第5話 俺の現在のステータス。
俺と瑞希の都合を合わせ、行永兄妹のダンジョン探索は次の水曜日に決まった。
探索を行うのは『カーバンクル・ホーム』の管轄域である調布ダンジョンである。
俺も仕事に関わるダンジョンに一度も行っていなかったので、この機会に視察ができるのはありがたい。
佐藤さんにも事前に申告したところ、快く許可をもらえた。
「疲れたら、翌日も休みにしていいからね。妹さんとのダンジョン攻略、楽しんで!」
佐藤さん、本当に女神みたいな人だ。
これで結婚してなければなあ!
そして迎えたダンジョン探索当日。
俺と瑞希は『カーバンクル・ホーム』へ向かい、探索申請を行なった。
登山とおんなじようなもので、ダンジョン探索を行う際は事前に探索計画書を記入し、提出することが義務付けられている。
計画書が受理されれば、あとは当日、形式的な申請を経て、入場パスを受け取るのが、探索におけるデフォの流れである。
「申請を受け付けました。装備の着替えはロッカールームをご利用ください」
その日の受付担当は佐藤さんだった。
来客用の営業スマイルで案内したのち、「頑張ってね」と耳打ちし、小さくガッツポーズをつくってみせる。
やっぱり、この人、あざとすぎる。
これで結婚してなければなあ!
ロッカールームに入った俺は簡易的なタクティカルベストとヘルメットを着ける。
続いて胸に装着したホルスターにコンバットナイフを二つ収納した。
昔は配信映えを狙って、二刀流なんてしてたけど、失笑コメントが流れるだけの結果に終わった。
武器はシンプルなほうがいい。
回復アイテムを詰め込んだザックを背負い、ロッカールームを出た。
ロビーに出ると、瑞希の姿はどこにもなかった。
代わりになんか黒髪のエルフがいた。
マントを羽織り、へそと太ももを出した軽装スタイルに身を包んでいる。
「あ、来た」
エルフは聞き慣れたダウナーな声を発した。エルフというか瑞希だった。
「なにその格好」
「知らない? エルフ系ファッション。今流行ってんの。ほら、つけ耳」
そう言って、先が尖ったシリコン製の耳を着脱してみせる。
それはファッションではなくコスプレでは?
あと兄としては露出の多さも気になったが、これは本人の好みだから口を出さないでおく。
「武器はなに使ってるの?」
「ふふ、これよ」
と瑞希はどや顔でゴテゴテとしたデザインの銃を見せる。
昔のSF映画に出てきそうな、いかにもガジェット然とした魔弾銃だ。
ダンジョン内でのみ使用可能な銃器であり、魔力をエネルギー源としている。
「いろいろ試したけど、銃が一番使いやすい。ヘッショ決めた時の快感がヤバすぎ」
「そういえばお前、FPS好きだったな」
ちなみに
忍者で、銃使いで、エルフ。
コンセプトが迷走している気がするが、本人は満足そうなので、余計な口は挟まないことにした。
A級だしな。
俺たちはギルドから出ているシャトルバスに乗り、ダンジョンへと向かった。
探索者は大抵武装しているので、ダンジョンまでは送迎バスを利用する。
調布ダンジョンがある区域はかつて神代植物公園と呼ばれたあたりだ。
木々が生い茂り、半ば鬱蒼とした森をバスで抜けていくと、前方に奇妙なオブジェが見えてくる。
一言で言えば、ねじれた黒い塔だ。
ピサの斜塔よろしく斜めに建ちそびえており、しかも雑巾を絞ったみたいに壁面がねじれている。
見ようによっては、斜めに生えてきた巨大な黒いタケノコにも見える。
しかし、これがダンジョンの入り口であることは子どもだって知っている。
今となっては当たり前の光景だけど、こんなのがいきなり現れたら確かにビビるよなぁ。
俺たち、ダンジョンネイティブ世代はいざ知らず、ダンジョン出現以前の時代を知る母さんたちが警戒心を抱くのも無理はないのかもしれない。
ダンジョンの入り口をくぐる。
途端にくらっと眩暈が襲う。ダンジョン酔いだ。俺はその場で天井を仰いだ。
探索者はダンジョンに入ると超常的な力を得る。
オリンピック選手どころかアメコミヒーローもかくやの超人パワーを手にし、スキルと呼ばれる魔法めいた力でダンジョンに出没するエネミー、モンスターを倒すのだ。
このため、ダンジョンに入るとまるで生まれ変わったような感覚になり、これまでの感覚との不一致で酔いが起きる。よくあることだ。
しかし、久しぶりにダンジョン入りしたせいか、今回は一段と酔いが激しい。
前まではダンジョン酔いなんて全然しなかったのに。
気を取り直し、大広間を見回す。
まばらではあるが探索者のお客さんたちが出立に向けて集まっている。
どのダンジョンも大まかなつくりはおなじだ。
黒いねじれた塔がある。中に入ると大広間がある。
そして大広間には、地下へと続く階段があり、探索者たちを審査する“クラス神の像”が設られている。
「兄貴、最後にクラス鑑定を受けたのいつ?」
「わからん。事故の時点で久しく受けてなかった気がする」
「じゃあやっとけば? 自分の今の実力は把握したほうがいいよ」
妹の言葉は正論である。ド正論である。
しかし俺は中々素直に「そうだな!」と首肯できなかった。
クラス神とは便宜上つけられた名称である。
こいつがなんなのか正確なところは誰にもわからない。
しかし人の形をしてること、神々しい雰囲気を放っていることから、なんらかの神様を祀った代物という見方が一般的である。
さらに探索者たちにとって、クラス神はめちゃくちゃ重要な存在だった。
探索者はクラス神の像に触れることで初めて自分のクラスとステータス――力の強さだの、頑強さだの、魔力だの、数値化された自分のデータを知れるからだ。
ダンジョン攻略において、
基本的に割り振られる
偉業についての定義は難しいが、とにかく聞いたことのないクラス名を持ってるやつはそれだけで強者だと認定される。
そして、ユニークな
ちなみに、もともとの俺のクラスはローグ、つまり盗賊である。
詳細なステータスは覚えてないが、どの項目もようやく三桁に届くギリギリのラインだった。
大まかな基準として、A級ランクの探索者はステータスの各項目の平均値がだいたい五〇〇~七〇〇、B級ランクでも三〇〇~四〇〇らしいので、C級は妥当というほかない。
現実を直視するのは辛い。
しかし、いずれにしろ自分の今の現状は把握しなければならない。
「ちょっとステータス見てくるわ。待ってて」
俺はクラス神の像へと走り寄る。
クラス神の像は見上げるほど高い。3メートルはあるだろう。
八角形の台座には各面に緑の宝石が埋め込まれている。
ここに手をかざすと、当人の頭に直接流れ込むような形でステータスが開示されるのだ。自分から開示しない限り、個人情報が漏れることはない。
そういう意味では、とてもよくできた仕組みといえる。
俺は改めてクラス神の像を仰ぎ見て、「あれ?」と思った。
クラス神の顔に見覚えがあるからだ。
何度も見ているのだから、見覚えがあって当然なのに妙な既視感がある。
あ、わかった!
異世界メルディアの女神像に似てるんだ!
異世界メルディアにはさまざまな種族がいた。
こっちでいうホモ・サピエンスに当たるヒューム、森に棲む長寿の民エルフ、強靭な肉体を持った
そしてどの種族も、世界を創造した女神メルを信仰していることだけは共通していたのだ。
剣や魔法の異世界だけあって、誰もが女神の存在を自明のものと捉えており、女神の実在を疑う者は誰もいなかった。
おかげでどこの町に行っても、女神像を目にすることが多く、信仰心のない自分でも自然と顔を覚えてしまったのだ。
しかし、似ているのも当然だろう。
あの世界は俺の夢だったんだから。
思い返せば、異世界メルディアとこちらの世界では似ていた面がかなりあった。
例えるなら、同じゲームシステムで見かけのビジュアルや設定だけを変えている、といったところか。
異世界メルディアでいうダンジョンはいわゆる洞窟や遺跡を指すので、俺たちの世界のダンジョンとは構造が違うけど、でもわかりやすい違いなんてそんなもの。
そういえば異世界での俺、ステータスは四桁とかいってたな。
なんだよ、四桁って。Sランク級だろ。
自分が見ていた夢の痛さを改めて思い返し、俺は羞恥心に襲われる。
だが、もう俺は昔の俺じゃない。
今の俺は現実を受け止める決意ができている。
最後にクラス鑑定をしたときは、レベルは20とかその辺だったはず。
ここから地道に上げていくとしますか。
俺は台座の宝石に手を伸ばす。すると宝石が光りだし、俺の頭にクラスとステータス情報が流れ込んできた――
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
クラス: 【救世王】
レベル:72
強さ:4640
頑強さ:3100
俊敏さ:2320
器用さ:4500
知力:3600
精神力:7200
運:200
体力:9500
魔力:1500
パッシブスキル: 【救世主の資格】
……他者の命を守るたび、獲得経験値が十倍になる
発動スキル: 【魔王斬】
……対ボスエネミー特攻の斬撃技。
ボスエネミーに強い威力を発揮する
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
…………はい?
次の更新予定
異世界帰りの元救世主は平穏に暮らしたい。が、嫁を自称する仲間たちが凸してきたので全部終了!! 久住ヒロ @shikabane-dayo
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