a beautiful memory 〜雨の記憶〜

かなん

a beautiful memory ~雨の記憶~





郊外に住む彼女の家には立派なグランドピアノが置いてあり休日の度に僕は電車で彼女の家に足繁く通った。

グランドピアノは亡くなった彼女の父が遺したもので彼女の父が亡くなってから彼女の家はとても静かになってしまったらしい。

そんな静かになってしまった家に僕は招待された。


彼女の母は僕の素性を既に知っていた様に感じつつも僕はスニーカーを脱ぎ玄関に並べ挨拶を済ませた。

彼女が事前に僕がピアノを弾くことを前日に伝えた事を僕は後に彼女から聞いた。


玄関には立派な花が生けてあり僕を明るく迎えてくれたように感じながら僕は廊下を進んだ。


リビングに案内された僕は彼女にソファーで寛ぐよう促された。

彼女の母は小走りでキッチンへと向かいクッキーと麦茶を用意してくれた。


僕は麦茶を飲み干し彼女の母に短い感謝を述べた。

小躍りする母を彼女は頬を緩めながら見ていた。


立派なグランドピアノが目に入り彼女の母に尋ねた。

彼女の父が大事にしていた物で亡くなる直前まで鍵盤を叩いていた事。

楽しそうに鍵盤を叩く姿を見ながら午後の予定を立てるのが幸せだった事。

今でも目を瞑るとそこに父がいて楽しそうに鍵盤を叩いている姿を感じる事。

父が奏でる音色を彼女の母がどれだけ恋しく想っているかを僕は強く感じた。


話しすぎてしまったと彼女の母は口を窄めて麦茶を飲み、その姿を見て彼女は笑う。


僕はこの大きな家に流れていたであろう音や会話を肌で感じていた。


ソファーに座ってから30分程が経ったであろうか僕は彼女の母に弾かせてもらえないかを聞いた。


彼女の母は両手を叩きながら僕をピアノの椅子まで誘導してくれた。


彼女と彼女の母はソファーに座り僕が弾き始めるのをじっと待っていた。


長い時間が流れた。


流れる汗が88ある鍵盤の一つを叩く。

風通しの良い家で僕はピアノと向き合って座っていた。

揺れていた指たちは今は膝の上にあり、部屋には優しく震音が漂っておりその震音はやがて風の音に拐われた。


彼女は僕を一点に見つめ笑顔を浮かべており彼女の母は目を閉じ頬を伝う涙をゆっくりと拭っていた。


暖かい風とホールクロックのチャイムが僕を通り彼女たちを包むのが見えた。


ホールクロックのチャイムの音に驚いた僕を見て彼女達が僕を笑う。

亡くなった彼女の父もきっと聴いてくれたんだろうと思い僕も笑った。



雨の匂いが鼻を掠め、週末の街で流れる雑音を聴き流しながら僕は少し昔の記憶を辿りながら帰路に着いた。



a beautiful memory ~雨の記憶~


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