猫又がいなくなったのは、つい2週間前だ。

 でも、彼らが占拠したキッチンカーのメロンパンを知ったのは、半年前からになる。


「聞いて、みんな、新しくできたパン屋のメロンパン、めっちゃ昭和って感じ。エモいんだよぉ」


 私がスマホの写真を見せながら話しかけると、ハチワレの猫又・アンコが「んな」と顔を上げた。それに釣られて茶色のふわふわ短足猫又・ミタラシも「みぃ」と応え、灰色の長毛猫又・ゴマも「ふぁ」と返事をしてくれる。


 彼らが我が家に居着いたのは、私が赤ちゃんのときだ。

 そのときから、我が家は猫又の信徒さんになった。決して、飼い主ではない。

 理由は、家によって座敷童やぬらりひょん、垢舐めなめの家もあるからだ。


 かちゃん。

 床に落ちる音がし、メロンパンを咥えてベッドから起き上がる。

 ゴマの3本のふわふわ尻尾のせいで、写真たてが落ちたようだ。


「ゴマ、しっぽ気つけてー」


 私は写真たてをなでながら、小さく笑った。

 口いっぱいにメロンパンをつめ、満面に笑顔を浮かべている4歳の私と、猫又たちがいる。

 私はこの日から、メロンパンの虜になったといってもいい。

 ほぼ毎日、メロンパンというメロンパンを食べ続けているが、飽きることがない。

 友人にいわせれば、異常だそうだ。

 私はトーストメロンパンを頬張りながら、スマホをスワイプした。


「見て! かわいくない? ここのメロンパン、デコってくれるんだって」


 私が3匹に見せた写真はSNSで流行っているメロンパンだ。

 キッチンカーで関東から東北を気ままに走りながら販売しているメロンパンだ。

 ここの特徴は、メロンパンにクリームなどでデコっていること。

 デコレーションが可愛く、女子の間でた結果、大人気に!


 しかも、その店主がメロンパンに情熱を傾け過ぎた19歳男子、しかも元アイドルで、名前は TAIGA。メロンパンが好き過ぎて、アイドルを引退し、現在に至る。

 ……というのが、彼の経歴だ。


 アイドルを辞めてまでメロンパンへ愛情を注いでいるのだから、ハンパないのだろう。

 でも、私は懐疑的だった。


(どーせ、アイドルになったけど、人気がなくて、メロンパン堕ちしたんでしょ)


 だが、調べれば調べるほど、歌もダンスも、めっちゃくっちゃに上手。上手すぎる!

 推しが追いかけていくのもわかるし、彼が抜けたあとのグループが閑古鳥だというのもよくわかる。


 ……いつの間にか、私は彼に、

 ……いや、これは憧れだ。


 彼のメロンパンへの情熱が、私と同等、……ううん。私以上に熱い。

 常にパン生地とクッキー生地の比率、硬さ、パンの水分量など、彼も私と同様にメロンパンをくまなく食べ歩きし、研究しているのはもちろん、それをSNSで発信もしている。


 私も彼と同じように食べて歩いて、研究したい!


 だけど、北海道の田舎暮らし、さらに学生の私にとって、食べ歩きは夢のまた夢。

 公共交通機関を使っても行ける限界があり、自転車で走れる範囲も限られてるし、何より、北海道の美味しいパン屋は郊外の畑の中に多い!


 メロンパンの地域格差を痛感しながら、自分の知識量の乏しさに唇を噛む。

 私は、彼と同じメロンパンを食べて、彼と同じように分析や感動ができるだろうか。

 でも、もっともっと私が知識をつけて、それこそ、一緒に商品開発ができたら、どれだけ楽しいんだろう……!


 私はベッドに寝転がりながら、スーパーの大きいだけのメロンパンを頬張る。

 きっと彼のメロンパンは、こんな変に甘くなくて、パサついたパンじゃない。


「TAIGAのメロンパン、どんな味かな……。誰かプレゼントしてくれないかなぁ」


 1日20回は言葉にしているフレーズだ。

 自分でも言い飽きてきたなと思っているが、つい出てしまうのである。

 だが、のそのそと這い上がってきたゴマが私の顔を見て「ふぁ」と返事をしてくれた。

 だけど今日は、いつの間にか横で寝ていたミタラシが「みい」と言って立ち上がると、アンコが「んな」と言い、3匹そろって玄関へと歩いていく。

 私はいつもの猫又集会があるのだとドアを開け、


「朝までには戻るんだよ。気をつけてね」


 なのに、帰ってこなかった。

 SNSで迷い猫又情報を探っていたときに、ふと見た朝のテレビ。


『妖怪猫又の3匹が、メロンパンを販売しているキッチンカーを乗っ取り、販売を始めた』


 映像をどう見ても、TAIGAのメロンパンだし、猫又は、うちの3匹だ。

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