記憶旅行記〜キオクという猫〜

たゆむ

工場編Ⅱ

キオクと呼ばれた猫は、薄茶色の柱を

伝って足早に地上に降り立った。


スモッグ越しの西日に照らされ、

まるでその姿は神々しい者の使いのように見えた。


水を飲むように柔らかい金属製の舌を、

時折動かしながら、地面の環境データを採取していく。


キオクを呼んだ人物は、

古びた建物から出て来た。

どうやら整備工場のガレージのようだった。


ボロボロになったアボカドグリーン色の

ツナギを着ている。


ツナギを着た人物はこう言った。


「今さら調査もないでしょうに」


キオクは休まず舌を地上に押し当てたままだったが


やがて身体を起こしちいさく伸びの動作をした。


「この辺りには使えそうな資源なんか残ってないわよ」


キオクは小首を傾げるような動作で、


ツナギの人物の方を向いた。


グレーがかった瞳に光が宿っていくように見えた。


「これなんかB品だけどまだ使えるわよ」


そう言って、小型のバッテリーを投げて寄越した。


と同時にキオクの身体が跳躍し、


地面スレスレの所で獲物を無感動な表情のまま


前脚でキャッチした。


キオクは礼のつもりで目を細め尻尾を振った(ように見えた)。


「いいってことよ。じゃあね」


ツナギの人物は手を振り、工場の中へと消えた。


排気口から身を縮め、


工場に入る。


と奥に遠く緑色のランプが朧気に点滅しているのが見える。


緩慢な速度で数十台もの古い機械が稼働し、


アボカドグリーン色の作業服を着た工員が数人、


黒く油に汚れながら作業に没頭しているのが見える。


他に使えそうな獲物が無いか。


先刻からキオクは、グレーがかった目を予断なく光らせている。


と、同時に内部の人間に部外者である


自身が怪しまれないだろうかという思考を巡らせている

(ように見える)。


警戒心が強いのと同時に、


それを大きく勝る好奇心が顔を覗かせている。


残り時間はあまり無い。


部品が足りない。


これでは淡雪(仮)が飛べない。


どうしたものか。


思案しながら身を低く保ち奥へ進む。


どうやらこれ以上道が無い。


手探りで通路を進むと

どうやら工場の最深部に来たようだった。


事前に得た工場のマッピングの賜物だ。


おもむろに扉を前脚で引っ掛け開けた。


薄暗い部屋の中に飴色に光る球体。


2メートル程の高さのある

装置に嵌まっていて、飛び上がるには

足掛かりになりそうな場所が

見当たらない。


「あれがコア...」


目の前数メートルの所に、目的の獲物を見つけたのはいいが、困った。


「ん? まてよ」


先程女工から得たバッテリーを使えば、

何とかなるかも知れない。


バッテリーを後ろ脚に組込み、

ブーストモードへ切り替えた。


と、にわかにキオクは跳躍しコアの位置まで身体を移動した。


そっと獲物を爪で傷付けないよう、

台座から取り外し、お腹のポシェットに大事に

仕舞った。


「そこまでや」


キオクは零コンマ五秒で、

脇目も振らず走り出した。


2メートルの高さから飛び降り、

前転で勢いを殺した。


「懐にあるものを渡さへんなら撃つ」


声のする方はおそらく後方。


ひたすら速度を落とさないことにのみ

注力した。


「言う事聞かへんやっちゃな...

仕方あらへん」


何発かの銃声が轟いた。


ハッタリではないようだ。


「ブーストは、使用後三時間

開けないと使えない。弱ったな」


と、キオクの頭上に黒いネットが覆い被さった。


「ここで万事休す、か」


キオクは小型のニューモデルだった。


その身体を伸縮することで、


どのような場所でも活動することが出来た。


今回の潜入は、

いわゆる資源調査が目的ではなく

完成間近の新型モービルに

必要な部品調達が

第一の目的であった。


一部の人間を除き、極力人目に

付かぬよう、作戦を遂行せよとの命が

お上から出た。


おそらく先程の女工は、こちら側の

人間であると推測される。


多分遠くない場所から、

こちらの様子を窺っているはずだ。


残された時間は数時間。


我々は是が非でも、淡雪を

あの場所へ自力で発進させなければ

ならない。


しかし潜入した工場の警備に見つかり

防護ネットで捕らえられるという

事態に。


「さっさと観念せえ。

見たこと無い型やけど一体君はどこのもんや?」

KAZMの回しもんか?」


その時。けたたましく警報が鳴った。


「ガス漏れ発生!! 至急避難せよ。

繰り返します。ガス漏れ発生。

速やかに避難せよ...」


まさにキオクにとって

願ってもない好機。


警備員は聞き取れない何事かを

喚き散らしている。


キオクはネットを強化爪で、

切り取りながらほくそ笑んだ(ように見えた)。


と、やかましいエンジン音

とともに先程のツナギを着た女工が

アメリカンに跨り現れた。


「潮時のようね。首尾は?」


キオクは、おもむろにポシェットの中を

前脚で探った。


そっと肉球で挟み、女工に示す。


「上出来。行くよ、後ろに乗んな!」


キオクは言われるままアメリカンの

シートの後方に飛び乗り、ツナギの女工の

腰に両足で掴まった。


「きゃっ!!!」


彼女がハンドルを急に傾けたせいで、

キオクは危うく

床に振り落とされそうになったが、

すんでの所で何とか持ちこたえた。


「ちょっ、、急に触らないでよね!」


単車のアクセルをふかし、

彼らは出口へ向かった。


まだいくつもの困難が

待ち構えているとも知らず。


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記憶旅行記〜キオクという猫〜 たゆむ @tayumukioku

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