12月23日に竹筒を飾るお姉様

ナインバード亜郎

年末お姉様

 12月23日。

 雪の降る中急いで帰宅すると、お姉様が部屋で植木鉢に一本の竹筒を植えていた。

 門松の様に斜めに切られていない、中にかぐや姫がいたら頭も見えないだろう立派な竹筒だ。


「おかえりなさい。見てください、この立派な竹筒」


 どうやら私の見間違いではなく、本当に立派な竹筒のようだ。どういうことだろうか。いや、きっとお姉様の事だからこれから見事な袈裟斬りをして門松に変えるのだろう。


「袈裟斬り? 日本の護衛艦の事でしょうか」


 誰か教えてほしい。どのような人生を歩めば袈裟斬りという言葉を知らないままに護衛艦「あさぎり」の名前を知れるのかを。

 門松でなければ一体どうして竹筒を植えているのか。枝が伸びていればまだ「七夕と間違えてしまったんですね。もうお姉様のうっかりさん」と言えるのに。

 私の感情を察したのかお姉様は、


「夢の中で読んだ絵本に描いてあったの。孫想いの優しい髭のおじいさんがクリスマスツリーの代わりにちくわを飾っている物語が」


 と答えた。

 それは恐らく絵本でも夢でもなく、確かに読んだ漫画ではないだろうか。


「私は感銘を受けましたわ。クリスマスツリーが用意できない代わりにちくわでクリスマスを盛り上げようとするその心意気を」


 感銘を受けたのはなるほど納得しましょう。

 ではちくわではなく、竹筒なのは一体どういうことだろうか。ちくわは漢字で竹輪と書くけれど、まさかそんな安直お姉様ではないと思いたいが。


「ちくわの材料が何かご存じですか? 魚のすり身です。そしてクリスマスは鮭を食べる物。鮭は魚です。つまり私達がちくわを消費することは、クリスマスに鮭を食べれない人が出てしまうということ。髭のおじいさんを敬う私としては、世界中の孫を愛するおじいさんのためにそんなことはできません。ですので形が似ている竹を代用しました」


 鮭のすり身を使ったちくわを製造してる時点でそれは同じことではないだろうか。それに同じ髭のおじいさんを敬うのであればもっと敬うべき、むしろクリスマスはそちらのおじいさんに対して思いを馳せるのが世間的には普通だと思うが。


「それは敬う気持ちが足りませんわ。私は年中無休でサンタクロースに感謝をしています。恩恵を受ける日だけ感謝するというのは失礼ですわ」


 それはその通りだ。竹筒を飾ってさえいなければ、それこそ私は感銘を受けていただろう。


「ところで、最近の子ども達が何を欲しているかご存じですか?」


 最近の子どもだっておもちゃをもらえたら嬉しいに違いない。目覚めると綺麗な包装のプレゼントが枕元にあった朝の得も言われぬ感動、あれだけは何にも変えようがない。

 それとも最近の子どもは現金だというのだろうか。


「いいえ違いますわ。最近の子ども達が欲しているプレゼントはソシャゲの人権キャラです」


 現金以上に夢も素っ気も無い回答だった。

 まだ現金の方が夢が持てる。


「子ども達は、なけなしのお小遣いで、あるいは無料の範疇で貯めた石でガチャを回します。そんな子ども達が欲するのは人権キャラに他なりません」


 我が子の口から人権キャラなんて言葉が出た日には両親も頭を悩ますに違いない。プレゼント選び云々以前の問題で。

 子どものいない私ですらショックを受ける。


「きっとサンタクロースも頭を悩ませますわ。システムを改竄してガチャを確定させるのは、刑法第234条の2に規定されている電子計算機損壊等業務妨害罪に当たりますから」


 どうして袈裟斬りを知らないお姉様から法律用語が出るのか。それほどに袈裟斬りという言葉はマイナーな言葉なのだろうか。人権キャラなんてスラングは知ってるのに。


「そこでサンタクロースは考えましたわ、クリスマスに人権キャラをプレゼントする方法を」


 まるでサンタクロースと知り合いの様に言っているけれど、どこでサンタクロースと知り合ったのだろう。お姉様はサンタクロースのお迎えがもう来ていてもおかしくない年頃ではあるけれど。


「目当ての物を引くには徳を積むことですわ。サンタクロースはクリスマス以外の364日を徳を積んでいるのです。ある時は托鉢をして回り、ある時は尺八で誕生日を祝い、ある時は町の清掃活動をして徳を積み、そしてクリスマスに子ども達にその徳を届けるのです」


 その行為で誰よりも徳が高いのはサンタクロース本人ではないだろうか。

 サンタクロースがガチャを引く行為が即ち確定ガチャになる。それでいいのかクリスマスは。そもそも竹筒でいいのか我が家のクリスマスは。


「竹筒は髭のおじいさんに対する私の尊敬の念の表れです。つまりこれは私個人のもの。それとは別に我が家のクリスマスツリーを飾るのが筋ですわ」


 それはそうかもしれないが、しかし中途半端な門松とクリスマスツリーが共に並ぶのは装飾が混沌とし過ぎている。そこはかとない年末大売出し感はあるけれど。


「師が走るほど忙しい年末ですもの、混沌とするのは致し方ありません。むしろ様々な装飾品を飾るクリスマスツリーこそ、混沌としているのが普通ではありませんか」


 確かに混沌としていると言われたら混沌としているけれど、しかしあれは決して無秩序ではない。本当に無秩序であればそれこそ短冊が飾られているだろう。


「短冊素敵ではありませんか。カラフルな短冊が彩るクリスマスツリー、素敵ですわ」


 いやいや何を仰るかお姉様。それでは完全に七夕になってしまう。


「私は常日頃、それこそ一年中考えていました。派手なクリスマスばかりが取り沙汰されて、厳かに過ごすクリスマスを無下にされているのではないかと」


 お姉様は町がクリスマス色に染まる前からクリスマス一色らしい。むしろクリスマス以外の事にも目を配背てほしいけど、それはともかく、その中でどうやって護衛艦の名前を知ったんだろう。クリスマスから連想する要素は何もないが。それとも戦場のメリークリスマスでも見たのか。

 だとしても、そこから日本の護衛艦に行きつくのはちくわから竹筒並みに難しいと思うが。


「厳かなクリスマスに必要なのはイルミネーションではありません。静かで落ち着いた飾り、その中で短冊とはまさに慧眼。私もあなたの慧眼に敬意を表してこのクリスマスツリーに飾り付けるべきね」


 いや、だからそれこそ七夕になってしまう。例え竹筒でもそれを飾ってしまったら我が家のクリスマスは七夕になってしまう。


「ですが困りましたわね。竹筒に短冊を吊るす場所がありませんね」


 それなら仕方ない。竹筒は竹筒として竹筒のままお姉様の意に沿う形で飾って置いていただこう。なに、玄関前に飾って置けば不精な門松に見えなくもない。


「いえ、この竹筒は家の中に飾りますわ。私の尊敬する髭のおじいさんもそうしてましたから」


 夢の中の髭のおじいさんがいささか強すぎではないか。そろそろうたかたの夢の如く消えていただかないと、我が家のクリスマスが竹筒に支配されてしまう。竹筒と鮭のクリスマスなんて、誰がクリスマスと思うか。挙句に配られるプレゼントは徳だというのに。


「確かに世間一般のクリスマスとはかけ離れていますわ。ですが世俗と離れた、厳かなクリスマスを過ごすことこそが我が家のクリスマスなのです」


 そんな浮世離れしたクリスマスを送ってしまってはお姉様の元に来るはずのサンタクロースが本当に来なくなってしまう。一日でも早くお姉様を抱えて連れ去ってほしいというのに。


「むしろここから始めるべきですわ。本来のクリスマスのあるべき姿を世間に知らしめるために。竹筒を飾り鮭を味わい徳を配り托鉢を行う鈴の代わりに尺八の鳴るクリスマス。メリークリスマス!」



 そこで私は目が覚めた。

 どうやら私は悪夢を見ていたようだ。そりゃそうだ。いくら薄らとんかちが服を着て歩くようなお姉様とは言え、そんな竹筒を飾る様な人ではない。そもそも護衛艦の名前なんてどうして言えようか。ましてや刑法なんて。


「おはよう。随分うなされていたようだけれど、大丈夫?」


 お姉様は朝からサンタクロースの付け髭をしていた。今日はまだクリスマスイブですらないのに未来を先取りしすぎではないか。お姉様こそ大丈夫かと尋ねたい。


「本番に向けてのリハーサルをするのは人として当然ですわ」


 家族のクリスマスでリハーサルをするのは世界中探してもお姉様だけではないだろうか。さすがは一年中クリスマスカラーのお姉様だ。

 私はキッチンへ向かい朝食の準備をする。食事を用意するのはつねに私の役目である。お姉様に任せられるのはクリスマスとお正月の飾りつけ以外に存在しない。

 

「クリスマス料理をより愛せるように、クリスマス前は粗食がいいですわね」


 それは素晴らしい提案だ。ちょうど冷蔵庫の中には大したものが入っていない。昨日のうちに買い物に行っておけばよかったか。ハムに卵に適当な野菜、それとちくわ。適当に刻んで卵一緒に炒めれば、お姉様お望みの粗食になるか。

 そこで思い至り、私はちくわだけ冷蔵庫の奥へ追いやった。お姉様の前でちくわを使うのはよそう。


 また夢になるといけねえ。

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