協力の始まり
津波の危機から一夜が明けた下田の町は、静かな安堵と新たな決意に包まれていた。
「まずは、被害状況の確認を」
一郎の声に応じて、日本とロシアの技術者たちが手分けして動き出す。機巧堤防の地下室では、緊急時に組み込まれた蒸気機関の接続部を、慎重に点検していた。
「驚くべきことです」プチャーチンは感嘆の声を上げた。「危機的状況の中であれほどの精度で接続できるとは。これも、高瀬殿の設計図があってこそ」
宗弘は黙って頷いた。彼の図面は、まさにこの時のために用意されていたのだ。
「しかし」お由が心配そうに機構を見上げる。「この状態での継続的な運用は難しいかもしれません。特に、この部分の」
彼女が指さしたのは、古い歯車と新しい動力系の接続部。確かに、緊急時の応急処置では、長期的な安定性に不安が残る。
「改めて、正式な改良工事が必要ですね」
源兵衛の言葉に、技術者たちが集まってきた。ロシアの若い機関士が、早速アイデアを出し始める。
「これを恒久的な設備とするには」彼は携帯していた設計図を広げた。「圧力分散の仕組みを、もう少し」
一郎がその提案を訳すと、浅井老技師が興味深そうに頷いた。
「なるほど。からくりの技でも、似たような考えがありましてな」
そこから、技術的な議論が活発に交わされ始めた。言葉の壁を越えて、図面と身振りで意思を通わせながら、新しいアイデアが次々と生まれていく。
「町の復興も、この機構の改良と共に」源兵衛が提案する。「被災した建物の再建にも、新しい技術を」
実際、町のあちこちで復旧作業が始まっていた。材木の運搬には、ディアナ号の揚貨装置が威力を発揮する。水はけの悪い場所には、ロシア式の排水ポンプが設置された。
「技術に、国境はないということですな」
プチャーチンの言葉に、宗弘が静かに応じた。
「そうです。そして今こそ、その証明を」
二人の間で、固い握手が交わされた。それは単なる儀礼ではない。新しい時代への確かな一歩だった。
「さて」お由が声を上げた。「具体的な改良計画を」
彼女の手元には、既に何枚もの設計図が広げられていた。古い機構の図面と、新しい蒸気技術の図面。そして、それらを融合させるための構想図。
地下室では、技術者たちの熱心な議論が続いていた。時には意見が食い違うこともあったが、それも互いの技術を理解し、より良い解決策を見出すための過程だった。
外では、町の復興作業が着々と進められている。瓦礫の撤去、建物の補修、そして何より、人々の心の再建。
機巧堤防は今、新たな姿への変貌を遂げようとしていた。それは、単なる防災施設の改良にとどまらない。東西の知恵の融合による、新しい時代の幕開けでもあったのだ。
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