妹の方が好きな旦那様の前から、家出してあげました
大舟
第1話
――ルドレー男爵視点――
「はぁ…。過去の僕はどうしてエレーナなどとの婚約を選んでしまったのか…」
男爵家会議を終え、仕事がひと段落着いたところで僕は自室に戻り、机に向かいながらそう言葉を漏らす。
それが僕の今の正直な気持ちであり、後悔していることに他ならないからだ。
「普通なら絶対…。絶対エレーナの妹のサテラの方が可愛いだろう…。周りからの人気が彼女の方が高いというのに、どうしてこんなことになってしまったのか…」
僕は確かに自分の意志で、エレーナとの婚約関係を受け入れた。
…しかしそれは、まさかこんな未来を迎えることになろうとは思ってもいなかったからこそ。
「…ドリスのやつ、この事をどう責任を取るつもりで…」
コンコンコン
「ドリスです。男爵様、よろしいでしょうか?」
「!!」
ちょうど僕がその名をつぶやいた時、完璧ともいえるタイミングでドリスが私の部屋を訪れた。
私は即座にドリスに言葉を返し、急ぎそのまま部屋の中に入ってくるよう伝える。
「ちょうどよかったドリス、僕もお前に話が合ったところだ」
「失礼します」
ドリスはそう返事を行うと、上品な立ち振る舞いを見せながら僕の前に姿を現す。
さすがはこの僕の最も認める臣下の男なだけはあり、その雰囲気は変わらず一流だ。
…しかし、今日この場に限ってはそう甘い言葉をかけるわけにもいかない。
「男爵様、エレーナ様との婚約に関するこちらの資料にサインをしていただく必要が…」
「その前に。ドリス、僕はお前と話がしたい。ほかでもない、そのエレーナとの婚約に関する話を」
「は、はい…?」
いきなり僕からそんな言葉をかけられるとは思ってもいなかったのか、ドリスはやや驚いたような表情を浮かべる。
しかし僕は構わず、ドリスに対してこう言葉を続ける。
「ドリス、エレーナとの婚約を僕に勧めてきたのはお前だったな」
「はい、その通りです。貴族会でお会いになっていたお二人の雰囲気が非常によろしかったので、そのまま関係を結ばれるのはどうかと思ったのです」
「あぁ、確かに僕も同じ事を思った。だからこそこうしてエレーナとの婚約関係を受け入れる事を選んだ。…しかしドリス、お前は非常に大事な何かを見落としてはいないか?」
「だ、大事ななにか、といいますと?」
「そうか、気づいてもいないのか…。まぁいい、それじゃあ教えてやろうとも」
僕がエレーナとの婚約関係を後悔しつつある最大の理由、それは…。
「エレーナにはサテラという非常に人気の妹がいるらしいじゃないか。どうしてその話を僕に持ってこなかったのだ?」
「は、はい??妹様の話ですか??」
「そうだ。そこにどんな理由があったのかと聞いているんだ」
それを確認しないことには、何も話はすすまない。
「そ、それは…。男爵様はエレーナ様と非常に雰囲気がよろしかったのでエレーナ様との関係をお勧めしただけで、サテラ様とは全く接点もなかったものですから…」
「やれやれ…。ドリスよ、どう考えたってエレーナよりもサテラの方が上であるとは思わないのか?他の貴族家に聞いて回ってみたが、みなサテラの魅力に取りつかれている様子だったぞ?それでいてサテラはまだ独身ではないか。ならば、エレーナよりもサテラとの関係を構築しに行く方が幸せな結末を迎えられるとは思わないのか?」
「え、えっと…。それはどのような意味で…」
どこまでも察しの悪いドリス。
僕の方が間違っているのならその察しの悪さも納得だが、この場においてそんなことは絶対にない。
この問題に関して僕は自分の正しさを絶対的に確信しているのだから。
「僕がサテラと結ばれれば、周囲の貴族家の連中は僕の事を心からうらやんでくるではないか。それに、もしも王宮に住まう第一王子様や第二王子様までもサテラの事を気に入ったなら、僕は一気に王宮との関係を構築できる可能性が出てくる。…しかしエレーナとの婚約関係ではそんなものは得られない。そうだろう?」
「し、しかし男爵様、サテラには別の非常に良くない噂が…」
「いまさら言い訳をするんじゃない。もう関係は結んでしまったのだ。今大事なのは、これからどうやって婚約者をサテラに乗り換えるかということだが…」
「ちょ、ちょっと待ってください男爵様、もうそんなところまで決めておられるのですか??いくらなんでも早計にすぎるのではありませんか…?」
「こうなってしまっては時間に余裕などないのだ。まだ取り返しのつく段階にあるうちに、逆転の手立てを考えるしか方法はない。サテラの事を他の誰かにとられてしまったらもうそこで終わりなのだからな」
「……」
「しかし、かといってあまりに一方的な婚約破棄は僕の心証を悪くしてしまうことになりかねない…。こちらからきっかけを作るのも、何か裏があるのではないかと疑いの目で見られることだろう…。こうなったら、エレーナが自分から家出をしてくれれば一番いいのだが…」
何気なくそう言葉をつぶやいた僕。
そこに期待など全くしていなかったが、神というものはいるらしい。
それから時間を経ずして、僕のつぶやいた言葉は現実のものとなったのだった。
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妹の方が好きな旦那様の前から、家出してあげました 大舟 @Daisen0926
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