災厄の中心
微笑む選民
「これがそのメモです」
加賀祥子は落ち着いた口調でそれを出してきた。
「…………」
三島はそれを黙って受け取った。黙ってというか、言葉が出ない。
「少し休みたいのですが、宜しいでしょうか?」
加賀祥子は少し微笑を浮かべてそう言ってきた。
「……ええ……」
三島は名取に目配せして席を立った。もちろん一人にさせる訳には行かないので彼女に以後の監視を指示したのだ。名取は小さく頷いた。
三島には言いたい事が山ほどあった。あんたは自分が何をしたのか判っているのか?あんたは家族も顧客も会社もそのホストすらも裏切ったんだぞ。
だが三島には言えなかった。余計な事は言うなと厳命されていたし、実際に加賀祥子と相対すると気圧されてしまいそんな事は言えなかった。
加賀祥子は美人というよりは可愛らしい女性だった。42歳と言われれば年相応なのだが、表情がどこか若々しくまるで田舎の学生のような
部屋を出ると三島は見事な景色に圧倒された。ラグーンベイコートクラブ。愛知県蒲郡市にあるリゾートホテルでグループの保養所としても最高ランクの施設でもある。グループ社員である三島ですらこんな保養所があるとは知らなかった。
──選民はどこまで行っても選民か
三島はオーシャンビューを見ながらそう思った。加賀祥子の夫である加賀隆も葉山の保養所に詰め込まれていると聞いたがここまでではないだろう。
三島は部屋に戻るとすぐに対策本部へ電話をした。着信先は携帯電話なので相手はワンコールで出てすぐに状況の確認をしてきた。
──どうですか
対策本部の指揮を執る榎本は挨拶もせずにそう確認してきた。
「該当金庫を記したメモを持っていました。既に押収してあります」
三島はつい今しがたの事を報告した。さすがの榎本も息を呑んだ気配が伝わった。
──すぐにこちらに転送して下さい
榎本の声にもやや緊張があった。
「承知しました」
三島はそう答えて電話を切り、スマホでメモを小分けに撮影しそれを榎本のスマホへと転送し、最後にメモ全体を撮影して同様に転送した。
「どうなるんだか」
三島はベッドに仰向けになって独りごちた。
加賀祥子。1982年生まれ既婚。旧姓溝手。父は74代目国家公安委員会委員長の溝手正顕。練馬支店と玉川支店で支店長代理として窓口および貸金庫業務の管理を担当。そしてこの四年間で上記二支店の貸金庫から合計十億円以上も窃盗した女。
この空前の大事件はあまりにも大事件に過ぎた。頭取は即時に加賀夫婦の身柄確保を指示し、同時に対策本部を設置し箝口令と内部調査を指示した。
祥子の夫である隆はグループのIT企業で働いており、しかも結構なプロジェクトを任されていたらしいがそんな事に構っている余裕などなかった。榎本が隆の会社の社長に連絡を取り強引に休暇を取らせたと聞いた。
警察にも手を回したが祥子の亡父が公安委員長だった事が幸いした。少なくとも警察が即時祥子を逮捕するという事はなくなったようだ。
現職の公安委員長である酒井にも情報を流して牽制した。酒井自身は元公安委員長の娘に遠慮もないだろうが最悪の場合は現金は用意してあるという。
マスコミにも当然戒厳令を敷いた。いくら社会の公器などとほざいていても所詮は民間企業である。大スポンサーであるグループには忖度するしかない。
問題は歌舞伎町だった。祥子はホストへの売掛金の返済代わりに貸金庫内の覚醒剤を盗みそれを流したらしい。先日歌舞伎町で薬物中毒による死体が発見されたらしいがこちらは無視を決め込むしかなかった。
今日は11月25日。明日にはこの事件は公表される予定である。はて世間がこの問題を忘れてくれるのはいつになる事やら。
(完)
ええ!プロジェクト炎上中なのにPM離任ですって!? @samayouyoroi @samayouyoroi
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