1-6:おばあちゃんも、殺されたのか
僕はまだ、何もわかっていない。
幽霊たちのことも、死後の世界にまつわることも。何もかも。
ミズナちゃんの話を聞いて、疑問に思ったことがある。
『幽霊』の存在を察知したら、その場で『呪い』がかかってしまう。
僕は今のところ大丈夫。人間と違い、僕が猫だから平気なのかもしれない。
けれど、そういう法則があるんだとしたら、どうしても気になる。
人間の中には、幽霊が見える人間というのはいないんだろうか。そういう人が世の中にいるんだとしたら、すぐに呪いがかかって死んでしまうんじゃないだろうか。
でも、『そういう人間』はちゃんといるはずだ。
昔、テレビでやっていたのを見たことがある。
『
あれは、おばあちゃんがお風呂に入っていた時のことだった。僕が観ていたいのだろうと思って、テレビが点けっぱなしになっていた。
その時にやっていた番組の中で、月岡馨子という女の人の話が出ていた。
『霊能者』と呼ばれる人間がこの世にはいるらしい。『霊感』というものが強く備わっていて、それによって幽霊の存在を自由に見ることが出来るという。
その話が本当なら、僕はその人に会ってみたい。
こういう人たちは、やっぱり特別なんだろうか。幽霊を自在に見ることが出来るから、他の人と違って幽霊の居場所を察知しても呪いがかからない。
そういう法則が、世の中にはあるのかもしれない。
そして、月岡馨子は間違いなく猫好きだ。
テレビでやっていた感じだと、馨子には『相棒』がいたという。
幽霊の存在を感知する時に、いつも相棒の猫を連れていた。
名前は『ショコラ』。
そんな名前の黒猫で、その猫が普通の人間には見えない『何か』の存在を感知して、人に教えてくれたという。その後で月岡馨子がその場を調べ、どんなユーレイがいたのか割り出していったそうだ。
なんだか、親近感の湧く話だった。
テレビに出ていたショコラは、黄色いスカーフを首に巻いていた。僕のお気に入りのスカーフと感じが似ていて、きっとこいつも馨子に可愛がられていたんだんだろう。
月岡馨子に会いたい。できたら、ショコラにも会いたい。
馨子たちに会えれば、今の状況にも色々な答えが出るはずだ。
でも、現在その人たちがどうしているのか、僕は知らない。テレビだと馨子が活躍していたのは何年も前の話らしいとは言っていたけど、今はどこにいるかはわかっていない。
出来れば、テレビは最後まで観たかった。
あの日は、途中でおばあちゃんがお風呂から上がって来て、テレビに見入る僕を見つけた。馨子についての番組が流れているのを見ると、すぐにチャンネルを変えてしまった。
あれは本当に、残念だった。『逃亡中の犯罪者』とか、面白そうな話が出ていたのに。
僕が人間だったなら、きっと不満だって言えたのに。
これから、僕はどうすればいいんだろう。
いつまでも、あんな幽霊の傍にはいたくない。ミズナちゃんと目を見合わせて、すぐに神社を後にした。
やっぱり、幽霊の姿をぽつぽつと見かける。
「町が呪われてるって言ったよね。これはやっぱり、『何かのせい』なのかな?」
裏路地を歩きながら、ミズナちゃんに問いかける。すぐ近くの塀の奥にも、半透明の人間が佇んでいた。
「普通の状態じゃないと思うの。幽霊がいるって知っただけで、その人が死んじゃうなんて話。今まで伝えられてなかった。だから、そういう『危ない幽霊』みたいなものが、どんどん増えていっているんだと思う」
どういう、ことなんだろう。
「きっと、誰かが何かをやったんだよ。そのせいで、幽霊の世界でおかしなことが起こったの。人を呪うような幽霊が現れ始めて、わたしもお母さんも死ぬことになった」
誰か。一体、誰なんだろう。
「僕は、幽霊のことは良く知らない。でも、死んだら天国か地獄に行くものなんだって、おばあちゃんが話してた。あんな風に町の中に留まって、人を呪うような霊がいっぱいいるなんて、今までも考えもしなかったよ」
「うん。わたしもそう思ってた」
「それもみんな、『何か』のせいなのかな」
「多分、そうなんだと思う」
ミズナちゃんは足を止め、じっと足元を見つめる。
「死んだら成仏するはずなのに、わたしはずっと、一人ぼっち。それもみんな、その『何か』のせいなのかもしれない。この町に変なものがあって、死んだ後も幽霊がここに留まるようになっているのかも」
「じゃあ、僕が死んだらどうなるのかな」
車のタイヤが頭に浮かぶ。
ゆっくりと、ミズナちゃんは首を振った。
「もしかすると、わたしと同じになっちゃうかも。だから、死んじゃダメだよ」
そうなのか、とアスファルトに座り込む。
僕は今日、死ぬつもりだった。死ねば地獄に行けて、おばあちゃんに会えるって。
でも、その願いは叶わない。よくわからない何かのせいで、いつまでも町の中に留められる危険がある。
じゃあ、どうすればいい。
「心当たりは、ないんだよね?」
「うん。四年間、一人で幽霊をやってるけど何もわからない」
頭の中がモヤモヤする。突然、色々なことを聞かされたのもある。でもそれ以上に、おばあちゃんに会えないっていう寂しさが強く実感されてくる。
でも、それ以上に気になることがある。
「あのさ、さっきの幽霊の話を聞いて、少し思ったことがあるんだ」
声に出すと、「うん」とミズナちゃんが頷いた。
「おばあちゃんは、どうして死んじゃったんだろう」
これがずっと、引っかかっていた。
おばあちゃんは、どうして僕を残して自殺したんだ。
「それも、呪いのせいだったんじゃないのかな?」
ミズナちゃんに向けて、僕は疑問を口にする。
「どこかの誰かが、おばあちゃんに『呪い』をかけたんだ」
久しぶりに、おなか一杯にごはんを食べた。
「なんだよ、やっぱり獣だな」
タケユキは小さく鼻を鳴らし、僕がガツガツと食事するのを嘲笑った。
なんとでも言え。僕は今、やることが出来たんだ。
とにかく、今は知りたい。おばあちゃんの死が幽霊の呪いと関係するのなら、どこかに原因を作った奴がいるのかもしれない。
だとしたら、それを知るまでは絶対に死ねない。
今はただ、体を休めよう。
食事を終え、僕はカーペットの上で寝そべる。こんな風に体が疲れたのは久しぶりだ。
おばあちゃんが生きていた頃も、昼間に体がだるくて仕方ないことが多かった。夜はぐっすりと眠っていたはずなのに、体が重くてならない。おかげで昼間からおばあちゃんの横で昼寝をしていたことが何度かあった。
でも、ちゃんと起きていれば良かった。
おばあちゃんが自殺する前、近所の子供が何度か遊びに来ていることがあった。随分と深刻そうな顔をして、おばあちゃんに何かを相談していた。僕は眠くて仕方なくて、子供が僕をじっと見てきても、無視して眠りについてしまった。
あれは、どういう用事だったんだろう。
もしかするとあのせいで、おばあちゃんは『呪い』に巻き込まれたんじゃないか。
また、外に行きたくなる。カーテンの方へ近づいて、隙間から様子を見る。幸い、この家の近くには幽霊の姿はない。
そんな風に、じっと窓の外を見ていた時だった。
ピンポーン、とチャイムの音がする。「お」とタケユキが声を出し、すぐに玄関の方へと移動していった。
「悪いな、こんな時間に」
今は夕方の六時。たしかに、友達が訪ねてくるには遅い時間だ。
アツヤが部屋に入ってくる。僕が振り向くと、相手もじっと僕を見下ろしてきた。
「一応、見せておこうと思ってな。お前も色々気になってることがあるんだろ? だったら、明日にでも調べに行ってみたらいいんじゃないかってさ」
タケユキはテーブル席の方へと移動して、茶色い封筒を持ってくる。
「見てみろよ。これ、すごいだろ。近所の道路で撮影されたものなんだけどさ、明らかに子供の幽霊みたいなのが写ってるだろ」
写真らしきものを取り出して、タケユキがニヤニヤと笑みを浮かべる。
耳がピンと張る。僕はすぐに顔を上げた。
アツヤは神妙な顔で、渡された写真を凝視していた。
これは、何をやってるんだ。
写真。子供の幽霊。
ミズナちゃんの話にもあった。
「アツヤ。明日にでも行ってみろよ。これ撮った場所に」
そう言って、タケユキはうっすらと笑みを浮かべた。
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