お稲荷様はVtuberでメイド様
28
プロローグ
小さなお山のてっぺんに、これまた小さな古びた神社があった。
吹けば飛ぶほど小さく、屋根もところどころ崩れて寂しげだった。
それでも社のまわりの雑草だけは抜かれ、内部は掃き清められていた。
ふと、長い階段を少年が息を切らして登ってくる。
小さなその手にはペットボトルが握られていた。
少年はボトルの水を汚れた稲荷狐像に振りかける。
しかしそれだけでは汚れは落ちない。
少年は手でこすって根気強く磨いていく。
水がなくなると彼はまた山道を駆け下りて、再び水を汲んで登ってきた。
何往復したのか。石像の元の色がみえてくると、少年は着ていたシャツで磨き始めた。
そしてしあげに、ポケットに入っていた絆創膏を石像のヒビに貼る。
汚れたシャツを着なおした彼は、ひとり誇らしげだった。
「……――のう。なにゆえおまえさんはそんなことしとるんじゃ?」
不意にかけられた言葉に、少年が驚いてふり返る。
そこにはやわらかに微笑む巫女服の女性が立っていた。
「困ってる人は助けなさいって、父さんが言ってたから」
少年はあたりまえと言わんばかりに返すと、境内を見わたした。
「たぶん、ここの神様、忙しくてちゃんと掃除するヒマないんだと思う。あっちの建物のとこだけはキレイだけど、それ以外は掃除できてないし。だから手伝った」
歳の頃は六歳くらいか。少年は歳不相応の観察眼と、歳相応のあどけなさをみせた。
その様に、巫女装束の女性は目を細めて笑う。
「そうかそうか。なんと心ばせの良い子よ」
笑むその顔は、まるで石像の狐のように優美だった。
「
白魚のようにたおやか指が、少年の汚れた手をひく。
そして二人は、小さな社の前に立った。
「これからやつがれ(わたし)の教えるとおりにやってみような。先ずは、二度お辞儀をして、それから二度手を打ち鳴らす。それからもう一度、お辞儀じゃ」
少年は背後に立つ女性を訝しみながらも、言われたとおり素直に二礼二拍手一礼をする。
耳元で、やわらかくもおごそかな声がささやく。
「ほいじゃあ、一緒に唱えようかのぅ。……掛けまくも、
「か、けまくもかしこ、きほうけひめの……」
長ったらしく、聞いたこともない言い回しだった。
けれど不思議と耳に残った。
耳元の声は、たどたどしい舌を待つようにゆっくり、そして辛抱強かった。
「
少年の舌はつっかかり、こけつまろびつ、それでも最後までついてきた。
そんな少年の頭に女性が鼻先を埋める。
そして小さく呟いた。
「どうか幸えを。朽ちゆく社を尊び、
やがて女性は、汗でしめった少年の頭をなでると社の鳥居の前まで導いた。
「ほいじゃあの、無事に帰るのじゃぞ。転けて怪我などせぬような」
「うん。また明日」
しずむ夕日を背負ったまぶしい女性に、少年は目を細め返す。
橙色のなか、巫女装束が傾いだ。
「また、とな? 明日もまた来てくれるのかえ?」
「だって、まだそっちキレイにしてないじゃん」
少年の指のさきには、もう一体の割れた像があった。
女性はいよいよ、泣くように、震えるように高く笑った。
「呵々々(カカカ)! そこは、げに善し子じゃ。のう、名は何と申す?」
「……知らない人に名前を教えるなって、学校で言われてる」
「なんと! やつがれとそこはまた明日と約束したのだ、もう知らん仲じゃなかろうて。そうさな、なればまずは此方から名乗ろう。やつがれの名は――」
初夏の風が梢を揺らし、音を少年に運ぶ。
おまじないのように美しく、耳朶をくすぐる名だった。
われ知らず、少年の口はみずからの名をつげる。
「僕は」
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お稲荷様はVtuberでメイド様 28 @twobee
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