丸の内にて
「おはようございます主事」
榎本が会議室に入ると何人かが挨拶をしてきた。この会議室は本件のために占有された対策本部であり、許可のない者は入室どころかこの区画に立ち入る事もできない。本件はそれ程に重要かつ絶対的な秘匿を前提とした事案なのだ。
「警察のほうは?」
榎本は挨拶を返すより早くそれを確認した。
「警視庁の陣川警視長という人物と連絡を取りました」
痩せた男がそう報告した。
「何と?」
榎本は男を見据えてそう尋ねた。
「警察も溝手先生の事は把握していました。表沙汰にはしないと思われます」
男は恭しくそう述べた。
「公安委員長は?」
榎本はその点も尋ねた。
「昨夜秘書に情報を流しました」
別の男がそう声を発した。
「大丈夫か?」
榎本は鋭くその点を確認した。
「一応用意はしてあります」
その男は敢えて主語を省いてそう報告した。省いた主語は「現金」であり、もし公安委員長が勝手に動くようなら握らせる想定だった。
「支店はどうだ?」
その言葉に今度は中年の女性が応じた。
「練馬の飯塚支店長代理が個人的に警察に警備を依頼したと連絡が入りました」
その報告に榎本の視線は女性の顔に止まった。
「妙な動きをしないように警戒しろ」
榎本はそれだけを指示した。
飯塚は不運な男だった。恐らく彼は無関係だろう。それに彼の陥った状況は充分同情に値する。だがその同情は彼を救う力にはならない。それどころか彼には別の意味で警戒が必要だった。なぜならば──飯塚にはもう未来などありはしないのだから。
飯塚だけではない。この四年間に練馬・玉川支店の管理職に就任した者に未来などありはしない。無関係であっても飼い殺し、万が一共犯なら
「葉山のほうは?」
榎本は別の担当者にそれを尋ねた。
「あちらは動きはありません」
尋ねられた若い男は表情を固くしてそう答えた。
「最も警戒すべき事が何だか分かるか?」
榎本は若い男にそう問うた。
「情報漏洩でしょうか?」
若い男は顎を震わせてそう答えた。そう考えるのが普通だろう。だが違う。
「自殺だ。注意しろ」
榎本の言葉に若い男は真っ青になった。だが榎本は若い男に同情などしなかった。
本件で最も同情されるべきなのは葉山に軟禁している加賀隆自身なのだから。
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