逆ざまぁ伝説~笑う悪党たち~

楠本恵士

逆ざまぁ……ざまぁ返しされた男

 とある、次元の西洋風異世界──数々の功績を重ねてきて、庶民からも信頼されている勇戦士【ザマ・ミロ】は、バラ園のガゼボの下で近々挙式をする、この国の姫君と唇を重ねていた。

「んッん……姫」

「はぁ……ミロさま」


 ミロから、体を愛撫されて姫の顔が高揚こうようする。

 多くの国民が二人の美男美女の結婚を祝福していた……国の中核にいる賢者を名乗る五人を除いて。


 五賢者が集まる建物の中で、悪巧みの会話は進行していた。

 悪宰相【コウカツ】がエールを飲みながら言った。

「とにかく、あの勇戦士は邪魔だ……このまま姫と結ばれれば、我らの計画の障害になるのは必至」


 邪悪聖女【グザレ】が五指にはめた、宝石の指輪を眺めながら言った。

「邪魔なら追放してしまえばいい……策略にハメて」


 悪知恵賢者【ムザン】が長いヒゲを擦りながら、邪悪な輝きを秘めた眼光でテーブルの上に広げられたミロの似顔絵を眺めて言った。

わしに考えがある……勇戦士を荒野に追放する考えがな」


 冷血参謀【サクリャ】がミロを追放する荒野の地図を眺めながら策略を練る。

「ザマ・ミロが、報復の『ざまぁ』の刃を我らに向けてきた時の対策は、わたしに任せてもらおう……数手先までの手は念入りに打ってある」


 強奪婚戦士【ネトレ】が、ザマ・ミロの似顔絵に短剣を突き刺して言った。

「姫サマはオレがもらおう……他人の女を奪うのは格別だからなぁ」


「この国は、我ら五賢者のモノに……そのために、邪魔なザマ・ミロを追放する」


  ◆◆◆◆◆◆


 翌日──白骨化したドラゴンの遺体が城内に持ち込まれた。

 謁見の前で五賢者の一人、悪宰相コウカツが、ドラゴンの白骨死体を見ている国王と王妃に言った。

「国王と姫君さまに、申し上げます……この白骨化したドラゴンは、そこにいるザマ・ミロさまが退治して牙を持ち帰ったと主張報告した、ドラゴンの死骸です」


 邪悪聖女【グザレ】が、ドラゴンの牙が抜けた穴を指差す。

「しかし、私どもが調べた結果……このドラゴンは自然死したドラゴンで、ザマ・ミロさまが退治したドラゴンとは思えません」


 悪宰相【コウカツ】の言葉に異議を唱えるミロ。

「言いがかりだ! わたしは正々堂々とドラゴンと戦い討ち滅ぼして……牙を」

 

 冷血参謀【サクリャ】がフラスコに入っていた、液体をドラゴンの骨に垂らすと、ドラゴンの骨格は見る間に赤く染まっていく。

「ご覧になられましたか国王……ドラゴンの骨が赤くなったのは、自然死の証拠…討たれたドラゴンなら、無念の黒色に染まるはず」

「…………」


 これは、悪知恵賢者【ムザン】の入れ知恵だった。

〝透明骨格標本〟というモノがある。硬骨は赤く、軟骨は青く薬品で染める方法だ。

 この異世界にも、それとよく似た薬品が存在していてドラゴンの骨を赤く染めたコトをミロは知らない。


 焦点の定まらない目で国王が言った。

「宰相にすべての決定を任せる……姫の婿は戦士【ネトレ】が相応しい」

 驚く傍らの姫君。

 実は数分前に……国王はグザレの毒針指輪で、決定する意識を奪われていた。


 茫然としているミロに向かって、略奪婚戦士がミロの周辺に立つ兵士に向かって命じた。

「国王に偽りを伝え姫君との婚姻を進めようとした、ふとどきな偽勇戦士を捕らえろ! そいつは、反逆者だ!」

 兵士に両側から腕を掴まれた、ザマ・ミロに近づいた略奪婚戦士【ネトレ】はミロの剣を奪い取る。

「叛逆者は罪を背負い、荒野に追放するのが、この国の習わしだ」


  ◆◆◆◆◆◆


 ザマ・ミロは、すぐには追放されなかった。

 一時、地下牢に幽閉されて。冷酷参謀【サクリャ】から追放前の処置を受けていた。

 体に赤く焼けた罪人の刻印が押され、焼けた皮膚から昇る白煙にザマ・ミロは絶叫する。

「があぎぁぁぁぁ!」 


 悪知恵賢者【ムザン】が言った。

「邪悪聖女から、喉を劇薬で潰して、念の為に舌も抜いておく提案があったが……それは、計画に支障が出るから、儂が押し止めた……感謝するがいいぞ、明朝には城から離れた死の荒野に追放だ」


  ◇◇◇◇◇◇


 同時刻──城の寝台が置いてある一室では、裸でうつ伏せになって嗚咽を漏らして泣いている姫君と。

 行為が終わり、全裸で寝台の端に座って姫の尻を撫で回している略奪婚戦士【ネトレ】の姿があった。


 ネトレが泣き続けている姫君に言った。

「他人の女を奪う快感は格別だな……姫サマは、もうオレに抱かれて清い体では無くなった……その操を失った体でザマ・ミロの前に出るコトができるかなぁ」


  ◆◆◆◆◆◆


 ザマ・ミロは荒野に追放された。

(許さないぞ、必ず城に戻って復讐の〝ざまぁ〟をしてやる)

 しかし、ザマ・ミロが〝ざまぁ〟を決意してやがて城に乗り込んで来るコトは。

 すでに五賢者たちには想定済みで、先々へと手が回されていた。

 ザマ・ミロの〝ざまぁ〟に協力しそうな者たちには、脅しや殺害で協力できないようにして。

 ザマ・ミロを孤立させ、精神を追い詰めていった。

 ざまぁする方よりも、される方が一枚も二枚も上手の策略家たちだった。

      

  ◇◇◇◇◇◇


 ザマ・ミロを追放した五賢者たちが楽しむ茶会の会話の中で、邪悪聖女が悪宰相に言った。

「どうして、民衆の税を上げないで逆に下げたの?」

「今、税金を上げるのは得策ではない……いずれ、血税を上げるにしても民衆を納得させる口実が必要だからなろ……そのためにも、ザマ・ミロには〝ざまぁ〟をしてもらわなければ困る」


 残酷参謀が言った。

「ザマ・ミロを取りまく環境は徐々に悪化させている、人を遠ざけて……孤立と絶望の中で、ざまぁに向かうしかない精神状態に落とし込む」

 もがけば、もがくほどに絡まる蜘蛛の巣のようにザマ・ミロは策略の罠にハマっていった。


  ◆◆◆◆◆◆


 半年後──城内が収穫祭で湧く中、ボロ布を身にまとったザマ・ミロは、復讐ざまぁをするために単身で、城に忍び込んだ。


 ザマ・ミロが予想していた部屋に五賢者はいた。

「覚悟! 五賢者!」

 隠し持っていた短剣を抜いて、悪宰相【コウカツ】に斬りつける。

 コウカツは、床に土下座をしてザマ・ミロに詫びる。

「すまなかった、許してくれ」

 頭を下げるコウカツの姿に、ザマ・ミロの動きが止まる。


 その一瞬の隙をつかれて、ザマ・ミロは兵士たちに捕らえられた。

 ザマ・ミロが捕まると、土下座をしていたコウカツが不敵な笑いを発しながら立ち上がって言った。

「バーカ〝ざまぁ〟される側が本気で許しを乞うと思ったか……詰めが甘いんだよ、誰が追放した叛逆者に詫びなど入れるものか」


 ネトレも、笑いながらザマ・ミロに言った。

「〝ざまぁ〟ってのはな、された側が絶望や焦心している姿を見た。ざまぁする側に優越感が生じないと成立しねぇんだよ……『はいはい、ざまぁされましたよ』どうだ、これで満足か」


 悪知恵賢者が言った。

「すべては、我ら五賢者が一枚上手……追放した時から、おまえの人生のシナリオは完成していた」


 邪悪聖女が言った。

「〝成り上がりざまぁ〟するにも、それなりの才覚と器量を必要とするモノ……ザマ・ミロには、そんな才覚と器量は最初から無い……ザマ・ミロは、つまらない男」


 冷血参謀が言った。

「これより、国家に刃を向けたザマ・ミロの処刑を執行する」


  ◆◆◆◆◆◆


 口に発言ができないように、丸棒をくわえさせられ。

 後ろ手に縛られて、広場に連れてこられたザマ・ミロは、処刑執行人の手で断頭台ギロチンに手首と首を固定された。


 罪状が読み上げられる、ザマ・ミロの目に今は略奪婚戦士の嫁となって、ネトレの隣で震える姫君の姿が映る。

 すでに思考が、ざまぁ失敗の絶望の中で停止したザマ・ミロの頭の中で、ある言葉だけが繰り返される。

(ざまぁ……ざまぁ……どうして、こんなコトに……ざまぁ)


 処刑執行人の振り上げた斧が、断頭台の刃を止めていたロープに向かって振り下ろされる。

 静寂の中で、ザマ・ミロの首は落下してきた鋭利な刃物で胴体から切断され……血飛沫を上げてカゴの中に落ちた。


 カゴの中で血まみれになった、ザマ・ミロの消えゆく意識の耳に……悪宰相の声が届く。

「このような叛逆者の出現に、今後対抗するために、防衛税の段階的な上昇を民衆は承諾を……」

 悪宰相の言葉を最後まで聞き終わる前に、ザマ・ミロの眼球は裏返り……死出の道を魂は歩みはじめた。

(ざまぁ…………)



 胸クソ悪く~おわり~

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