第二話 3

「ごっそさんでーす」


「ごちそうさまでした」


「はい、おそまつさまでした」


 暴風のような勢いで腹を満たし終えた頃には、麗華の様子は普段のものに戻っていた。

紫織は調理器具と食器を片付けを始め、晃は積もり積もった話の片付け方に悩む。


「で……どうすんだ、結局」


「何が?」


 麗華は食後のほうじ茶をすすりながら返事をする。

その表情は普段学校で見るそれと同じで、何事もなかったかのように冷静だ。


「お互い聞きたい事山ほどあるって言ってたじゃねえかよ。今んとこお前が食い意地モンスターだってことくらいしかわかんねえぞ」


「食い意地モンスッ……!?……こほん」


 食欲をイジられて赤面するが、咳払いして立て直す。


「ここで話せる事ではないし、話せる長さの事でも無くなったでしょう。とりあえずあなたがヘタレの泣き虫だということはわかった、今日はそれで十分」


 麗華は湯飲みに残ったほうじ茶を一気飲みし、大きく深呼吸をしてから反撃する。

ゆったりとした口調ながらも棘のある物言いは、彼女の内面にある短気な性分とやられたらやりかえす攻撃性が滲み出ているように聞こえた。


「んなっ!?誰がヘタレの泣き虫だってえ!?」


「ハハハハ!まったくもってその通りじゃないか!よく見てるよその子は」


 晃が席を立ち怒り散らす一方、紫織は皿を洗いながら爆笑した。


「それにその子の言う通りだろ。もう親御さんだって心配する時間だ」


 壁にかかった時計はもうすぐ午後10時を指し示そうとしている。


「同じ学校なんだろ?何を話すにしたって明日で十分だ、今日はもうお帰り」


「……ええ、そうですね」


 麗華は席を立ち、帰り支度を始める。

時間が遅い事について焦る様子もなければ、親が心配するという言葉に反応することもない。

その事について紫織は特に言及する様子はないが、何かを感じ取ったような表情を見せた。


「今日は本当にごめんなさい、急にこんなご迷惑を」


「良いって、お代はいらないよ」

 

 急な来訪について頭を下げて詫び、財布を出そうとした麗華を紫織は笑って止めた。


「経緯は知らないけど、どうせ晃が迷惑かけたんだろ?その詫びって事にしとくよ。

それに、あんなに美味しそうに食べられちゃ作る側としても悪い気はしないさ」


「美味しい食事でした、とても」


 そう言って麗華は微笑んだ。

ふてくされながら再び椅子に触り、横で見ていた晃はその笑顔を見て思う。


(こいつ、こんな顔で笑うんだな……)


 それは苛烈な戦士としての顔や間抜けな食い意地モンスターとしての顔と同じく、この日晃が初めて見た麗華の顔。

それがなによりも美しく、思わず見惚れてしまった事実がなんだか照れくさくて、ほうじ茶を一気飲みして目を逸らしてしまう。


「また、いつでも食べにおいで」


「ええ、是非」


 紫織に麗華の家庭事情はわからないし、深く追求するつもりもない。

ただ、晃と同じくなにかを抱えた子供達が安心して食事出来る場所。

ここはそういう場所でもあるという思いを、その一言に込めた。



「それと……まぁ、晃と仲良くしてもらえたら嬉しいかねぇ。バカやり出したらアタシに言ってくれりゃ叱っとくしさ」


「それは……彼次第」


「ケッ、余計なお世話なんだよ……」


 紫織の小さなおせっかい。

麗華は苦笑いで返答し、晃は照れくさい気持ちのままそっぽを向き続ける。


「さて……晃!女一人で夜道を帰すもんじゃないよ!!お見送りしていきな!!」


「ヘ、ヘイッ!!」


 紫織の大きな声に脊髄反射で反応し、まるで軍人のように直立して返答する。


「それと、救急箱出しとくから帰ってお風呂入ったらちゃんと腕を手当てしとくんだよ。ダメそうなら明日、学校帰りに病院行きな。いいね?」


「ヘェーイ……」



「見た目ほど悪いやつじゃない、かな?」


「おい、何笑ってやがんだ。行くぞ」




 まったく会話の弾まない道中を超え、晃と麗華は最寄りの駅まで歩いた。

それほど大きな規模でもない駅前は薄暗く、人気が少ない。



「ここまででいいわ、ありがとう」


「お、おう……」


 会話がぎこちない晃を訝しみながら、麗華は会話を続ける。


「今日の話は上に持ち帰って、明日改めてあなたの処遇を伝える。その上であなたの意思を聞かせてもらう」


 麗華の口から出るものは冷たく厳しい、何処かに所属しているであろう戦士としての言葉。

それが真剣な話である事を理解し、話しづらい内心を一旦飲み込んだ。


「今更ケツまくるつもりはねえよ。あの晶獣とかいうやつとピエロ野郎が喧嘩売ってくるんなら、買うだけだ」


「口で言うほど簡単な道ではないのよ、一晩よく考えることね。それと……」


「な、なんだよ」


 真面目な応酬が続く中で、ふっと麗華の表情から緊張感が消える。


「アーマライザーと剣晶はひとまずあなたに預けておく。泣き虫のヘタレなりに信用できる事はわかったから」


 麗華が晃に向けたのは、祖母に向けたものと同じ優しい顔と信頼の感情。

美しい瞳を細めて微笑む彼女を真正面から見据え、晃の顔は真っ赤になる。


「じゃあ、また明日。おやすみなさい」


「ち、ちょっと待て!」


 照れくささが限界値に達しているが、今日言わなければならない事がある。

自分が良いと思ったことを成すために、ちっぽけな勇気を振り絞って引き止めた。


「……何?」


 そんな晃の気持ちを知ってか知らずか、麗華はあどけない顔をしながら首を傾げる。


「今日、お前……っつーか、白い鎧に会いたくて待ち伏せかましてたのには理由がある」


「喧嘩のコツがどうだとか、必殺技がそういう話をしていたっけ?」


「昨日は助けてくれてありがとう。……これを言いそびれてた、そんだけだよ」


 助けられた時は必ず礼を言え、という祖母からの教え。

晃はそれを守るためだけに、この戦いに身を投じた。

ここから始まる長い長い戦いのきっかけは、そんな些細なものだった。


「……へぇ?」


「な、なんだコラ!バカにしてんのか!」


 年相応な雰囲気のある、意地の悪い笑み。

これも晃が初めて見る、麗華の魅力的な顔のひとつ。


「いいえ?結構律儀なところあるんだなって、そう思っただけ。

羽黒麗華よ、改めてよろしく」


 麗華の白く美しい手が、晃に握手を求める。


「お、俺は……芽吹晃だ。よろしく……」


 晃が手を握り返す。

人間とは思えないほどにひやりとした感触の後、じわりと温かみがにじみ出る。


 大事な人達を守るため、そして世界を救うため。

数多の敵と戦い続ける運命を持ったコンビが誕生した瞬間である。




 二人が握手をする場面を、物陰から監視する人間がいた。

口元を歪ませたその女――翡翠陶子は二人が別れるのを見届けると夜の闇の中へと消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鉄拳の騎士 @sui_red_gerbera

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画