第3話

 シリウス・アルハーヴァは自分の顔を見たものを殺してしまう呪いにかかっていた。十歳の頃に彼の顔に発現した透明な魔法陣は、最初彼の母を殺した。

 母の葬儀後、喪失の苦しみで狂った父は彼を殺そうとしたが、彼が倒れた拍子に仮面が取れてしまい父も死んだ。

 彼の人生はこの呪いに狂わされた。

 どれほど魔法に精通している者にも彼の呪いは解けず、打てる対策としては自身が仮面をつけることしか無かった。

 一年前にルミナが嫁いできてからは、さらに彼は仮面を徹底しなければならなくなった。念には念をとルミナにも仮面をつけさせ、もう二度と父や母のようにはならないようにしてきた。

 しかしそのためか、ここ最近は生きる気力が見いだせずにいた。

 両親はいない、仕事は滞る、妻には冷たい態度しかとれない、常に誰かを殺してしまう恐怖と隣り合わせ、など。出そうと思ったらいくらでも死のうと思う理由は出てくる。

 だがそれもこれも全て彼の顔に貼り付いた呪いのせいだ。

 だから彼は、いっそのこと誰もいない土地に行ってしまおうと思った。そして無作為に馬車を走らせ着いた場所は、コラリス辺境伯領のクルラ村だった。

 朝早くなのに村はまるで城都のように活気づいていた。

 

「・・・・・・そうか。人はどこにでもいる。私が休める場所はもうどこにも無いのか」


 と、そこで雨が降ってきた。鉛色の雲が空を覆う。

 シリウスは雨宿りをするため、ちょうど村とは反対側にあった空き家に腰を下ろした。誰も住んでいないようだったが中には入らない方がいいだろうと彼は思った。

 周囲は薄暗くなり、呼吸も重苦しくなっていった。彼は仮面を外し、ただただ眠りについた。


 ―――次に目を覚ますと太陽は南に昇っており、空はすっかり晴れていた。


「・・・・・・これは」


 シリウスはいつの間にか体にかかっていた毛布に気づく。

 誰が彼に毛布をかけていったのか。まさか野生にすまう獣ではないだろう。

 するとチリンチリンと鐘が鳴り響き、家の扉が開いた。・・・・・・かと思うと、次にそこから出てきたのは、飴色の髪をもったやたら綺麗な娘だった。


「君は・・・・・・」


 すると娘はよく通る声で彼に向かって言った。


「あ、気づいたんですね! はぁ〜、よかったぁ~」

「この布は君がかけてくれたのか?」

「そうです。買い出しから帰ってきたらあなたが扉の前に居て、死んでるかと思っちゃいましたよ」

「すまない。手数をかけてしまった。すぐに出てい・・・・・・」


 言いかけ、シリウスはもっと重大なことに気がついた。逆に、なぜもっと早くに気がつけなかったのか。

 彼は目が覚めてから今まで、仮面をつけていなかった。彼は飴色の髪の娘と仮面をつけずに顔を向かい合わせていた。

 すぐに彼は顔を腕で隠す。しかしもう遅い。一瞬でも彼の顔を見てしまったら死は免れない。

 

「・・・・・・」


 何も起きなかった。


「・・・・・・? どうしたんですか?」


 まるで彼女が倒れる気配はない。それどころか彼女はシリウスを心配して顔を近づけてくる。


「どこか悪いんです?」

「君は・・・・・・」

「どうしました?」

「・・・・・・いや。何でもない」


 彼は自身の呪いについては言わなかった。

 彼はようやく見つけたのだ。自分の顔を見ても死なない人間を。自身にとって救いの存在を。

 それから彼は、毎週仕事がない日はこの家に行くようになった。ルミナや使用人には言わず、自分一人だけでこの家に行くようになった。

 それは密かな高揚とともに孤独を忘れ幸せを得るためだった。


【続く】



 




 

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仮面夫婦は偽りの姿で愛し合う 03 @482784

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