第1話 あの少女の名は?
(前書き)
ルビあり凛音→柊入り後
ルビなし凛音→柊入り前
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「ん……んん」
そこは冷たい土壌の上だった。周りには木々が生え、枝木が複雑に絡み合い緑の葉の隙間から少量の光が差し込み
ぼんやりと頭に霞がかかったように感じていた。まるで、自分が自分でないような寝ぼけている感覚だ。体を起こし、目を擦ると視界が段々と輪郭を帯びていった。
そこは見覚えのない森林だった。しかし、何やら不思議な光を帯びている。まるで胞子のような不規則で形の定まらない粒子がフワフワと辺りを舞っている。粒子は森を神聖な場所のように飾っている。
そんな光に気を向けていると、ふと我に返った。自分が死んだということを思い出したのだ。死人がこのように肉体を得るという話は聞いたことがない。つまり――――ここは『天国』だろうか。そう結論づけた。
意識が水面上に上がってきたという感覚と共に『ある記憶』が蘇る。そう、先ほど見た少女の光景だ。顎に手を当て思考の樹海へと足を踏み入れる。すると輪郭ははっきりとしないものの、少女の特徴と情景が浮かび上がってきた。
「ふぎゃっ!!」
……踏み外してしまった。日常的な営みである『歩行』を普段通り行ってみたのだが、歩幅が合わないというかなんというか夢の中にいるような感覚だ。
だが、痛みに勝った違和感があった。それは歩幅――ではなくどこからか発せられた風鈴のように響くなんとも可愛らしい声だ。周りを見渡すが人影はない。消去法的にこの声の主は自分という結論に至った。風邪でも引いたのだろうか。
違和感の次に痛みを確認するためにその源である足を確認する。自分の体を見下ろすと身に覚えのない一枚のローブを羽織っていた。これは天使の衣装?なのだろうか。痛みを感じるとはなんと期待外れな天国じゃ……と落胆しながらも患部を確認するため身を屈めると、突風が吹き体が大きく揺さぶられる。
次の瞬間、風に揺られローブが
「なん……じゃと……」
その眼に映ったのは自分の肉体とは思えない体型だった。爪先が確認できない程に膨らみが視線を支配する。太陽光を反射する程の艶を有する
「これは……ワシの体なのか?」
急ぎ、近くに揺らいでいた水面に向かう。覗き込むとそこには
母数が少ないのもあるのが『ワシがいた世界』では
それ故に
果たしてこの世界は別世界なのだろうか。それともやはり天国?
「う~~~~む」
自分の可愛らしい声に慣れず、やはり声の主が他にいるのではないかと周りを見渡す……がそこに人影はなかった。しかし、声色に聞き覚えがある。間違いないこの声はあの空間で出会った少女のものだ。それに気づいた瞬間、不確定であった彼女の風貌が実線へと変わった。『力を貸して』などと言っておったような? 一体なんのことじゃろうか。考察するにこの肉体は間違いなく少女のものだろう。
しかし、『力を貸して』とは? なんのことじゃろうか。
「うーーむ」と再び顎に手を当て思考を巡らせていると、森の奥から蹄鉄の金属の擦れる音と馬の地を駆ける振動と音が地面に伝わっていった。馬車は
荷台には食材や刀が積まれている。街から街へと物資や商品を運ぶ運搬者だろうか? そんなことを振り返り考えていると御者席から立派な髭を蓄えた膨よかな男性が降りてきて
最初は警戒の意思を見せた
「凛音ちゃん? こんなところで何をしているんだい? お姉さんに良くしてもらっているし、もし良かったら家まで送っていくよ」
む? 凛音? この少女は元々存在した人間というのか? そうなるならばあの謎の空間で会った少女は『凛音』であり、ワシの力が必要だったため、この肉体を預け……うーむ。どうも納得がいかんのぅ。ワシはもうこの世を去った身じゃ。剣聖といえど人間であることに変わりはない。そんなワシが再び生を受けるなどおかしな話じゃ。
明後日の方向を向き、顎に手を当て考えに耽る少女に御者は「あの〜? 大丈夫?」と声をかける。そして
「あ、お願いするかのぅ」
「か、かのぅ?」
ま、まずい。まだこの世界がのことが何も分からぬ故、中身が七十六歳のじじいとバレるのは何かと都合が悪い。気をつけなければ。
「な、なんでもないです。お願いします」
御者はワシの眼を見るなり少し訝しむ様子を見せた。
「どうかしましたか?」
すると御者は首を傾げワシの左眼を指さし疑問を吐露した。
「
「え、元々ですよ!」
恐らくワシの魂が入ったことで左眼が紅色になっているのではなかろうか。ワシは生前、白髪、紅眼であった。その形質が受け継がれているやもしれん。髪色や右眼が
荷台に乗り、腰を下ろす。そんな
「この前亡くなった剣聖様に私も小さい頃、命を救って頂いてね。とても残念に感じているよ」
む……? この前亡くなった剣聖?
「ねぇ、今日は西暦何年の何月何日?」
ワシがそう問うと「詳しく聞くなぁ~」といいながら御者は『スマホ?』だとかいった電子機器を取り出す。
「ん~と、1556年2月10日だな」
ワシが亡くなった六日後……!? この西暦、少しばかり聞いた国の話。間違いない。ここはワシが元居た世界じゃ。この考察を確信に持っていく質問を御者へ飛ばそうとした瞬間――――。
「ねぇ、その剣聖の名前って――――きゃあっ!?」
突然馬車が停止し、積荷とともに身が前方に投げられた。怪我などはないものの元剣聖とは思えぬ情けない声に頬を赤らめながらも体制を戻し御者席へと近づき外の様子を確認する。
「な、なんじゃ……?」
咄嗟に七十六歳のじじい語が出るが御者は前方を見つめ、苦難の表情を浮かべていた。
前方に視線をやるとそこには如何にも盗賊のような三人の男が道を塞いでいた。
「ここを通りたきゃ、積荷を全部置いていきな!!」
「兄貴! 珍しい髪色の女が乗っているっすよ!!」
「うーむ……黄金色か……。おい、そこの御者。積み荷とその女を置いて去れ」
この状況は……まずいのぅ。装備から見ても奴らはかなり戦いに慣れている。加えて、幼い少女の肉体でこの御者を守りながら戦えるかどうか怪しい。
……やるしかない。
『剣聖
最強美少女になった老剣聖(76)は今世も大忙し! さいもん66 @amatukirinne159234
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