1-7:タケユキ、お前はなんなんだ

 タケユキは、一体どこまで知っているんだ。

 幽霊がいる場所を察知する。その瞬間に幽霊との繋がりが出来て、『呪い』を受ける。


 僕が人間に居場所を教えれば、その場で人は死んでしまう。その他にも、写真に撮られた幽霊を見て、その場所に足を運ぶようなことをすれば、同じく呪いがかかる。

 かつての、ミズナちゃんたちと同じように。


「ここに、来るんだよね」

 あの公園に行くと、ミズナちゃんとはまた会えた。普段は行く場所がなくて、大体はあそこの公園で一人過ごしているらしかった。


 ミズナちゃんと一緒に、歩道の隅でじっと待つ。

 すぐ横には白いガードレールがあり、そこには緑の筒に入れられた花束もある。

 そして、傍らには男の子の幽霊。


 タケユキが見せていた心霊写真は、間違いなくこの男の子を写し出したものだった。

 もしも、アツヤがこの場所にやってきたら。そして写真と見比べたら。


「守ってあげるんだよね。その人のこと」

 ミズナちゃんが横に立ち、僕に確認を取る。「どうだろう」とだけ僕は答えた。


 はっきり言って、別に何も思わない。僕にとっては、おばあちゃんだけが全て。他の人がどうなろうと、特に興味はない。

 でも、タケユキの奴は引っかかる。あいつがわざとアツヤを殺そうとしているんだったら、放っておいたらいけない気がする。


 もしかするとタケユキが、おばあちゃんにも呪いをかけたのかもしれない。


 念のため、その場でじっと待ち続ける。少しすると、制服を着た女の子たちが僕の横を通りかかる。「かわいい」とか言いながら僕に『スマホ』というのを向けようとする。ミズナちゃんは咄嗟によけ、僕も霊の『男の子』が写らないよう場所を移動した。


 しばらくして、女の子たちも僕に手を振って去っていく。

 それから、少し経った後だった。


「お」と、通りの先で足を止める影がある。

 リュックサックを片方の肩に下げ、写真を一枚右手に持って歩いてきた。

 眉が通って、真面目そうな顔をした奴。


「パルメザンか」とアツヤは口にし、中腰になって僕を見る。

 本当に、アツヤはここに来てしまった。「うーん」と声を出し、すぐに写真と今いる場所とを見比べようとする。


「ナオ」と、僕は声を出してやった。

「ん?」とアツヤは不思議そうにする。


 そしてまた、写真に目を落とそうとした。


「ナー」と今度は甘えた声を出す。

「なんだよ」と呟くので、「ナーオ」ともう一度鳴いてやった。


 アツヤが注目したのを見て、僕は少しだけ移動する。

 男の子のいるのとは別方向に。アツヤの注意が途切れそうになると、その度に立ち止まって鳴き声をあげてやった。


 ちょうどいいかも、と一つ思いついた。

 何もない空間へ向けて、「ナー、ナー」と声を出した。前に、幽霊相手にやっていたのと同じようなこと。


 アツヤはハッと目を見開き、僕の視線の向く先へと注目する。


「たしかにこれなら、何も起こらないね」

 隣でミズナちゃんがニッコリと笑う。





 念のため、『安全なところ』まで誘導しておいた。

 おばあちゃんとの思い出の公園。そこまでアツヤを連れていき、ベンチへと向けて何度も鳴いてみせた。「ここに、何かあるのか」なんて不思議がりながら、アツヤはその場で写真撮影を行っていた。


 そうして、その日は帰っていった。

 念のため、明日も同じ場所で待つべきだろうか。アツヤがまた、写真を持って調べに来ないか。


 夜が近くなったところで、僕も家へ帰っていく。

 タケユキと会うのは嫌だけれど、今はあいつを監視しなくちゃ。あいつが何を企んでいるのか。おばあちゃんを死なせたのもあいつなのか。


 家の近くまで歩いていき、勝手口から入ろうとする。塀の上へと飛び乗ろうと、後ろ足に力を入れる。


 その途中で、ふと両目に入るものがある。


 女の人が立っていた。電信柱の陰に隠れようにして、じっと玄関の方を見ている。

 今度は生きている人間だ。緑色のスカートを穿いて、真っ黒な髪が長く伸びている。

 幽霊じゃない。でも、なんだか気味の悪い人間だった。


 僕がじっと立ち止まっていると、相手も僕の存在に気づく。ゆっくりと僕の方へと歩いてきて、まじまじと全身を見据えてきた。


 とても、嫌な感じだった。


 睨みつけるというより、まるで、汚いものでも見るかのような。そんな風に僕の顔に目を落とすと、相手はすぐに顔を背けた。


 一体、なんだったんだろう。





 今はもう、この家が怪しくて仕方ない。

 タケユキのお母さんが、おばあちゃんの娘らしい。タケユキのお父さんの方は、ずっと前に『リコン』というのをして、家にはいないそうだった。


 この人たちは、何を知っているんだろう。


 リビングでご飯を食べる間も、ずっと二人のことが気になっていた。タケユキは相変わらず不機嫌そうな顔をして、カレーを口に運んでいる。

 無言。カチャカチャと食器の音だけが部屋の中で鳴り響いている。


 自分が猫なのが恨めしい。僕が人間だったなら、今すぐ二人を問い詰められるのに。

 おばあちゃんには何があった。呪いについて何を知っているんだって。


 ふと、カーテンの外が気になる。

 夕方、表に立っていた人は誰なんだろう。どうして、この家の前にいたのか。


 隙間からそっと、様子を窺ってみる。

 外は真っ暗。この家から漏れ出る光だけが、すぐ外にある灰色の塀を照らし出している。


 これまでの何日間か、僕は事あるごとにこの窓から外を見ていた。この家の中から目を背けることで、おばあちゃんのいない現実から逃げようとしていた。

 でも、見えるのはいつも、ただの塀だけだった。

 それがいつも物足りなくて、僕は酷く寂しくなった。


 だから、今日も予想していた。

 窓の外には何もない。退屈な灰色の塀が見えるだけ。それをぼんやり見つめて、僕は何もない時間をただ過ごす。


 でも、違っていた。


「ニュ」と、声が咄嗟に漏れてしまう。


 背後でタケユキが身じろぎする。危ない、と気がつき、僕はすぐになんでもないように、窓の方へと背を向ける。


 びっくりした。

 咄嗟に、外へ向けて鳴き声を上げてしまうところだった。

 部屋の中央へと戻りつつ、僕はちらりとカーテンの方へと目を向ける。


 今、僕は確かに見てしまった。

 この部屋の窓と向き合うように、庭先に『あるもの』が立っていた。


 髪の毛の長い、女の人。

 半透明の幽霊が、恨めしそうな顔で佇んでいた。

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