お客様は神様です。

ぱぴっぷ

お客様は……

『お客様は神様です』



 それは店が客に対して思う事であり、客が店に対してそのように扱うようにと言うのは違うんじゃないかと思う。

 これって一種のカスハラだよなぁ? 


 だって、ただの人を『神様』として扱えって事だろ? しかも神様ならお店に対して何をしてもいいと、何を言っても許されると…… バカバカしい…… 付き合ってられるか!!





「なんでここの店は『サメチキン』が置いてないの!? 早く用意して! 私は神よ!?」


「あの…… お客様?」


「サメチキンよ! サメチキン! あっ、あとトレビアンシュークリームも置いてないじゃないの!? それも早く用意して! 神を待たせるなんて…… あなた、天罰が下るわよ!」


 このワガママ女め! ちょっと美人だからっていい気になるなよ!? 

 

 まず…… ここは『マイコーマート』だ! サメチキンは『サメリーチャート』でしか売ってないんだよ!!


 あとトレビアンシュークリーム? それは『タブンビーフン』でしか売ってないやつ! そもそも店が違うんだ、用意なんて出来る訳がない!


「あのですねお客様、こちらはマイコー……」


「もう! 私には時間がないのよ! 早くしなさい! ……ほら! 金ならあるわ! この世のすべてを買えるくらいにね! ふふん、ビビって声も出ないみたいね」


 いや…… そんなキラキラしたデカイ石を見せられても…… もしかしてちょっとヤバめな客が来ちゃったのかな?


 助けを求めようにも、店長のタカさんはバックヤードから出てくる気配はないし、先輩のヒデオさんは店内清掃に夢中…… 出た! ヒデオさんのサイクロン掃法! さすが人間掃除機と呼ばれるだけあるぜ!

 留学生バイトのノコさんはパタパタしているし、あとは同じバイトのカイジくんは…… ざわついてるだけ。


 誰も助けて…… 『くれない』んだぁーーー!!


「早くしなさい! サメチキン! トレビアンシュークリーム! 待たせたついでにアゲアゲさんも用意しなさい!」


 アゲアゲさんは『ゾーサン』でしか売ってないやつー!! あぁ、もう! イライラしてきた! こいつは無理難題を押し付けてくる厄介客だ…… カスハラ認定するぞ!?


 別の店に行け! それが嫌ならマイコーマートで売っている商品の中から選べ! 


「は・や・く! は・や・くー!!」


「…………おい!! 残念美人!! いい加減にしろよ? 客は神様? ふざけるな! 俺を怒らせるとどうなるか…… 分かってるのか!?」


「っ!? な、何よ! 私は神よ!? いい加減にするのはアンタ! あまり舐めた口を聞くと…… 生まれ変わったら怠けることが出来ないナマケモノにするわよ!!」


 …………それ、脅しのつもりなの?

 生まれ変わったらって…… 今何かする訳じゃないんだな、ざーこ、ざーこ!


「それとも甲羅にトゲトゲが付いた亀に生まれ変わらせてひっくり返したままにしてあげようかしら!」


「んなもん知るか!! ……表に出ろ!!」


「ふふん、やろうっていうの? この私と…… ふっふっふっ、私の神力は五十三万飛んで六十四よ、五三六四ゴミムシと覚えなさい!!」


 コイツ…… 自分で何を言ってるのか分かっているのか? ヤバいというか…… だいぶアホだろ。


 とにかく、バイト先の奴らは助けてくれないし、コイツが騒いだら他のお客様に迷惑がかかる…… 早く追い出して始末しないと!


「五十三万? そんなのどーだっていいからこっちに来い!」


「ちょ、ちょっと! 私に触れるなんて罰当たりよ! あっ、痛い! 腕を引っ張らないでよ! 天罰! 天誅よ!」


 テンテンうるさい残念美人を引っ張って店外に連れ出し、そして……


「いやぁっ! こんな汚い所に押し込んで…… な、何をするつもりよ! ま、まさか…… 私がこの世のものとは思えないほど神々しくて美しいからって…… ただの人間風情が私を穢そうとしているんじゃないの!? や、やめなさい! じゃないとあなた、人間をやめることになるわよ、ジョ……」


「……ヨシキだ」


「……へっ?」


「俺の名前はジョ…… じゃない、ヨシキ」


「あ、あなたの名前なんてどうでもいいのよ……」


「アンタ、海外の人なんだろ? ……とにかくシートベルトを締めろ、移動出来ないだろ?」


 汚い所で済まなかったな、これでも中古だが気に入ってる車なんだよ、ガルウイングだけどな。


「シート…… ベルト?」


 シートベルトも知らないのか? どんな田舎の外国から来たんだよ…… 

 ほら、肩の所にあるだろ? 早く締めないと動き出せないだろ。


「…………これでいいの?」


「ああ、じゃあ行くぞ」


 そして俺は車を発進させて……



 …………



「やったサメチキンよ! トレビアンシュークリームもある! ふふん、あなた…… やっと用意する気になったのね!」


 用意する気…… というか、それぞれの店で買って来ただけなんだけどな、自腹で。


 このカスハラまがいの厄介客、日本語ペラペラだけど見るからに日本人じゃないからな。


 金というより白に近いキラキラ輝く綺麗な長い髪、芸術品のように整っている顔やスタイル、更に胸元がザックリ開いた白のワンピースに首や手首にはドでかい宝石の付いたゴージャスなアクセサリーと、ワガママ放題言っているのもあって、俺はこの残念美人をどこかの国のセレブなお嬢様だと勝手に思っている。


 あれ以上店で騒がれるのも嫌だし、どうせ日本に旅行に来たのなら良い思い出を作って帰ってもらいたいと思い、このワガママお嬢様の要望に答えるためバイトを抜け出し、車で別の店を巡ってやったというわけだ。


「んー! チキンは冷めちゃったけどおいしー!  シュークリームもトレビアーン、ふふん」


 おーおー、よっぽど腹が減っていたのかバクバク食べているな…… 


「ほらティッシュをやるよ、口の端にクリームが付いてるぞ」


 しかしもう少し落ち着いて食えないものか? チキンとシュークリームを両手に持って交互に食うなんて、見ているだけで胸焼けしそうだ。


「あ、ありがと…… あなた、神である私のためによくここまでしてくれたわね、褒めてつかわすわ…… 仕方ないわね、あなたには特別に神の加護を与えましょう」


 まだ『お客様は神様』だと思っているのか? しかも加護って何だよ、朝の娘か?

 ジャンケンでもしてろ。 


「加護? いらんいらん、とにかく満足したなら俺は店に戻るぞ? 最寄駅まで送って行くからシートベルトをしろ」


「なっ!? 神である私の加護がいらないですって!? ……人間風情が無欲なのね」


「はいはい、そーですよー」


 風情風情ってうるせぇな、あと無欲なんじゃなくてただ早く帰りたいだけ、アンタとこれ以上関わりたくないんだよ。


「ふーん、あなた面白い人間ね…… 大抵の人間なら神の加護を得て、力や富や名声なんかを求め始めるんだけどね」


 そんなもんこの世のどこかに置いて来い! 俺は日々生きることに命をかけているんだよ! 


「ギラギラして真っ赤に燃えているわね、あなたの魂…… ふふん、珍しい人間…… 興味深いわ」


 ヤベっ、カスハラ勘違い女に興味を持たれてしまった…… 早く逃げなければ!


「お腹も満足したし、ここでいいわ、ありがとう人間…… じゃなくてヨシキ」


「えっ? ここでいいって…… この辺は駅から遠いぞ?」


「駅? 神にそんなもの必要ないわ! ではヨシキ、また会いましょう…… 私はあなた達人間をいつまでも見守ってますよ」


 また!? 会いたくねぇし、見守るな! ……って!! 眩しっ!!


 えっ…… えぇぇぇーーー!? ざ、残念カスハラ美人が…… 光に包まれて…… き、消えた……


 えっ? これ、夢? まさか神隠し!? そうじゃなければ…… あの女、幽霊だったとか!?


 ひぃぃぃ…… た、助けてぇぇーー!! 





 …………


 



 その後、俺はバイト先のコンビニに戻ったのだが、あまりに恐い体験をしたせいで仕事にならず早退させてもらった……





「おかえりなさい、ヨシキ! ……下界の夜は寒いわね… 私、今度は『ツンツンおでん』が食べたいわ!」


「な、何でお前が俺ん家にいるんだよ!」


 まさか幽霊…… 俺に取り憑くつもりか!? ……困った時は、悪霊退散! 悪霊退散! 塩…… 塩を持って来ないと!


「塩なんて持ってきてどうするのよ、私は神よ? ナメクジじゃないわ…… それに、私の名前は『テミス』、覚えておきなさい」


 幽霊に名前!? ネームドモンスターってやつか? こりゃ大変だ! 


「モンスターなんて、こんな神々しくて美しい私に向かって失礼ね…… 『ダイナマイトおにぎり』も追加よ!」


「いや…… もう自分で買いに行ってくれよ……」


 お前のせいでどっと疲れてるんだよ、こっちは…… もう運転するのも面倒だ。


「仕方ないわね…… あのクルマ? とかいうやつに加護を与えてあげるから、早く連れて行きなさい!」


 ああっ! 駐車場に停めてある俺のデロ○アンがぁぁー!! 神々しく光輝いているーー!!


「ふふん! これであなたのクルマは空も飛べるし、過去、未来、そして天界にも行けるようになったわ!」


 い、い、いらねぇー! その機能ーー!! 俺はコイツで地べたを這いずり回るように走りたいんだよー! 


「さあ! 私は神よ? 早く連れて行きなさい!!」


 迷惑ばかりかけやがって…… お前は神様なんかじゃねーーー!!





 …………

 …………






 そして……















「で、アルティが生まれたってわけ!」


「母上!? 一体どうなったらその展開で妾が産まれるのじゃ!?」


「えぇー? 下界であちこちコンビニ巡りをしているうちにね? 天界に似た建物があって…… 入ってみたら天界で使っていたものと似たような大きなベッドがあって…… つい…… ねっ? あ・な・た?」


「『ねっ?』じゃねーよ! 娘になんて話を聞かせてるんだ!」


「だってぇ…… あなたったら、おでんじゃなくて私をツンツンするんだもん」


「おいぃぃぃー!! やっぱりお前はア……」


「……『ア』? なぁに? あなた」


「ア…… ア…… ア、アイラブユー……」


「ふふん! 私も…… 愛してるわ!」


「また始まったのじゃ…… 妾はもう寝るからのぉ」


「「おやすみー」」


 まるで娘が寝るのを楽しみにしていたような返事じゃな……


「あなた、私達も寝ましょ? 早く早く!」


「ちょ、ちょっと引っ張るなって!」


「私は奥様で神様よ? だからぁ…… いっぱいサービスしてくれないと…… たーっぷり天罰与えちゃうんだから!」


 はぁ…… まったく。


 両親が仲良すぎるのも困ったものじゃな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お客様は神様です。 ぱぴっぷ @papipupepyou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ