかしくなっているのかも。幽霊と同居なんかしているから、どんどん普通じゃなくなっている。
いつまで、こんな状況が続くんだろう。
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