人格漂白プログラム

あさき いろは

人格漂白プログラム

  


 20XX年、未来の日本では犯罪を根絶こんぜつするために画期的な技術、犯罪者更生プログラムが開発されていた。


 その名も‟人格漂白プログラム” 犯罪者の人格そのものを脳科学的に漂白し、従順で善良な人格に書き換えるというシステムである。

犯罪歴や暴力行為、反政府運動などを行う危険性のある人物をピックアップし、強制的にプログラムを受ける事を義務化していた。

その効力で、犯罪の再犯率はほぼゼロに近い。


 国家公安委員会が管理する、犯罪更生センターでプログラム管理及び実行を行う「漂白技師」として働く深坂涼太ふかさかりょうたは、犯罪者の記憶をデーター化し、まるで脳を漂白するかの如く、不要な要素を除去したうえで新たな人格を再構築さいこうちくする作業をになっている。

 彼はこの仕事に常にほこりを感じ、それと同時になぜか犯罪者には強い嫌悪感けんおかんがあり、犯罪の根絶こんぜつは自分の使命であると思っていた。


 あの日までは・・・・。


 いつもと変りなく、涼太は上司から新たな対象者のデーターを渡され、そのデーターをプログラムの中に入力していた。

 名前は、倉本竜二くらもとりゅうじ・・・重大な詐欺事件を繰り返し、多くの人々を平穏な生活から地獄に突き落とし、自殺者まで出した凶悪犯。 

 倉本の人格を漂白し、社会復帰に適した人格に再構築さいこうちくするのが今回の任務だ。本人と対面するため涼太は、漂白施設の白い無機質むきしつな部屋に入った。

窓ひとつない真っ白な壁に囲まれている室内の中央の椅子には、拘束具こうそくぐで固定された状態の男が座っている。

 倉本竜二、42歳、せ型で一見穏やかそうに見えるが、その鋭い眼光を見る限り、緻密ちみつで自分の手を汚さず富を得る知能犯タイプだと感じた。

彼の顔には妙な余裕があり、罪悪感の欠片かけらも見られない。


「君が私を担当する漂白師かい? 随分ずいぶん若いんだね」

 倉本はちらりと涼太に目線を向けると薄笑いを浮かべた。

「それで、何か言いたいことでも?」

 涼太は倉本の挑発にのらないようにと、淡々と言葉を返す。

「いや、ただ気になっただけだよ。君みたいな正義の味方っぽい子が、どうしてこの仕事を選んだのかなと思ってね」

「あなたに理由を話す必要はない。ただ仕事をする、それだけだ」

「なるほど。ところで君は自分の人格に自信があるのかね?」

 不意を突かれた涼太は、データーが入っているファイルを落としかけた。

「どういう意味だ?」

「私たち犯罪者は君たちに漂白される。つまり君たちの価値観に従って新しい人格が作られるわけだ。でもさ、君のその『価値観』って、何を基準に正しいと断言できる?」


 涼太は、しょせん犯罪者の戯言たわごとだと聞き流して、作業を進めようとしたが、倉本の言葉が耳から離れない。

漂白技師としてのトレーニングでは、対象者の発言に感情を揺さぶられる事のない、強固なメンタルを保てるように特訓されて来たが、どうしても倉持の言葉が、喉の奥に魚の骨が刺さったかのように、涼太の胸にも刺さっていて取れない。


「私ね、君たち漂白技師に興味があるんだよ。もしかして、君たち自身も漂白されていたりしないのかなってね」


 その瞬間・・・・涼太の動きが止まった。


 ――漂白技師は犯罪者とは違う。自分たちこそが正義だ――そう信じていた。

 その一方で、彼にはある一定期間の記憶がない。まるで誰かにその部分を切り取られたかのように。


 涼太は仕事を続けながらも、自分の過去に強く疑問を抱くようになる。

倉本の言葉が意図的いとてきな挑発であることは頭では分かっているが、その言葉が涼太の心に微妙な亀裂を入いれてしまった。


 ある夜、データーメンテナンスを理由に残業を申しいれ、漂白技師の特権である過去のデーターベースにアクセスし、自分の過去を探ろうとしていた。

そして、あるデーターにたどり着いた。

『深坂涼太、再教育プログラム完了報告書』という記録だった。

内容には、[暴力的傾向の除去][復讐心の除去][倫理観ろんりかんの強化]と記載されている。


涼太はこの事実に愕然がくぜんとし、その場に崩れるように座り込んだ。

「これは・・・・何かの間違いだ・・・・」


 ――深坂涼太・17歳

【罪状報告書】姉・深坂奈々子に対しての執拗なストーカー行為、強姦ごうかんのうえ絞殺した犯人を金属バットで撲殺後、遺体を焼く。その後両親が練炭自殺――

【追記】精査せいさの結果IQ135、高い知能学習能力を確認。


 翌日、涼太は倉本の漂白プロセスに入ったが、心の中はもやがかかったままだった。

自分も実は漂白されており、その前に犯罪者・・・それも殺人犯・・・耐え難い事実を知ってしまったのだ。


「やっぱり、君も漂白されていたんだろ?」

「だまれ!!」

 涼太は鋭く言い放ったが、倉本の微笑は消えない。

「私の人格を消して、君が作り変える。それは本当に『私』なのかい?君の都合で作られた偽物以外の何物でもない」


 涼太は倉本の記憶をスクリーンに映し出しながら、漂白作業を進めていたが、作業が終盤に差し掛かる手前で手が止まった。

 そこには、家族を必死に養おうとする若き日の倉本が映し出され、友人や親類にだまされ経済的に追い詰められた結果、病気になった娘を亡くした時を境に、だまされる側からだます側へと変貌へんぼうげていた。

「君は見てしまったね」

 倉本がささやいた。

「私を漂白して消すのは簡単さ。でも、その結果残るのは私ではないただの空っぽな人形だ」

 

 涼太の手は完全に止まり、深くため息をついた。

倉本を漂白することで社会が安全になる事は分かっている。しかし、漂白とは本当に正しい方法なのだろうか?

問い続ける自分自身と向き合いながら作業室を後にした。


 数日後、あるプログラムを完成させ、涼太は漂白技師の地位を放棄ほうきし、姿を消した。同様に、倉本の姿も消えていた。


 その後、彼らの行方を知る人はいない。

街のあちらこちらで古くなった指名手配のポスターが2枚・・・強い風で今にも剥がれそうになっていた。


 今も社会は、犯罪者たちを漂白する事によって秩序ちつじょが保たれている。

しかし、消してはいけない罪の意識と、喜びあふれた思い出だけを残した

漂白プログラムで・・・・・。

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