【星影の黄昏】という転生先について

萌伏喜スイ

第1話

 いよいよこの時がきた。

 わたしの運命を決める、この時が。


 わたしは所謂オタクである。


 なんのオタクかというと、ゲーム……いや、ここは包み隠さず正確に伝えよう。ゲームはゲームでもノベルゲーム、さらにその中でも、女性向けの恋愛を描いた乙女ゲームのオタクである。


 大昔は恋愛シミュレーションゲームだなんて、モテないオタクのやるものだ、という風潮だったけれど。


 いつの頃からか、壮大な恋愛模様を描く音声付きドラマという扱いに変わり、規模を問わず各種メーカーから多くのタイトルが発売されるようになった。コンシューマーゲーム機以外に携帯端末でもプレイできるようになり、プレイ層はどんどん拡大、今では転生ものラノベの転生先の定番となっている。


 かく言うわたしは、乙女ゲームのオタク歴で言ったら古参、と言ってもいいだろう。


 それこそ、キャラクターの立ち絵がただの静止画だった時からプレイしているいにしえのオタクである。


 乙女ゲームに悪役令嬢だなんていたっけか? だなんて、野暮な事は言うまい。

 わたしがプレイしたことがないだけで、あったのかもしれないし、よしんば無かったとしても、今そういう乙女ゲームが出来たのだと思えば良い。


 今問題なのはそこではない。

 今、わたしが臨もうとしているこれは、先程も言ったようにわたしの運命を決める一大事だということだ。


「わたしにも、こんな機会があるだなんて。感無量です」

「転生先は試験の結果次第になります。あなたがどれほどこちらの世界への造詣が深いか、テストさせていただきます」

「望むところですとも」


 詰めれば三人ほどで使える長机を、悠々と一人で使っているわたしの前に置かれたのは、A4サイズの冊子が一冊と回答用紙。冊子の表紙にはこう書かれている。


 【星影の黄昏】への転生試験


 そう。これは、わたしが生涯で最もハマった乙女ゲーム、【星影の黄昏】へ転生するための試験なのである。


「得点によって、転生するキャラクターが変わります。転生といっても人生を一から始める必要はありません。物語の始まりあたりのキャラクターに憑依するタイプの転生です」

「タイプ」

「えぇ、生まれたところから始まる転生ですと、本筋に入る前に歴史まで変えてしまうパターンがありますが、今回はそうでは無いということです」

「パターン」

「えぇ、転生にも色んな種類がありますので」


 淡々と転生システムを説明してくれるのは、神様と言うよりは管理職と言った感じの男性だった。長身、長いストレートの銀髪に整った顔立ち、着ているものはチャコールグレーのスーツ、極めつけの銀縁眼鏡。


 この人絶対攻略キャラだ。


「ごほんっ……。あー、何点とったら誰になる、みたいな指標はありますか?」

「そうですね。満点であれば文句なく主人公です」

「逆に攻略キャラになるってことも?」

「有り得ます。キャラクターに対する考察なども試験項目にありますので、そのあたりの評価は点数だけではありませんが」

「ではでは、もし万が一0点だった場合は?」

「転生自体は叶いますが……」


 イケメン管理職は銀縁眼鏡の奥で「ありえない」と言っている。


 そりゃあそうだろう。

 予め知識がある者を選んでいるのに、0点だなんてオタクの風上にもおけない体たらく、あるわけが無い。


「他に質問はありますか? なければ始めますが」

「大丈夫です。始めましょう」

「試験時間は二時間です。質問や、終了時間を待たずに終える場合は挙手してください」

「はい」

「それでは、はじめ」


 合図とともに冊子を開く。

 筆記用具は、わたしが生前使い慣れた物を用意してくれたらしい。手に馴染んだペンの感覚にほんの少しの感傷を抱きつつ、問題に視線を走らせた。


【第一問】

 星影の黄昏、主人公のデフォルトネームは?


 これは簡単というか、サービス問題。

 ミツリ。


【第二問】

 主人公のイメージタロットは?


 星影の黄昏では、メインキャラクターそれぞれにタロットカードのイメージが象徴のように設定されている。

 主人公ミツリのイメージは『星(The Star)』である。

 こんなものは、ゲームをプレイしていなくても、公式ページを見るだけで知ることのできる浅い情報だ。

 オタクを舐めてもらっては困る。


【第三問】

 攻略キャラクター全員の名前とイメージタロットを挙げよ。


 ハルト・セイラン『太陽(The Sun)』

 カズマ・ハギリ『正義(Justice)』

 レイ・アマノ『悪魔(The Devil)』

 ナギ『月(The Moon)』

 アスト『魔術師(The Magician)』


 これは単純だけどプレイしていないとわからない人もいるかもしれない。

 アストは主人公を導く謎の多いキャラクターだけど、プレイ開始から攻略出来ない、言わば隠し攻略キャラ。

 先の四人を攻略しきらないと着手出来ないのだ。

 ベストもグッドもバッドも、全エンディングを回収したわたしにとっては、考えるまでもない問題だ。



「他に受験生がいないとはいえ、独り言は抑え目にお願いしますね」

「スミマセン」


 どうやら声に出ていたらしい。


 知的クールイケメンは、呆れも嘲りも見せず、それどころか感情が全く読めない。超事務的。

 星影にはいないタイプの攻略キャラだ。

 まぁ、嫌いじゃない。



 そんな感じで出題される問題をこなすこと、全100問。全ルートを周回し、ファンブックの隅々まで舐めるように読み尽くしたわたしでも、二時間という試験時間は長いものでは無かった。


 だって、キャラクター考察なんて書かせるから!

 時間はギリギリ間に合わせたけど、回答用紙は全く足りず、何度か挙手して追加の用紙をもらったのだ。



「では、採点が終わるまで少々お待ちください」


 そう言って、赤ペン片手に眼鏡イケメンが回答用紙に目を通す様子を、チラチラと窺う。

 銀縁眼鏡もいいけど、モノクルも捨て難い、とか思ったことは彼にバレているだろうか。


 回答用紙を見ながら、徐々に眉間にシワが刻まれていくのを、わたしはドキドキしながら見守った。


 イケメンが席を立ち、わたしの方に近づいてくる。

 いよいよだ。

 わたしの心臓の高鳴りは最高潮。

 これで星影の黄昏に、行ける。

 どこか不機嫌そうに告げられた、運命の転生先。


「あなたの転生先が決まりました。あなたは

――」


 * * *


『ミツリ、愛してる。オレは王位より、世界より、君が大事なんだ』

『いけません、ハルト様……!』


「……………………」


 無事に転生は成った。


 わたしの目の前で、何度となく拝んだスチルが現実となって展開されている。


 わたしの転生先は、主人公ではなかった。

 かといって、攻略キャラクターでもない。


 わたしは、星影の黄昏の背景になった。


 乙女ゲームオタクがみんな、主人公に自分を投影してる訳でもなければ、攻略キャラにガチ恋してる訳でもない。


 わたしは、乙女ゲームで壁になりたい。カーテンになりたい。椅子になりたい。雲に、草に、通りがかる猫になりたい。


 満点を取れる試験だった。

 でもあえて、わたしは0点を取った。

 全ては背景になるために。


「これこそ神視点。モブよりも全てを間近で見られる正にアリーナ!」


 こうしてわたしは、最高の二度目の生を手に入れたのだ。

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