スマホを駆使し、がむしゃらに人に声をかけまくったおかげで、どうにかたどり着いた先が、大都会のど真ん中にある、とてもとても大きな公園だった。


「マジ、ここ……?」


 ぐるぐると見回すが、人だらけで訳がわからない。

 だが、人の流れが一つのポイントに伸びているのを発見。しかも女性がメインだ。

 私はぐんぐんとその始まりを求め、並びにそって歩いていく──


「……いた」


 キッチンカーの中をふわふわの3匹がエプロンと三角巾をつけ、わたわたとメロンパンにデコレーションし、手渡す姿がそこにある……!


「ちょっと、アンタたち!」


 割り込むようにカウンターに顔を出すと、ミタラシが私に気づき、ぱあと顔が明るくなった。すぐにゴマも嬉しそうに目を細くすると、カウンターから飛び出してくる。


 2匹が私の顔に突きつけたのは、デコレーションしたメロンパンだ。

 ここのメロンパンはホワイトとチョコの2種のデコレーションとなる。

 ホワイトは、半分に切れ目を入れたメロンパンにホイップクリームを挟み、チョコでできた色とりどりのカラースプレーをふりかけ、マーブルチョコでアクセントをつけたもの。

 チョコも同じようにメロンパンの切れ目にチョコホイップクリームを挟み、アーモンドがアクセントの薄焼きクッキーでバラを描いたものになる。


 2種類のデコメロンパンが私の顔につきつけられる。

 見た目も、香りもいい!

 なにより、昼ごはんを抜いて来た身、かなり食べたい!!!


 しかし、今は頬張ることは許されない。


 並んでいるお客さんの視線が機関銃のように私を撃ち抜いてくる。

 すでに私のヒットポイントは、もう、ゼロです……!


「君、もしかしてこの猫又ちゃんの信徒さん?」

「あ、は、……いっ」


 私はうちの猫又を追いかけるので頭がいっぱいだったが、ここには店主であるTAIGAもいるのだ。

 しかし、なぜ、彼の頭の上にアンコが!?

 困惑しながら、手櫛で髪を整えてみたが、もう、間に合わない。


 ミタラシとゴマを小脇に抱え、私は深々と頭を下げた。


「うちの猫又が、本当に、たいっへん、申し訳ありません! すみません! ごめんなさい!」


 何度も頭を下げながら、何を言われるかとビクビクしていれば、そっと肩を叩かれる。


「じゃあさ、お詫びで働いてよ」


 手渡されたのは、この店のエプロンだ。


「オレ、列の誘導とかするから、オーダーとレジ頼むね」


 あれよあれよとレジポジションへ。スマート決済のみで対応なので、お金を触らなくていいのが幸いだ。

 彼によって人がさばかれ、3匹の連携でデコレーションされたメロンパンが美しく量産されていく。

 肉球の器用さに慄きながら、私は必死にオーダーと先払いの処理に追われ、気づけば午後3時。すべて売り切れに。


「怒涛の時間でした……」


 白目をむきながら、キッチンカーの小さな椅子に腰掛けた私に、ミタラシとゴマは膝にのって、ひとつのメロンパンを差し出してくる。


「これ、とっておいてくれたの……?」


 聞けば、2匹は必死にうなずいている。

 ある程度片付け、キッチンカーの中に入ってきたTAIGAを見ると、また頭の上にアンコが乗ってる。なぜ?


「君によっぽど食べて欲しかったんだ。食べてみて」


 言われるがまま、私は手渡されたメロンパンを受け取った。

 ハーフ&ハーフだ。

 必死に残した1個のメロンパンに、二つの味をつめてくれてある。もうそれだけで泣きそう。

 せっかくなので、ど真ん中をいただくことに。


「…………めっっっっちゃ、うま……!」

「ほんとに?」

「はい! クッキー生地の食感がいいのはもちろんですけど、このパン生地のしっとり感が半端なく、メロンパン特有のメロンの香りづけがないので、小麦粉の香りが重視されてていいです! クリームのほうにバニラ感やキャラメル感を足されているのがオシャレで、何より甘さが程よく、食べ飽きしない味付けですね。それこそ、クリームは甘めでさっぱり系、でもクッキー生地に塩気があるので、味の対比がとてもバランスがいい。……あー、強いて言えば、もう少し食感のアクセントがあると、食べ終わるまでもっと楽しめるかもしれません……。そうだな。クランチのチョコとか、ホワイトチョコのチップとか、そういうの入っても美味しいかも。ピスタチオとかも風味が合う気が」


 私は我に返る。

 喋りすぎた……!

 しかし、TAIGAを見ると、彼は目を潤ませている。


「すごいよ、君! オレが苦労したとこ、全部、見てた!?」


 彼が言うには、自分の人気で売り上げているのが否めず、味の評価があったにせよ、自身の人気にかき消されて、なかなかメロンパン自体の感想を得られなかったのだとか。


「人気者って大変ですね……」

「この美貌は神様からの贈り物だから、仕方がないけどさ」


 綺麗な笑顔で、八の字の眉を描かれれば、もう納得するしかない。


「ね、君、明日も来れる? 猫又ちゃん、作業の飲み込み早いし、君、メロンパンの知識豊富だし」

「いえ、もう帰ります」

「……ん? どこ住み……?」

「北海道です」

「北海道!? え? そんな遠くから、猫又ちゃん、来てたの!?」


 猫又たちは、3匹、うんうんと頷いた。


「……あー、だから、北に行こうとしてたんだぁ」


 再び、3匹が、うんうんと頷いているのを見て、私は呆れて言葉がでてこない。

 キッチンカーを乗っ取って、さらに北海道まで帰ってくる気だったのか、コイツら……


「しょーがない。するしかないか」


 TAIGAは少にっこり微笑んだ。

 初めてでもわかる。

 これは、なにかを思いついた顔だ。




 ──半年後。


「はい、こちらタッチ決済です。どーぞ。……はい、お進みください。お渡ししますー」


 オーダーと決済は、完璧!

 最近は、クリームの仕込みを手伝えるようになった。

 私もずいぶん成長したと思う。


「TAIGAさん、残り20切りましたー」


 すでに列調整がされていたため、待っていたのに買えなかったこともなく、今日も無事に営業終了となる。


「由亜、お疲れ。今日も盛況だったね」

「お疲れ様でした。みんなのデコ、かなり洗練されてますもんね。売れて当然ですよ」

 

 私は結局、ここの従業員になった。

 猫又の3匹もいっしょだ。

 今ではデコレーションは3匹の仕事になっている。

 メロンパンのデコレーションも、手作業の姿も、TAIGAさんよりウマカワなのだから仕方がない。


「よーし。あがろっか。由亜、今日は送り、駅? 家?」

「駅でお願いします」

「どっか寄るの?」

「気になってるコーヒー屋さんがあって」

「じゃあ、それ、オレも行こうかなぁ」

「コーヒー、飲めませんよね?」

「飲めなくても飲めるのあるかもじゃん」

「このあと会議じゃなかったですか?」

「遅れてもへーきへーき」


 私たちは軽い会話をしながら、キッチンカーのコックピットへ移動する。

 私はこの移動時間が大好き!

 猫又のみんなのしっぽがピンと立って、八岐大蛇みたいに並ぶのがとっても可愛い。

 3匹の並び順で八岐大蛇のボリュームが変化するので、毎日飽きない。

 もちろん、この姿をSNSに投稿して、みんなと共有するのは忘れない。タグは、#にゃまたのおろち、だ。


 助手席で、今日のにゃまたのおろちを投稿していると、TAIGAさんがエンジンをかけながら、ちらりとこちらを向いた。


「ね、由亜、北海道、回り終えたら、本州行かない? 都道府県に合わせて新商品、出そうよ。君なら、また、パパって出てくるでしょ」

「パパッとなんて出てきませんって」


 彼はハンドルを抱えながら、優しく笑って私を見つめてくる。


 ……その視線は、新メロンパンへの期待だ。


 わかっている。

 わかっているのに、頬が赤くなる。


 私は自分に、頬を叩いて喝をいれた。


 メロンパンへの情熱をTAIGAさんより上回るんだ──!!!


 なのに。

 猫又たちがベンチシートだからか、運転席側へと私を押してくる。

 確かに真ん中にはスペースあるから運転席側に寄れるけど。寄れるけど!

 少しは察してよ。全く。

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猫又ハイジャック! yolu(ヨル) @yolu

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