第2話

 休日になるとシリウスは必ずどこかへ出かける。

 行き先は誰も知らない。護衛も付けず一人で行ってしまうから、ルミナにも行き先は分からない。

 ルミナが御者に訊いても、「旦那様に絶対に言うなと仰せつかっていますので」と返ってくるだけ。

 ここから考えられることはただ一つ。彼がもしかしたら浮気をしているのかもしれないということだ。

 唯一の休日を毎回外出に費やすのだから、外に心を許せる女性ができたのかもしれない。仮面を外さずとも本当に心を通い合わせることのできる、彼にとって救いとなる女性が現れたのかもしれない。

 妬んではいない、とルミナは密かに虚勢を張る。

 いくら周囲から気の毒な目で見られようと構わない。

 ルミナは彼がそれでひとときだけでも幸せを得られるならそれでいいと本気で思うのだ。そして、これはルミナにとっても都合の良い感情であった。


「ナナ」

「はい。奥さま」

「馬車を出してちょうだい。またあそこに行きます」

「・・・・・・承知いたしました」


 ルミナは夫のシリウスがどこかへ行ってしまう日は決まってある場所に行っていた。

 それは、アルハーヴァの公爵邸から馬車で二時間ほどの辺境にあるクルラ村だ。

 クルラ村はルミナの祖父のコラリス辺境伯が所有権を持っており、ルミナも幼い頃はよく村に行って村の子どもに混ざって遊んでいた。

 彼女は週の終わりだけただの村娘としてクルラ村で過ごす。

 髪色を変え、瞳の色を変え、服も着替えて、最後に性格を変える。そうして彼女は公爵夫人ルミナ・アルハーヴァから、一人暮らしの村娘ルナに姿を変えるのだ。


、馬車のご用意ができました」

「ありがとうございます、。今行きますね」


 ルナは使用人がいない隙を狙ってそそくさと公爵邸から出る。

 少しくすんだ馬車に乗ると、何も言わないでもいつものように動き出す。窓の外を見ていると、城が見え、城都が見え、やがて消えていく。そこからはしばらく果てのない草原を眺めることになる。

 二時間後、うつらうつらとしてきたところでようやく村が見えてきた。

 山から流れ出る川に沿って木造の住居が並んでおり、奥には川の終着点である大きな円形の湖が見える。このクルラ村はルナにとっては見慣れた景色であった。


「ん~~! ようやく着いた〜」


 ルナは村長に挨拶すると、早々に村外れの湖のほとりにある家に向かう。家は湖を間にして村とは真反対にある。

 その家はもともとルナの祖父がクルラ村から買ったもので、今はしょっちゅう出入りするルナの所有物となっている。

 ルナが足早にその家に向かう理由は、懐かしのベッドにダイブすることの他に、ある人が来ているかもしれないことにあった。

 ルナは浮かれ気味で家に着くと、勢いよく家の戸を開けた。


「ただいま!」


 家の中は温かみのある黄土色おうどいろの世界で、太陽の香りと木の甘い香りが混ざった独特な香りが漂っている。

 玄関からすぐのリビングのテーブルの前に、ルナが考えていた人は座っていた。

 短く艶やかな黒髪に細身ながらしっかりとした体つきの男。顔は作りもののように整っている。

 彼の名はアシスという。ルナは彼のことは名前しか知らない。ただ数か月前に初めて会ったときから、彼は毎週この家に来るようになった。


「こんにちは。この前ぶりだね、アシスさん」

「ルナ・・・・・・! すまない、今日もこの家に来てしまった」

「ううん、いいよ。アシスさんなら大歓迎!」

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい」


 アシスは必ずルナよりも前にこの家に来て、夕方になるとルナが公爵邸に帰るよりも先にどこかへ帰ってしまう。

 どこに住んでいるのか、どのような仕事をしているのかもルナは知らない。だがそれで良かった。ルナも自身が公爵夫人であることは隠しているからだ。

 彼はどこか寂しさを埋めるためにこの家に来ている。だからお互い必要以上に踏み込まない。

 孤独という檻に閉じ込められた者同士、必要のないことは全て不干渉で二人は孤独を埋め合うのだ。


【続く】



 







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