仮面夫婦は偽りの姿で愛し合う

03

第1話

 ある王国に一組の仮面夫婦がいた。

 会うときはいつも仮面をつけ、二人はお互いの素顔を見たことがなかった。

 一年前公爵家に嫁いできたルミナ・アルハーヴァは、結婚式が終わった後、夫であるシリウス・アルハーヴァにあることを言われた。


 ―――私と会うときは絶対に仮面を外してはならない。直接私の顔を見たらあなたは死ぬ。


 一種の呪いである。シリウスの顔には常時見たものの命を奪う魔法陣が刻まれているらしい。

 しかし、魔法陣は透明で何も知らなければ気づくことすらできない。彼が十歳の頃魔法陣が発現し、何も知らなかった彼は実の母親を殺してしまった。

 それから彼は完全に一人になれる自室以外ではずっと仮面をつけて生きてきた。


 もちろんルミナは夫についての情報は婚前から承知していた。間違っても彼の顔を見てはいけないから、シリウスと会うときは自身も仮面をつけなけらばならないこと。彼は仕事仲間以外に心を開いておらず、この婚約が形だけのものになること。

 だからこそ彼女は思わずにはいられなかった。

 仮面を外してお互いの顔を見合って、愛し合ってゆける本当の夫婦になりたかった、と。



◆ ◆ ◆



 シリウスはいつも朝早くに公爵邸を発つ。自身の呪いのせいで滞った仕事を終わらせるためだ。


「・・・・・・では行ってくる」

「いってらっしゃいませ」


 ルミナは仮面の下で届きもしない笑顔を作る。

 実はシリウスよりもルミナの方が歳は一つ上だ。最初顔合わせをする前は自分よりも歳が下ということで、身構えずにいられた。

 しかし実際に会ってみると、そこには自分より何歳も上の人間がいるように思えた。

 べつに彼が老けていると言いたいわけではない。ただ、感情いろの無い低い声と、人を寄せつけない大人びた雰囲気に圧倒されてしまった。


「今日も遅くにお帰りですか?」

「あぁ。陛下や他の仲間の仕事を増やすことはできない」

「くれぐれもお倒れにならないようにしてください」

「・・・・・・」


 この言葉にだけはいつも答えてくれない。自分が倒れない保証はできないということだろう。

 馬車へと向かう彼の背中を見ると、ルミナにも哀しくて冷たい孤独感が押し寄せてくる。夫婦である以上、彼が独りでいるとルミナも独りになってしまうのだ。

 彼女にとって一日の中でこの時間が最も嫌いだった。

 だが仮面を外しただけで誰かを殺してしまう、彼はその恐怖に苛まれ続けている。

 いわばずっと独りで闘っているのだ。無限に続く暗闇の道を独りで歩き続けているのだ。その身が朽ち果てるまで、ただ、ただ。

 だからルミナは形だけでも寄り添ってあげたかった。

 暗闇を歩き続ける旦那様に。

 

【続く】

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