最終話
視界が真っ白になって、魔女ははっと目を覚まします。
既に夜は明けているようで、辺りはすっかり明るくなっていました。
「毛玉?」
目を覚ました魔女は、気になって周りを見回します。ところが、顔の横で寝ていたはずの毛玉の姿が、部屋の中にまったく見当たらなかったのです。
見ていた夢はあまりにも鮮明で、目を覚ましたもはっきりとその内容を覚えています。
その言葉の通りならば、毛玉はもうその姿を消してしまっているはずです。信じたなくない魔女は、家の中どころか、周辺地域も必死になって探し回ります。
ところが、どんなに探し回っても、毛玉の姿を見つけることはできませんでした。
「嘘だろう……? ずっと一緒にいるのではなかったのか?」
空に浮かびながら、魔女は歯を食いしばりながら呟きます。
しかし、言葉は虚しく響くばかりです。
これまで一緒だった毛玉の消失に、魔女の頬を何かがすっと伝っていきます。
「……ははは、当の昔に失ったと思ったのだがな。私にも、まだまだそういうものは残っておったのだな」
魔女は自分の目からあふれ出たものに信じられないようです。
しかし、これだけ探しても見つからない毛玉は諦めきれません。
諦めきれませんが、これ以上家のことを放置しておくわけにはいきません。なにせ、薬草などは世話をしていなければ枯れてしまいます。一度かれてしまうと、再び育てるには相当の時間を要してしまいますから、魔女は仕方なく家に戻ることにしました。
「最後のお前の言葉、信じているぞ」
家に戻りながら、魔女は小さくそう呟いたのでした。
以前の生活に戻った魔女ですが、さすがに毛玉を失った悲しみを引きずっているようでした。
完璧をうたっていたはずの魔女は、ささいな失敗を繰り返すようになってしまいます。毛玉を失ったことで、魔女の心の中にぽっかりと大きな穴が開いてしまったようなのです。
魔女はそのことを忘れるかのように、以前にも増して実験や研究に打ち込んでいきます。それでもやはり、合間合間に毛玉の事を思い出して、ついつい誰もいない空間へ声を掛けたり目を向けたりしてしまうのでした。
そのような生活が続き、いくつの季節が過ぎたでしょうか。
ようやく魔女も落ち着きを取り戻し、実験や研究、薬づくりにおいて失敗をするようなことはなくなりました。
その日も、魔女はいつものように寝食を忘れたかのように研究に打ち込んでいました。
さすがに疲れたのか、大きく背伸びをする魔女。
「無理はいかんな。やはり食事をしなければ効率が悪くなってしまう」
機嫌の悪そうな顔をしながら、お腹の辺りを擦っています。さすがの魔女も、空腹の限界を迎えてしまったようです。
いそいそと食事の支度をしようとする魔女ですが、家の外に気配を感じて立ち止まります。
「珍しいな。こんな森の奥にやって来る人間がいるとはな」
思わず気になってしまい、魔女は台所ではなく玄関へと向かっていきます。
「ごめんくださーい」
家の外から、子どもの声が聞こえてきます。同時に扉を叩く音も響き渡ります。
森の奥に子どもがやって来るなど、あまりにもありえない状況に魔女の顔はくもります。ですが、どういうわけか魔女はそのまま玄関へと向かい、その扉を開けてしまいました。
扉を開けてみると、そこにはとても幼い女の子が一人立っているではありませんか。
服装を見る限りは、どうも村の女の子といった印象を受けます。
「お嬢ちゃん、どうしたのかな。こんな森の奥までどうやって来たんだい?」
魔女は前屈みになりながら、女の子に問い掛けます。
「魔女様だ。わーい、あの時の魔女様のままだ」
ところが、女の子は質問に答えず、よく分からないことを言いながら飛び跳ねています。
状況がのみ込めず、魔女は困った顔をしながら、首を傾けます。
「魔女様、ボクのこと、分からない?」
「はて、お嬢ちゃんと会った事はあったかな?」
女の子の質問に、魔女は首を捻るばかりです。どう見ても十歳くらいの小さな女の子で、ひと目たりとも見た事のない姿なのですから当然でしょう。
ところが、目の前の女の子は、魔女の態度に怒り出してしまいました。
「もう、忘れちゃうなんてひどいですよ、魔女様」
「いや、本当に見覚えがないのだが?」
対応に困る魔女を見て、女の子は頬を膨らませています。
「もう、これならきっと分かりますよね」
女の子は頭の上に手を当てて、意識を集中させていきます。するとどうしたことでしょうか。女の子の頭の上に白い毛玉が現れたのです。
その毛玉を見て、ようやく魔女は女の子の言い分を理解しました。
「お前、あの時の毛玉なのか?」
魔女が指摘すると、女の子はぱっと笑顔になって何度も勢いよく頭を前後に振っています。
「言ったじゃないですか、必ず戻ってきますって。今日は、その約束を果たしに来たんですよ」
満面の笑顔を見て、魔女はその場に膝から崩れ落ちます。
「魔女様、お顔が酷いですよ」
「うるさい。誰のせいだと思っておるのだ」
「……ごめんなさい。でも、これでやっとずっと魔女様といられるんです。嬉しくて、ボク……」
「ああ、おかえり。今度は勝手に居なくなるのではないぞ」
「……はい」
魔女と女の子はしばらく抱き合いながら、そのまま涙を流し続けました。
元々の出会いは、ちょっとした魔女の失敗からでした。
その後、女の子となった毛玉は、魔女と一緒に末永く幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
ふわふわは魔法少女の夢を見る 未羊 @miyou
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