後編
謎の提案をした私は、男の人とカラオケボックスへと足を運んでいた。
どうやらこの男の人は、同じ学校の先輩らしい。
近くのカラオケ店に付いて適当に部屋を取り、部屋に入ってすぐ、私は両手を大きく広げて男の人へ声をかけた。
『はい』
『はい、って言われても……何だそれ?』
『あなた、今鏡で自分の顔を見てみてください。凄い顔をしてますよ』
『そんなわけ……俺はさっき…………ッ!』
私が無言で手鏡を突きつけると、男の人は大きく目を見開く。多分、気づいてないんだろう──
──あの瞬間からずっと泣いていることに。
『普段は……というか普通はこんなことしませんよ誰だって。でも、流石に見てられません。だから、もっと泣いてください。叫んでください』
そうすれば、私も好きという気持ちが分かるかもしれない。
我慢しなくて良いんです。私は貴方とは違って何とも思ってないですけど……貴方は違いますよね?』
『…………ッ!』
私はできるだけ優しく語りかけた。
『誰も見てないです。私を某夢の国の白い身体のロボットだと思ってください。人は誰だって弱いんです。だから……』
言葉を続けようとしたところで、私の身体に衝撃がくる。
それは、彼の感情が溢れ出す合図だった。
『俺な、アイツのこと大好きだったんだよ……完璧なところとか、それなのに時々ズボラなところとか────』
彼は泣く。叫ぶ。抗う。
好きだった人への思いや二人の思い出などなど。
泣き叫ぶ子どものように、周りのことも考えずとにかく思いを吐く。
『俺が…………俺の何か間違ってたのか?』
『大丈夫、貴方は間違ってない』
そこでふと気づく。これは彼に向けた言葉でもあり、私に向けた言葉でもあったのだと。
それからも彼は、誰に向けていいのかも分からない思いを、涙も声が枯れるまで吐露し続け、私は彼を抱きしめ続けた。
*
あれからどれくらいの時間が経っただろうか、先輩がようやく私から離れる。
『なんか……情けないところ見せて悪いな』
『まぁ私が言ったんですし、私は何も見てないですし』
『ははっ、お前変わってるな』
『昔はよく言われました』
『そんじゃ歌うか……っとその前に────お前も泣けよ』
『え?』
え……?
『あれだけ泣いて叫んだ俺が言うのもなんだけど…………お前も今、すげぇ辛そうな顔してるぞ』
『わ、私が……辛そうな顔……?』
そんなわけ……
『ほらよ』
そう言って彼が私の手鏡を見せてきた。そこに映っていたのは──今にも泣きそうな、店前での彼のような、色々な感情が混ざり合ったぐちゃぐちゃな顔だった。
『多分さ、お前って何も感じなかったんじゃなくて、感情を押し殺してただけなんじゃないか?』
『…………ッッ!』
彼にそう言われてハッとした。
私は今まで何も感じなかったんじゃない。何も感じないように、傷付かないように、必死に感情を押し殺していただけなんだ。
そして、なんでこの人を見て居ても立っても居られなくなったか今ようやく分かった。
一番最初の私と同じだったからだ。
『私も……聞いてもらってもいいですか……?』
『あぁ。思いっきし飛び込んでこ────』
彼の言葉を聞き切る前に、泣き顔を見られる前に、私は彼の胸へと飛び込んだ。
『わ、わたし……私! ずっと辛かったッ! 私はあんなに好きだったのに……最初の彼に振られて訳分からなくなっちゃって……みんないつの間にか他の
『辛かったな……』
『自分の気持ちを抑えて抑えて抑えて…………私、どうすればよかったのッ!』
『過去なんて、忘れちまえ』
『……ッ!』
『俺はさっき会ったばかりだけど……話を聞いただけだけど……お前が間違ってたとは思わない。だからこれからは──感情のまま生きろ!』
『でも、それでもし…………』
『もしも、なんてない。そん時は俺がまた胸貸してやるからさ! 俺で良ければ味方になってやる。だから────自由に生きろ、冬香ッ!』
それから私は、感情のままに泣き続けた。
*
『泣き止んだか?』
男の人の身体ってこんなにも硬かったんだ……
『そういうデリカシーのないこと、言うもんじゃないですよ』
そして……こんなにも暖かかったんだ。
『おっ、言うようになったな』
これからは先輩なしじゃ……
『貴方に……いや、先輩に言われたくはないですよ〜』
あぁ……
『てか、離れないの?』
これが────
『もう少し……こうさせてください』
『はいよ。胸貸すって言っちまったしな』
これが恋なんだなぁ────
────先輩との初めての出会いを思い出しながら、私はとある服装へと着替えていた。
「でもまさか、先輩の方からとは思わなかったなぁ……」
正直、先輩は私のことをなんとも思ってないと思っていた。
いつも子ども扱いするし、ちょっとスキンシップしたりしてみても反応が全くないし。
私は大きく深呼吸をし、先輩のいるリビングへと向かった。
*
「せんぱ〜い! 入りますよ〜!」
「おう、良いぞ〜!」
ガチャッ、と扉が音を立てながらゆっくりと開く。そこから出てきたのはなんと……ミニスカサンタのコスプレをした冬香だった。
「なッ……何やってるんだよ!」
「えっ? 今日、何の日か分かってますやね?」
「クリスマス、だろ?」
「はい」
「んで?」
「私がクリスマスプレゼントです♡」
「はぁっ!?!?」
「まぁ本当は、これで迫ってキスでもして先輩を振り向かせようとしてたんですけど……そんな必要…………なかったんですね!」
そう言って冬香は泣きながら笑う。
「さっき、先輩は私に色々なものを貰ったって言いましたよね。あれ、私もなんですよ。というか、私の方が先輩からたくさんのものを貰いました。だから────」
冬香は涙を拭き、満面の笑みを浮かべ……
「────
俺の瞳に映る冬香は、どんな世界の誰よりも美しかった────
〈了〉
俺と私のプレゼント ハンくん @Hankun_Ikirido
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます