1-4:神社で撮った心霊写真

 お化けなんて、本当はあまり好きじゃなかった。

 でも、友達がみんな面白がっていたから。だから、一人だけ抜けるわけにいかない。

 野崎のざき瑞菜みずなは、『いやだな』と内心で何度も呟いた。


「この先の神社に、心霊写真の現場があるんだよ」

 言い出したのは、一学年上の生徒だった。


「すごい心霊写真が撮れたんだって。この前、あそこのご神木のところで首吊り自殺したおっさんがいてさ。そいつは世の中を恨んで死んでいって、今も神社に現れるらしい」

 また、いつものように話していた。


 国枝くにえだ隆太りゅうた。怖い話が大好きで、学校の怪談だとか、町の中に現れる怖い幽霊や怪物の話などを、いつも人に語っていた。カミソリを口にして洗面器を覗き込むと未来の結婚相手がわかるとか、ぬいぐるみの中に米粒を入れて呪文を唱えると動き出すとか。変な儀式の話を持ち出しては、それをみんなで試そうなどと話していた。


「じゃあ、みんな行こうよ」

 放課後の時間になり、児童クラブを抜け出して全員で校門の前に集合した。


 ダイスケ君、トモカちゃん、ヨシオ君、ハルナちゃん。そして瑞菜の五人で、心霊写真の現場へと行くことになった。

 みんな、同じ二年三組のメンバー。ハルナちゃんとダイスケ君は同じアパートに住んでいたのもあり、保育園の頃からの仲良しでもあった。


「僕はちょっと塾があるから、別の日に行ってみるよ」

 話を持ち出した隆太だけは、そんなことを言って加わらなかった。


 その日は朝から曇り空で、夕方の三時の段階でも町は薄暗くなっていた。

 行きたくない、と学校を出た時から思っていた。

 隆太が持ってきた心霊写真。神社の境内で撮影したものだった。そこにある一本のご神木の前に、ぼんやりとした影が写し出されていた。

 顔は良く見えない。くたびれた感じの男の人だとわかる。それがじっと木の前で佇み、顔を俯かせていた。


「多分、あそこだな」

 全員で石段を登り終え、神社の境内に入り込む。ダイスケ君が先頭となり、心霊写真を手に持って目印のご神木の方へと歩いていく。


 何も見えない。

 写真の中とは違い、神社の中に不審な影が見えることはなかった。


 ホッと、ひそかに胸を撫で下ろそうとする。

 でも、安堵はやってこなかった。


 ご神木へと近づいていく途中、自然と両腕に鳥肌が立った。五月だというのに空気がとても冷たく、どんどん体温が失われていくような心地がした。


「ここ、なんだよな」

 ダイスケ君が写真を手に取り、現地と見比べる。


 距離としては、おそらく二メートルほどの距離もない。写真の中を全員で覗き込み、男の幽霊が写っている場所を確認しようとする。


「やっぱり、この辺りなんだよな」

 ダイスケ君が声に出し、真っすぐに『その場所』を指差す。


 数秒後、全身に大きな震えが走った。

 なんだろう、と正体が掴めない。ダイスケ君が指差した場所を注目した直後、体が凍りつくような寒気を覚えた。


「ねえ、もう帰らない?」

 トモカちゃんが言い、ダイスケ君のシャツの袖を摘む。


「別に何もいないみたいだし。もう、帰ろうよ」

 彼女の言葉に、瑞菜もハルナちゃんもすぐに頷く。

 理由はわからないけれど、早く離れたいと思った。今も、目の前には『何か』がいるのかもしれない。本当に幽霊がこの場にいるのなら、『彼』は今どんな気持ちでいるんだろう。


「帰ろう。もういいよ。帰ろう」

 ヨシオ君が早口で言い、すぐに石段の方へと駆けて行った。


 あとは、我先にと走り出す形になる。

 とにかくここから離れたい。今はその気持ちだけで一杯だった。





 何か、まずいことをしてしまった。

 そういう予感だけが消えなかった。


 そして、それは間違いなんかじゃなかった。

 神社を出てすぐに、瑞菜の予感は的中した。


「ねえ。早く学校に戻ろうよ。なんか、この場所ってすごくイヤな感じで」

 ヨシオ君は言い、振り向きもせずに道を駆けて行った。


 その直後に、けたたましいエンジン音が鳴り響いた。


 猛スピードで車道を走っていたバイクが、突如ふらふらと左右に揺れ始める。そのまま勢いで縁石へとぶつかり、激しくその場で跳ねた。

 勢いよく、歩道へ向けてバイクが吹き飛ぶ。


 ただ、立ち尽くすことしか出来なかった。

 先を走っていたヨシオ君は、音がした方向を振り返る。飛んでくるバイクが迫る間も、じっとその場で目を見開いていた。


 そこまでが、限界だった。

 堪えられなくなり、瑞菜はその場で目を閉じた。





 翌日は、ダイスケ君に会うことができなくなった。

 重度の熱を出したとかで、学校を休むことになる。同じく、ハルナちゃんも授業を受けている途中で激しい頭痛に見舞われ、そのまま病院に運ばれていった。


「ねえ、なんでこんなことになってるの?」

 隆太を捕まえ、瑞菜は写真のことを問いただす。


「知らないよ、そんなの」

 相手は目を逸らし、質問から逃げようとする。


「あの写真のせいなんでしょ? あの幽霊のいる場所に行ったから、ヨシオ君たちは死んじゃうことになったんでしょ?」


「だから、知らないって言ってるだろ」

 それだけ言い、隆太は逃げるように去っていった。





 トモカちゃんも命を落とした。

 学校の帰りに、見知らぬ男に声をかけられたらしい。不安を感じて逃げようとしたけれど、相手はしつこく追いかけてきた。そのまま捕まってしまい、揉み合う内にアスファルトへ頭を打ちつけ、あえなく命を落としたという。


 呪われている。

 もう、疑う余地もなかった。


 自宅のアパートに帰ってからも、瑞菜は一人で震えていた。両親は物心つく前に離婚しており、家では母との二人暮らし。遅くまでスーパーでの仕事をしてくると、母はいつも疲れた顔で帰ってくる。


 悪いことが起きませんように。どうか、無事でいられますように。

 神様に祈ろうと決めた。今は、なんでもいいから縋りたかった。これも隆太から聞いたものだったけれど、助かるためなら、どんなものだって信じたい。


「ココロの神様、ココロの神様。どうか、わたしを助けてください」

 部屋で頭まで毛布を被り、ひたすらその呪文を唱えていた。


 そうして、いつしか眠りについていた。


「はぐっ」

 目を開いたのは、喉への痛みからだった。


 ぼんやりと目を開ける。

 真っ暗な部屋の中に、母の姿があった。母はいつもの疲れた顔をして、虚ろに瑞菜のことを見下ろしていた。


「ごめんね、瑞菜」


 母の両手は、瑞菜の首を包み込んでいた。

 どんどん力が入れられ、喉が圧迫されている。「おか」と声に出そうとするが、ただ苦しいというだけで何も考えられなくなる。


 視界が赤く染まり、やがて何もかもが薄らいでいった。





 気づいた時、瑞菜は部屋の中に立っていた。

 どうしたんだろう、と思うより前に、人影が目に入った。


 くたびれた姿をした、不気味な中年男。

 その男が部屋の隅に立っており、無言でただ俯いている。


 そんな男のすぐ傍らで、母は激しく肩を上下させていた。瑞菜が絶命したのを見ると、呆然とした様子でしばらくその場に立ち尽くしていた。


「お母さん?」

 瑞菜は声を出すが、母の耳には届かなかった。


 やがて、母は窓へと向かっていく。五階にある部屋の窓が開き、夜の空気が入り込む。


「お母さん。ダメだよ!」

 咄嗟に、瑞菜は母へと駆け寄る。だが、両腕は何にも触れられなかった。


 何が起こるのか。十分に予想がついてしまった。でも、止める声は届かない。

 一切の迷いを見せず、母は窓枠に手をかける。


 数秒後、鈍い物音が響き渡った。

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