飛行中にエンジンが止まった

神楽堂

飛行中にエンジンが止まった

 機体がふるえている。

 飛行中に揺れるのは当たり前のことなのだが、いつもとは何だか揺れ方が違う。

 揺れるというより、ふるえているのだ。


 機体に不具合があるのだろうか。


 コックピット内の計器を確認する。

 どこにも異常は見られない。

 副機長コーパイにも聞いてみる。


「なんか、ふるえてないか?」


機長キャプテンも感じますか。ふるえてますよね」


 その時、警報が鳴った。

 PFは叫ぶ。


「アイ ハヴ コントロール」


副機長P Mが応える。


「ユー ハヴ コントロール」


 誰が事態に対応するかを確認するために、このようにコールする。


 計器は右エンジンの油圧と油量の低下を示していた。

 オイル漏れだ……


 オイルが無くなると、エンジンを円滑に回転させることができないばかりか冷却にも支障が出る。

 案の定、エンジンの温度がどんどん上昇していく。

 このまま放置すれば炎上するだろう。


 客室にシートベルト着用の指示を出す。


 ポーン ポーン


 CAが客室内にアナウンスする。


「皆様にご案内いたします。ただいま、シートベルト着用サインが点灯しました。シートベルトは緩みのないよう、しっかりとお締めください。化粧室の使用はお控えください」


 まずは右エンジンを停止しないと。


「ライト オートスロットル アームスイッチ コンファーム オフ」


「ライト コンファーム オフ」


 右エンジンの自動制御は解除された。

 次に燃料供給を停止する。


「ライト フューエル コントロール スイッチ コンファーム カットオフ」


「カットオフ」


 副機長と共に、声に出して確認しながら手順を進めていく。

 機体のふるえが少し収まってきた。


 片方のエンジンが止まっても飛行は可能だ。

 しかし、こうなった以上、近くの空港への着陸を検討しなくてはならない。


 カークヨーム航空2025便は、羽田ファンタジー空港発、新千歳ドリーム空港行き。

 離陸してからまだ時間が経っていないので、羽田に引き返すのがベストだろう。


「パンパン出すか」


「そうですね」


 パンパンを3回連続発信することで「準・緊急事態」であることを宣言する。

 この信号を発信している航空機は着陸が優先される。

 俺は無線機のスイッチを入れた。


「パンパン、パンパン、パンパン。東京コントロール。こちら、カークヨーム航空2025便。右エンジン、オイル漏れのため使用不能。羽田空港への引き返しを要求する」


 管制から返信が入った。


『カークヨーム2025 東京コントロール ライトエンジン フェイリアー故障 ラジャー ヘディング方位200° ディセンド降下 アンド メインテイン維持 フライトレベル高度170』


「東京コントロール ヘディング200° FL170 カークヨーム2025」


 管制から指示された方位と高度を装置CDUに入力する。


 右エンジンの油温が下がってきた。

 火災は免れた。


 チーフパーサーに連絡する。


 ピーン ポーン


「もしもし、機長だけど。右エンジン不調のため羽田空港に引き返す。大変だと思うけどキャビンの対応、よろしく頼む」


『羽田空港への引き返し、了解しました』


 引き返しは乗客からの反発も大きい。

 CAはその矢面に立ってしまう。

 申し訳ないが、これも人命尊重のためだ。


 俺は客室にアナウンスする。


「操縦席より皆様にご案内いたします。機長の神楽かぐらです。ただいま、エンジンの一つに不具合が発生しました。現状におきましては飛行に問題はありません。しかしながら、安全を第一に考え、当機は羽田空港に引き返すことに致しました。ご予定のあるところ大変申し訳ありませんが、ご理解をお願いします」


 乗客の困惑した表情が目に浮かぶ。

 きっと文句を言っている乗客もいるであろう。

 心が痛い……


 ビーーーーーー


 また警報だ。


「アイ ハヴ コントロール」


「ユー ハヴ コントロール」


 機内が静かになる。

 エンジン音がまったく聞こえてこない。


 左のエンジンも停止してしまった。

 そんなことってあるのか……?!


 これで当機はすべてのエンジン推力を失ってしまった。

 聞こえてくる音は、風を切る音だけ。



「メーデー出してくれ」


「メーデー、ラジャー」


 メーデーとは遭難信号。

 いわゆる「SOS」のようなもの。

 メーデーを発信すると、その地域では遭難機と救助側以外の通信は禁止となる。


 副機長は周波数を121.5MHzにセットし、遭難信号メーデーを発信する。


「メーデー、メーデー、メーデー。こちらはカークヨーム2025、メーデー、カークヨーム2025、全エンジン故障。緊急着陸を要請。乗員乗客345人、メーデー、カークヨーム2025、全エンジン故障、メーデー、カークヨーム2025」


『カークヨーム2025 東京コントロール メーデー コピー了解 ディセンド降下10000 コンティニュー継続 プレゼント現在 ヘディング方位


「東京コントロール ダウン トゥ 10000 コンティニュー プレゼント ヘディング カークヨーム2025」


「エンジン再始動、やってみるか」


「はい」


「スラストレバー アイドル」


「アイドル」


 アイドルとはエンジンが推進に関係しない状態を指す。


「エンジンモード セレクター イグニッション点火


「イグニッション」


 このまま30秒待つ。

 果たしてエンジンは再始動するのであろうか。


 30秒が経過した。

 左エンジンは沈黙したままだ。


「エンジンマスター オフ」


「エンジンマスター オフ」


 さらに30秒待機し、再始動を試みる。

 それでも、エンジンはかからなかった。


クルー乗務員 オキシゲン酸素 マスク オン装着


「オキシゲン マスク オン」


 俺たちは酸素マスクを装着する。

 現状では与圧に問題ないが、急激に下がった場合、気を失ってしまっては操縦ができなくなる。


 パイロット用のマスクにはインカムが入っているので、それが正常に動作するか相互確認を行う。


「マイクチェック、マイクチェック」


「ラウド アンド クリア」


「ラウド アンド クリア」


 大丈夫だ。

 さて、なんとか左エンジンを再始動しないと。


フューエル燃料 コントロール スイッチ カットオフ ゼンその後 ラン実行


「カットオフ……ラン」


「……だめですね」


 ビーーーーー


 バッテリー切れの警報だ。

 エンジンが止まったので発電ができない。

 電気がなければ飛行機は何もできない。


RAMエアタービン風力発電 スイッチ プッシュ アンド ホールド 1s」


 天井にあるRAMのボタンを1秒以上押してから手を離す。


 機体の外に発電用の風車が出てくる。

 これで少しは電力を稼げるはず。


 しかし、コックピットは暗くなった。

 非常用照明に切り替わったのだ。


 まずいな……客室キャビンも暗くなっていることだろう。

 アナウンスしなくては。


「操縦席よりご案内いたします。現在、当機の発電系統に異常が発生しております。皆様には大変ご迷惑をおかけしておりますが、復旧まで今しばらくお待ちください」


 飛行機には推進用のエンジンの他に、発電用のエンジンAPUも搭載されている。


APU補助動力セレクター スタート」


「APU スタート」


 天井にあるAPUのつまみをスタートの方へひねってから戻す。


 しばらくすると、コックピット内の照明が元に戻った。

 APUが電力を供給してくれているようだ。


 キャビンにアナウンスする。


「操縦席よりご案内いたします。ただいま、電力は復旧いたしましたが、節電のため、客室内のモニターは切らせていただきます。ご協力お願いします」


 CAたちにも指示を出さなくては。

 インターホンではなく、直々に話した方がいいだろう。


 ピーン ポーン


 副機長がチーフパーサーをコックピットに呼び出す。

 ドアスコープと監視カメラで、ドア前の異常がないかを確認してから解錠する。


「どうだ、キャビンの様子は」


「はい。引き返しへの不満は出ていましたが、おおむね理解してくれているようです」


「苦労かけてすまない。ここから先、君たちCAには保安要員として頑張ってもらうことになる」


「はい」


「実は、両エンジンが故障してメーデーを発信した。羽田には緊急着陸を行う。乗客への指導と避難指示、よろしく頼む」


「はい!」


「パニックになるお客様もいると思われるので、気を引き締めて取り組んでくれ」


「はい! わかりました!」


 さっそく、CAたちはミーティングを開始した。


 俺は緊急着陸の準備をしないと。


 今や当機は紙飛行機のようなもの。

 ただただ、滑空しているだけの存在。

 紙飛行機というか、鉄飛行機なのだが。


 まずは燃料の投棄。

 エンジンは使えないので、燃料を積んでいても重量が増すだけだ。

 重いと制動距離が伸びてしまい、オーバーランの危険が増す。

 また、着陸に失敗した際には爆発炎上の原因になる。

 とは言っても、全量を投棄する訳にはいかない。

 APUという電力を発生させるための補助エンジンのための燃料は必要だ。

 その分は残しておかないと。


 燃料タンクは翼と胴体にある。

 基本的には胴体のタンクから優先的に使用している。

 翼には燃料が入っていた方が都合が良い。

 というのも、飛行機は離陸する際に強い揚力がかかるため、翼が上方向にしなってしまうのだ。

 よって、燃料を入れて翼を重くすることで、翼が変形することを防いでいる。


 航空燃料を空から捨てるなんてとんでもないとは思うが、乗客の命を最優先に考えれば致し方ない。

 管制に指示を請う。


「東京コントロール。こちらカークヨーム2025。燃料を投棄したいので投棄可能な場所までの誘導を要請する」


『カークヨーム2025。燃料投棄、了解』


 管制から教えてもらった位置を機械CDUに入力する。


 さてと……そろそろCAたちの準備も整った頃だろう。

 キャビンにアナウンスする。


「操縦席より皆様にご案内いたします。当機は羽田空港に緊急着陸を行う見込みです。着陸が近くなりましたら、客室乗務員の方から緊急着陸時の姿勢について説明致します。不安かとは存じますが、客室乗務員の指示に従い、落ち着いて行動してください」


 エンジンの止まった飛行機は、高度と引き換えに速度を得る。

 位置エネルギーとはよくいったものだ。

 空港に到着するまでに高度をすべて失えば、当然、墜落となる。



 当機は高度を下げながら進んでいき、ようやく燃料投棄地点までたどり着いた。


「東京コントロール、燃料を投棄します」


『カークヨーム2025 フューエル燃料 ダンピング投棄 ラジャー』


「フューエル ダンプ」


「フューエル ダンプ」


 燃料計を確認しながら、左右の翼内の燃料の量を調節しながら放出する。

 この飛行機は滑空状態。左右のバランスはきわめて重要である。

 左右のタンクを同じ量にすればよいというものではない。

 キャビンにはたくさんの乗客がいる。

 座席表を見て、左右どちらにどれだけ多くの乗客が座っているかを確認し、重量を推定する。

 貨物室については、作業員が左右のバランスが取れるように荷物を入れてくれているはずだ。

 それでも、偏りがないかどうかの確認は行う。

 これらを総合的に判断し、左右それぞれの燃料の投棄量が決まる。


 空から航空燃料が降ってくることを懸念する声もあるが、揮発性が高いため、投棄した燃料は地上に落ちる前にすべて蒸発してしまう。

 しかし、燃料の投棄は環境汚染につながるので、なるべくは行いたくないものだ。


「東京コントロール、カークヨーム2025、燃料の投棄完了。羽田空港ランウェイ34Rへの誘導を要求する」


『カークヨーム2025、ラジャー』


 指示された方位等をCDUに入力する。

 これで、方位については間違いなく羽田空港に近づける。

 あとは高度だ。


 滑空状態の当機は、進めば進むほど高度を失っていく。

 では、高度を維持したほうが良いのかというと、そういうわけでもない。


 飛んでいる飛行機には空気抵抗がかかるため、どんどん速度は落ちていく。

 速度がゼロになってしまえば、そこで墜落だ。

 しかし、落下する物体には加速度がつく。

 それを使い、高度を下げることで速度を増していく。

 もっとも、高度がゼロになれば、やはり墜落となる。

 速度と高度、どちらも維持しながら空港までたどり着かないといけない。


 かなり高度が下がってきたが、その分、空港も近づいてきた。

 海や陸地への不時着という事態は避けることができそうだ。


 東京湾に海上保安庁の船舶が展開しているのが見える。

 きっと、この飛行機が海に不時着した場合に備えているのだろう。


 機体を海に落とすものか。

 必ず空港にランディング着陸してやる!


「カークヨーム2025 エアポート インサイト視認


 着陸の許可と、東京アプローチとの連絡を取り合うための周波数の指示が来た。


『カークヨーム2025 ラジャー クリアード許可 フォー ランウェイ滑走路 34R コンタクト 東京アプローチ 119ワンワンナイナーデシマルワン


「クリアード フォー ランウェイ 34R 119.1 カークヨーム2025」


 ここからは東京アプローチと交信しながら着陸を行う。


 滑走路が見えてきた。

 有視界気象状態VMCでの着陸が可能だ。

 空港に霧がかかっていたらアウトだった。

 エンジンが使えないので計器飛行方式IFRは不可能。

 よって、有視界飛行方式VFRの一択となる。



 キャビンでは、CAが衝撃防止姿勢ブレースの指導を乗客に行っている。


「体を前に倒して、顎を引いてください。前の座席に頭をつけてください。両手は頭の後ろに置いてください。前に座席がないお客様は、頭を下げて、手で足首をつかんでください。衝撃は一度とは限りません。指示があるまで安全姿勢を取り続けてください」



 俺は管制と交信する。


「東京アプローチ カークヨーム2025 ビジュアル視認 34R」


『カークヨーム2025 東京アプローチ ランウェイ34R クリアード許可 トゥ ランド着陸  ウインド風向60° アット風力 4 グッドラック!』


「サンキュー! クリアード トゥ ランウェイ34R カークヨーム2025」


 着陸許可が出た。

 風の影響は少ない。

 消防車があちこちに展開し、救急車も集まってきている。

 狙った滑走路に着陸できない場合を想定して、消防車を分散して配置しているのだろう。


 絶対に滑走路に着陸する!


「ギアダウン」


「ギアダウン」


 車輪を出すことで空気抵抗による減速の効果も期待できる。

 エンジンは使えない。よって、ゴーアラウンドは不可能。

 着陸のチャンスは一回きり。


 俺はキャビンにアナウンスする。


「皆様にご連絡します。これより緊急着陸を行います。強い衝撃に備えてください。業務連絡、キャビンクルー客室乗務員ブレース衝撃防止姿勢! ブレース! ブレース!」


 指示を受け、キャビンではCAたちが声を揃えて衝撃防止姿勢を乗客に呼びかける。


「「体を伏せて! 体を伏せて! Head Down! Head Down! 体を伏せて! 体を伏せて! Head Down! Head Down! ……」」


 沈黙が流れると、乗客は不安から勝手な行動を始めてしまう恐れがある。

 そこで、CAが声を揃えて大声で衝撃防止姿勢を呼びかけ続けることで、客室内にCAに従う雰囲気を作り出すのだ。

 また、楽観的に考えている乗客もいるので、現在が危機的状況であることを理解させるためにも、CAは声を揃えて大声で叫び続ける。


「「体を伏せて! 体を伏せて! Head Down! Head Down! 体を伏せて! 体を伏せて! Head Down! Head Down! ……」」


 滑走路が近づいてきた。

 俺は300人以上の命を預かっている。


 操縦桿を持つ手がふるえる。


 副機長にフラップの指示を出す。

 高速の時にフラップを出すと破損してしまうので速度制限VFEがある。


「フラップ15」


「スピードチェック フラップ15」


「フラップ25」


「スピードチェック フラップ25」


 維持してきた速度と高度を、ここで一気に落としていく。


 対地接近警報装置GPWSが機体の高度を音声で流してくれる。

 計器を見なくても高度が分かるよう、GPWSが音声で高度を読み上げてくれるのだ。


GPWS「500……シンクレイト降下率異常! シンクレイト!」


 降下率が過大であるため、対地接近警報装置GPWSに警告されてしまう。こればかりは仕方ない。


GPWS「200…… アプローチング接近中 ミニマム着陸決心高度


ランウェイ滑走路 インサイト視認


GPWS「ミニマム着陸決心高度



 俺は発声する。


コンティニュー着陸続行


 ゴーアラウンドは不可能。

 着陸の一択だ。


 副機長が応える。


「ラジャー」



GPWS「100……50……30……20……10……5……」


 ガツン!!


 強い振動が機体に伝わる。


 逆噴射は使えない。

 そのため、いつもより強めに滑走路に車輪をぶつけることで、運動エネルギーを地上へと分散させたのだ。


「スピードブレーキ アップ」


 翼からスポイラーが立ち上がる。

 空気抵抗を使うことでブレーキをかけるのだ。

 タイヤのブレーキも作動させるが、果たしてこの速度を抑えられるだろうか。

 摩擦熱で発火する可能性もある。


 速度は落ちていく。

 止まってくれ……

 オーバーランだけは絶対に避けたい。



 ……速度80……速度60……



 …………止まった。



 滑走路の端になってしまったが、なんとか止めることができた!


 管制から無線が入る。


『ナイスランディング! エマージェンシービークル緊急車両 スタンバイ』


「サンキュー」


 サイレンを鳴らしながら、消防車がどんどん集まってくる。


 逆噴射なしの着陸を行ったのだ。

 タイヤのブレーキにかなりの負担がかかったはず。

 発火している可能性もある。

 今、消防隊が火災の有無を点検してくれている。



 俺はキャビンにアナウンスした。


「当機は羽田空港に着陸しました」


 こころなしか、キャビンから拍手や喝采の声が聞こえてきたような気がする。

 俺はアナウンスを続ける。


「姿勢は元に戻して大丈夫です。ただいま、消防隊が火災の有無を点検しております。点検が終わり次第、当機は駐機場に移動予定です。今しばらくお待ちください」


 俺にはまだやるべきことがある。


「パーキングブレーキ セット」


 スロットル横にあるレバーを引く。


「セット」


「スピードブレーキレバー ダウン」


「ダウン」


 この後、爆発などがおきて緊急脱出することになった場合、スポイラーが展開していると翼の上から脱出する乗客の邪魔になってしまうため、収納する。


「フラップレバー 40」


「フラップ 40」


 これも同じような理由だ。

 前方と後方にある非常口は開けると脱出用シューターが出てくるが、主翼の上に脱出する非常口にはシューターがついていない。

 なので、主翼から乗客が地上に降りる滑り台代わりにするために、フラップの角度を最大限に下げておく。


 管制から無線が入る。


『カークヨーム2025 安全を確認。これより、トーイングカーで牽引します』


「ラジャー」


 パーキングブレーキを解除する。

 カークヨーム2025便は牽引されて駐機場に到着した。


 CAは業務連絡放送を行う。


「業務連絡です。客室乗務員はドアモードをディスアームドに変更してください」


 俺はキャビンに最後のアナウンスをする。


「皆様、当機は羽田空港に到着しました。この度は大変不安な思いをさせてしまい、また、目的地に到着できず、誠に申し訳ございませんでした」


 俺はコックピットを出た。


 ふぅ……


 副機長コーパイが声をかけてくる。


「キャプテン、ナイスランディングでした! お見事です!」


「ありがとう……しかし、誰だよ、両方のエンジン故障なんて設定したのは」


「設定が何だって?」


 振り向くと、そこには研修担当の教官が立っていた。


「いやぁ、今回のフライトシミュレーターの設定、無茶すぎませんか?」


「何言ってる。いつこんな事態になるか分からんだろ。パイロットは機体がどんな状況になろうとも安全に飛行させるものだ」


「はい。そうです」


「お前の腕前、見せてもらった。滑空状態からの着陸、お見事!」


「はい。ありがとうございます」


 しかし、パイロットの訓練にCAまで参加するとは、うちの会社の研修もなかなか大掛かりだな。


 メンバーと反省会をし、俺はフライトシミュレーター施設をあとにした。


* * * * * * *


 今日は実機でのフライト。


 いつものように羽田を離陸し、新千歳へと向かう。



 機体がふるえている。

 飛行中に揺れるのは当たり前のことなのだが、いつもとは何だか揺れ方が違う。

 揺れるというより、ふるえているのだ。


 機体に不具合があるのだろうか。


 コックピット内の計器を確認する。

 どこにも異常は見られない。

 副機長コーパイにも聞いてみる。


「なんか、ふるえてないか?」


機長キャプテンも感じますか。ふるえてますよね」


 その時、警報が鳴った。



< 了 >

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

飛行中にエンジンが止まった 神楽堂 @haiho_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画