変身せよミサケーノ

入沙界南兎《いさかなんと》

変身せよミサケーノ

 それはミケラが水道から出てくる水を見て、

「水道のお水って、どこから来るの?」

 と聞いた事が始まりだった。


 それではと、急遽、浄水場への見学会が組まれたのだ。

 参加メンバーはミケラ、サクラーノ、マオのちびっ子組。

「予はちびっ子ではないぞ、見た目が子供だけなのじゃ。予は魔王なのじゃ!」

 とマオは怒ったが、ミケラ達に、

「マオちゃん行こうよ」

 と誘われたので付いてきたのだ。



 他に、チャトーラ、チャトーミ兄妹と白妙と黒妙の姉妹、今回の引率役のタマーリンとモモエルが参加メンバーだ。

 いつも身軽な服装の白妙と黒妙は、珍しく大きめのリュックを背負っていた。



「同行する方はこれだけですか?」

 レッドベルが確認をする。

 虎次郎は王様に呼ばれて今日は来れないので、血の涙を流しながらレッドベルにミケラの護衛を頼んだのであった。



「はいはい、それじゃあ皆さん馬車に乗ってください」

 モモエルが手を叩いて馬車に乗るように促す。

 人数が多いので宮廷馬車ではなく、ミケラ達が旅行に使った馬車に乗り込む。

 馬車は郊外へと向かう。



「はい、ここが浄水場です。ここで川の水を綺麗にしてるんですよ」

 モモエルの案内で浄水場の中を歩く。

「ここで、川の水の中のゴミを取り除いているんです」

 川から引かれた水は一旦濾過プールに集められ、濾過した水が下から流れて別のタンクへと流れていた。

「ここで、水の浄化をしてるんですよ」

 濾過された水で一杯なったタンクの周りを魔法使いが取り囲み、タンクの上に取り付けられた球体に向かって電撃魔法を放っていた。



「昔は浄化魔法で浄化していたんですが、長年の研究の結果、電撃魔法を溜めて一瞬で放出すると、水の中の悪いモノが取り除けるのが判ったんです」

 現代でも、水の殺菌に使われている使われている、高電圧パルス殺菌の魔法版だ



「雷、ビビって凄かったね」

「ピッカって光ってバシュ~~ンて面白かった」

 ミケラとサクラーノが喜んでくれているので、満足そうに頷くモモエルとタマーリン。




「次、行きますよ」

 馬車に乗り込むと、更に郊外へと馬車は走る。

 しばらく走ると人工の運河が見えてきた。

 運河の横には巨大な水車が幾つもあり、水道用の水路に水を汲み上げているのが見える。

「わぁ凄い」

「大きい」

 馬車から降りて水車を目の前にして、ミケラとサクラーノは目を丸くして驚いていた。



「ここから少し歩くと公園がありますから、そこでお昼にしましょう」

 モモエルの案内で公園まで歩く。

 周りを石垣で固められ、公園内には屋根付きの休憩場が、幾つも設置されていた。

 この公園は、王都から歩いて二時間程なので、親子連れやカップルがハイキングでよく来ているのだ。

 今も二組の親子連れが来ている。



「あっ、ミケラ様だ!」

「サクラーノだ!」

 子供達が二人に気がついて、走って寄ってくる。

「こないだの空中飛ぶの見たよ、面白かった」

「サクラーノもかっこ良かったよ」

 子供達に囲まれる二人。

「ありがとう」

 お礼を言うミケラ。

「わははは、わたしは常に勝つ」

 Vサインを出して胸を張るサクラーノ。

 マオの影響を受けているようだ。

「サクラーノ、予みたいだよ」

「予はそんな言い方をせんぞ」

 笑いながら怒るマオ。

 それで一斉に笑う子供達。



「こんにちはミケラ様、タマーリン様、モモエル様」

 親達もやって来て、ミケラ達に挨拶する。

「今日はミケラ様を連れて、ハイキングですか?」

 ミケラが城を抜け出しては、あちこち歩き回っているのは街の住人ならみな知っていることだった。

「今日はミケラ様達に、浄水場を見せに来たついでにここまで来ました」

 モモエルの説明に、

「ああなる程、うちの子にも今度、浄水場を見せにいくかな」

 それから少し立ち話をした後、親子達はそれぞれのテーブルに戻っていった。



「ここでお昼にしましょう」

 白妙と黒妙が背負っていたリュックからお昼を出して並べた。

 白パンを二つに割って間に色々な具材を挟んだ物と、温かいスープだ。

「ロレッタが作ってくれたんですよ、これ」

 リュックにはタマーリンが保存の魔法をかけて、中のモノが傷まないようにしてあり、スープは魔道研特性の丸一日熱々を飲めるポットに入れられていた。



「いただきます」

 モモエルの声に合わせてみな食事を始める。

「ロレッタの作ったこのパンとスープ、本当に美味しい」

「ロレッタのご飯、いつも楽しみだ」

 白妙と黒妙がニコニコしながら食べる。

「本当にロレッタは、飯作るのはうめえな。おばさんにも見習って欲しいもんだぜ」

 母娘の立場が逆転しているような。




「ミケラ様とサクラーノがいない」

 ミケラ達がいないのに最初に気がついたのは白妙だった。

 会話が弾み、数秒、ミケラ達から意識が離れた間にミケラ達の姿が見えなくなったのだ。

 慌てる大人達。

「ミケラ様なら、サクラーノとあっちに行ったよ」

 近くで遊んでいた子供達が教えてくれた。

 子供達が指した方には森が有る。



 少し前、

「あっ、なんか近くに何かいる」

 ミケラが何かを感じて顔を上げた。

「うん、何かいるね」

 サクラーノも何かを感じ取ったようだ。

「いく?」

「うん、いこう」

 サクラーノがミケラの手を取ると、一気に走り出した。

 丁度、大人達がミケラ達から意識が離れた瞬間の出来事だ。

 サクラーノの足なら充分な時間だった。




「ここいら辺だよね?」

「この辺だよね?」

 二人はキョロキョロと周りを見ながらも、引かれるように森の中を進む。

 やがて少し開けた場所に出て、茶色い塊がうずくまっているのが目に入った。

「なにあれ?」

「なんだろう?」

 二人は塊に近寄る。



「大きいワンワン?」

「うん、大きいワンワンだ」

 近寄ると塊は顔を上げ、絵本で見た犬に似ているのが判った。

 それは先日砦を襲い、武茶士によって凶暴性を無くされた魔獣だ。

 森に迷い込んでしまい、故郷に帰り損ねたようだろう。


 こちらの世界では餌も思うように取れず、朝露に濡れた葉に付いたしずくだけを舐め凌いできたが、ついにここで力尽きようとしていたのだ。

「困っているみたい?」

「どうしよう?」

 二人は顔を見合わせる。

「助けを呼ぼう」

「そうだね」

 ミケラは困った時はチャトーラ達に、

「困ったら俺たちを呼べ」

 と言い聞かされていたからだ。

「あれ、どっちから・・・来たのかな?」

「どっちだった?」

 二人とも、どの方向から来たのか判らなくなっていた。



「どうしよう」

「どうしよう」

 頭を抱える二人。

「任せなさい」

 どこからともなく声が聞こえ、景色が一変する。

「あひゃ」

「うぉぉ」

 驚く二人。

「驚かせてしまって、ごめんなさい」

 声の主が謝った。

 二人が声の方を向くと、光り輝く女性が立っていた。

「お姉さんは誰?」

「わたしはネビュラ・ナナ、神様です」

「おおっ、神様だ。初めて会った」

 それからサクラーノはネビュラ・ナナの側まで歩いて行くと見上げた。

「お姉さん、綺麗だね」

「いい子ね、サクラーノ」

 ネビュラ・ナナはサクラーノの頭を撫でた。

「そちらの子はミケラね」

 驚くミケラとサクラーノ。

「どうしてわたし達の名前を知ってるの?」

 ハモる二人。

「うふふ、だって神様ですもの、二人のことはよく知ってるわよ」

 微笑むネビュラ・ナナ。

「おおっ、神様凄い」

「神様凄い」

 二人は「神様凄い」とその場で手を繫いで踊る。



「あのワンワン、助けてくれる?」

「助けてくれる?」

 二人は目からお願いビームを発しながら、ネビュラ・ナナの顔を見上げた。

「うぐぐぐぐ」

 ネビュラ・ナナは何かに耐えるように唸り、

「そ、それは、だ、ダメなの」

 ぜぇぜぇと肩で息をしながら、なんとか二人のお願いを断る。

「どうして?」

「ダメなの?」

 二人が涙目で訴えてきて、

「うぐぐぐぅぅ」

 更に悶えるネビュラ・ナナ。

「ぜぇぜぇぜぇぜぇ」

 さっきより苦しそうに息をしながら耐えきったネビュラ・ナナは、

「神様は地上のことに無闇に干渉しては・・・って難しいか・・・神様がなんでも手助けしちゃうと怠ける人になるから、だから神様は簡単に手助けしちゃダメなの」



「そうか、怠けてるとお母さんに怒られる」

「お姉ちゃんにも怒られる」

 二人はウンウンと頷く。

「でしょ、怒られるようなことに神様が手を貸しちゃダメなのよ」

「うん、判った」

「判った」

 二人はネビュラ・ナナの説明を理解出来たようだ。



「それでね、あのワンワンはあなた達に助けて貰いたいの」

 ネビュラ・ナナの言葉にミケラとサクラーノは顔を見合わせた。

「無理だよ」

「わたし達子供だもん」

 あんな大きな犬、子供の力ではどうすることも出来ない。

「大丈夫、あなた達大人になってみたくない?」

「えっ、大人になれるの?」

「なりたい、なってみたい」

 ミケラとサクラーノが食い付く。



「なれるわよ、わたしの言ったとおりに言うだけで大人に」

「言う、言う」

「なんて言うの?」

 目をキラキラさせながら食い付く。

「それじゃあ、『ネビュラ・ナナ、変身願います』と言うのよ」

 二人は早速言われたように言い始める。

「ネビュラニャニャ・・・う゛~~」

 早口言葉の苦手なミケラは速攻で噛み、

「ネビュラ・・・なんだっけ?」

 サクラーノは覚えられなかった。



「ちょっと難しかったかな?それじゃあ、もっと簡単にしましょう」

 ネビュラ・ナナは片手を上げて、

「変身させて・・・だけでいいわ。やってみて」

「それなら出来そう」

「わたしも」

 二人は片手を上げた、そこへ超高速で人が突っ込んできて、

「ネビュラ・ナナァァァ、歯食いしばれ~~~!」

 ネビュラ・ナナの顔面に拳を叩き込む。

 拳を顔面に喰らったネビュラ・ナナの身体が、空中で縦に三回転した後、床をゴロゴロと転がっていく。



「痛いわねミサケーノ・・・この子達がいるのに、なんであなたが出てくるのよ」

 ネビュラ・ナナの顔面に拳を叩き込んだのはミサケーノだった。

 ミケラとサクラーノは、ミサケーノの聖女としての力を封じるために、ミサケーノの魂を二つに分けて生まれた存在なのだ。

 二人がいる場所に、ミサケーノは存在出来ないはずなのに。

「この子達を守る為よ、どうせわたしに変身させて何かさせるつもりでしょ?」

 詰め寄るミサケーノに、

「そ、そんなことは・・・な、ないわよ」

 おどおどしながら顔を逸らすネビュラ・ナナ。

 図星のようだ。



「だいたい、わたしがどれだけネビュラ・ナナのやらかしの後始末したと思っているの?」

「わ、わたし、そんなにやらかしてないしぃ」

 口を尖らせるネビュラ・ナナ。

「そう、だったらどれだけやらかしたか数えるけどいい?」

「どうぞ、そんなにやらかしてないから平気ですぅ」

「そう、いいのね・・・それじゃ、あれとこれとそれと」

 ミサケーノが指折り数え始め、両手の指で足りなくなり折り返し始めた頃、

「ご、ごめんなさい、わたしが悪うございました」

 ミサケーノの手にすがりついて、涙目でネビュラ・ナナは謝る。



「ふふふふ、正義は勝つ」

 勝ち誇るミサケーノ。

「でもいいの?」

「何が?」

 ミサケーノが気がついてないことが判り、ネビュラ・ナナはにやっと笑う。

「小さい子供が困っているのよ、ミサケーノはそれを見ない振りするの?」

「ぐっ」

 言葉に詰まるミサケーノ。

「聖女ともあろうお方が、小さい子供が困っているのに無視するんだ」

 形勢逆転、立場が変わりこれでもかと勝ち誇るネビュラ・ナナ。

「そ、それは・・・」

 ミサケーノはミケラ達の方を見た。

「判ったわよ、判りました・・・協力するわよ」

 諦めて溜め息をつくように言葉を吐く。



「あらぁ、ここは協力させて下さいお願いします、の間違いじゃないかしら」

 調子に乗るネビュラ・ナナをミサケーノが睨み付け拳を握る。

「あばばば…落ち着こうねミサケーノ、こ、こはお互いにお、大人として協力しましょう」

 焦りまくるネビュラ・ナナ、神としての威厳はどこにもない。

「わかったよ、協力しましよう。でも、変なことしたら許さないからね」

 念を押すとミサケーノは消える。



「お姉ちゃん、消えた」

「どこに行ったの?」

 不思議そうに聞く二人に、

「大丈夫、直ぐいまた会えるわよ」

 優しく微笑みかけるネビュラ・ナナ。

 その微笑みは、慈愛が溢れていた。

 先ほどまでのミサケーノとのやりとりとは雲泥の差だ。



「それとこれを」

 ミケラに包みを渡す。

「なに?」

「これはあの魔獣…ワンワンのご飯よ。今から、あの森に戻すから食べさせて上げて」

「うん」

「ご飯を上げたら、さっき言った『変身させて』と言うのよ、そうすれば大人に変身するから」

 ミケラとサクラーノに言い含める。

「うん」

 二人は元気よく返事をする。

 返事が終わるのと同時に景色が変わり、元の森に戻った。



「ワンワンにご飯上げないと」

 二人は弱っている魔獣の近くに行くと、ネビュラ・ナナに渡された包みを広げて魔獣の前に置く。

「ワンワン、ご飯だよ」

「ワンワン、食べて」

 魔獣は鼻をヒクヒクさせ、ゆっくりと立ち上がると置かれた餌を食べ始める。

「食べた」

「食べた」

 喜ぶ二人。



 それから二人は片手を上げると、

「変身させて」

 とハモる。

「ミサケーノに告ぐ、変身せよミサケーノ」

 空から声が聞こえ二人の身体が七色の光に包まれ、光が一つになるとミサケーノの姿を取った。

『おおっ、大人になった』

『おっぱい、ポヨンポヨンだ』

 変身した自分の胸に触り、驚く。

「わたしの胸、触って騒ぐの止めてくれない?」

 ミサケーノが二人に注意した。

『え~~っ、わたしのおっぱいだよ』

『そうだよ、わたしのおっぱいだよ』

「ああっ、なんか凄い面倒なことになってる」

 頭を抱えるミサケーノ。

 一つの身体に、ミサケーノ、ミケラ、サクラーノの三つの意識が宿っているのだから仕方ない。



『お姉さん、大丈夫?』

『大丈夫?』

 心配する二人。

「そうね、なっちゃったモノは仕方ないわね」

 流石に歴戦の聖女、切り替えが早い。

「お姉さんがあの魔獣を助けるから、二人は静かにしていてね」

『は~~い』

『は~~い』

「よしよし、二人ともいい子だ」

 取り敢えず、二人を静かにさせることに成功してほっとするミサケーノ。



「ミケラ様~~、どこですか~~」

「サクラーノ、返事をして~~」

 そこへミケラ達を探しに来た、タマーリンとモモエルがやってくる。

「あれは魔獣ですわ」

「何故、こんな所に」

 魔獣の存在に気がつき、身構えるタマーリン。

 しかし、餌を食べることに夢中で見向きもしていないのに気がつき構えを解く。



「あなたは?」

 それから魔獣の横に立っているミサケーノに声をかけた。

『タマーリンだ』

『モモエルだ』

「知ってるの?」

『うん、タマーリンは凄い魔法使いだよ』

『モモエルは、優しいんだ』

 タマーリンに警戒をしつつ、

「こんにちは」

 ミサケーノは挨拶をする。



 タマーリンの方も、目の前にいる人間を警戒していた。

「何故、こんな森に人間がいますの?砦の関係者にも見えませんわ、一体何者なんでしょう?」

 王都には人間は少ない、一番多く人間がいるのは砦だが、砦からは少し距離がある上に目の前の人間はかなり軽装で砦の兵士にも見えないからだ。

「わたくしはタマーリンと申します、迷子になった子供を探しに来ましたの。どこかかで見かけませんでしたでしょうか?」

 迷子の子供と聞いて、ミサケーノは自分の中にいる二人だと直ぐに気がつく。

「わたしはミサケーノ、その二人の子供は…」

 どう説明しようかとミサケーノは迷う。

「ミサケーノ?あなたはミサケーノと言いますの?」

 タマーリンとモモエルは、ミサケーノの名前に驚き、顔を見合わせた。

「そうだけど、それが何か?」

 ミサケーノは人間の国では伝説の聖女で、崇拝の対象なのだ。

 それ故に、子供にその名前を付けることはしない。



 その名前を持つ女性が目の前にいて、ミケラとサクラーノが姿を消した。

 それだけで二人には充分だったのだ。

「あなたはここで何をしていましたの?」

「この子が迷子みたいだから助けようと思ってさ」

 魔獣の方を見る。

 魔獣は既に餌を食べ終わり、満足したのかその場にうずくまって休んでいた。

「その魔獣は、この前攻めてきた魔獣の残りですわね。全部、故郷に帰したと思っていましたわ」

「攻めてきた?故郷に帰す?」

 話が見えずに首を捻るミサケーノ。



 タマーリンはミサケーノに魔獣が洞窟から攻めてくる話をした。

「そうなってるんだ、魔王の奴、結界張るの手を抜いたな」

 怒るミサケーノ。

「魔王と言いますと?」

 聞かれて、

「わたしと魔王が二人して魔獣をこの世界から別の世界に移住させて、お互いに干渉出来ないように魔王が結界を張ったの…」

 そこまで言ってしまってから、慌てて口を手で塞ぐ。

「なんでもない、なんでもない。なんでもないから、今の話は忘れて」

 誤魔化そうとするミサケーノ、でも既に手遅れ。

 タマーリンとモモエルは、今の話で確信した。

 ミケラとサクラーノが、伝説の聖女ミサケーノになったのだと。



「ミケラとサクラーノは見つかったかのう?」

 二人を探すマオもやって来た。

「ん?誰じゃお主・・・あれ、なんで予は泣いておるのじゃ?」

 ミサケーノを見たマオの目からは、涙が溢れていた。

「何故じゃ、何故か涙が止まらぬ」

 焦るマオ。

 そんなマオをミサケーノはじっと見つめていた。

「もしかして、あなたは魔王?」

「そうじゃ、予は魔王のマオじゃ」

 問われて答え、いつものように笑おうとしたがマオは笑えなかった。

「うぅ、なんか調子が狂うのじゃ・・・」

 と森へと逃げてしまう。



「あっ・・・待って」

 ミサケーノは追いかけようとしたが、

「お待ちなさい、あの子はもうあなたの知っている魔王ではないですわ」

 タマーリンに止められた。

『マオちゃんはわたしの友達だよ』

『わたしの友達』

「そうか、魔王はもう別の人生を歩み出したんだね」

 気を取り直すと。

「仲良くして上げてね」

『はーい』

『うん』

 その返事を聞いて、魔王はこの世界でうまくやっていけると安心するミサケーノだった。



 それからミサケーノは腕を組んで考え込んでしまう。

「どうかいたしましたの?」

「魔王があの調子じゃ、魔獣世界の結界の修復は無理だなと思って。あの結界、魔王じゃないと修復出来ないから」

 それを聞いて、

「マオが力を付ければ修復出来ますの?」

「たぶん」

「それなら、わたくし達がそれまでこの世界を守りますわ。そうですわね、モモエル」

「そうね、うちの研究所もその為に日々努力してるわけだから」

 二人は力強く返事を返した。

「お願いね」

 ミサケーノはそれしか言えなかった、それしか言う権利がないのを知っているからだ。



「さてと、この子はどうしよう」

 目の前の魔獣に問題は移った。

「魔獣の出てくる洞窟まで連れて行けば、勝手に帰りますわ」

 先の戦いで戦意を無くした魔獣を洞窟の前まで連れて行くと、自分達で洞窟に戻っていくのは確認済みだ。

「なら、案内してくれる?」

「よろしいですわ、わたくしと一緒なら砦で足止めも回避出来るでしょうから」

 タマーリンがミサケーノに付いて行くことになった。

「モモエル、あなたは戻ってミケラ様とサクラーノは砦の兵士に保護されて、砦にいると伝えて下さいな。わたくしが迎えに行くので先に街に帰っているようにとも」

「判ったわ」

 モモエルは頷くと森の中に消えて行った。



『え~っ、わたしここに居るよ』

『わたしもここにいるよ』 

 頭の中で騒ぐミケラとサクラーノに、

「作戦だよ、作戦。あの魔獣を無事にお家に帰す作戦だから」

『なんだ作戦か』

『作戦なら仕方ない』

 あっさり言いくるめられる二人に、

「可愛いな」

 とクスッと笑うミサケーノ。



 魔獣の出てくる洞窟のある山は、森の中からでもよく見えたので山を目指してミサケーノとタマーリンは歩く。

 ミサケーノがこちらの世界のことをあれこれ聞くので、会話には困らない。

 逆に、タマーリンからミサケーノのことを聞くことは殆ど無かった。

「わたしのことは全然聞かないんだね」

 疑問に思ってミサケーノが聞くと、タマーリンは人差し指を立てて口に当てる。

 意味が判らず戸惑うが、しばらく考えて思い当たる。

 自分の中には二人の子供がいるのだ、その二人に聖女ミサケーノのことを聞かせたくないのだろう。

 ミサケーノは了解の意味で首を縦に振った。

 それから二人はたわいのない会話をしながら山を目指す。



「そこの二人、止まれ」

 砦に近づくと、砦の見張りの兵士から止まるように指示される。

 砦の門から数人の兵士が出てきたが、幾人かの兵士がタマーリンの顔を覚えていて、

「タマーリンさん、今日は何か用事ですか」

 と尋ねた。

 タマーリンの名前を聞いて、他の兵士達が佇まいを改める。

 先の戦いで魔主と戦い、撃退した勇者の一員として、その名を知っていたからだ。

「この方が、森で迷っていた魔獣を見つけてくれましたの。それで魔獣を、元の世界に送り返しに行く所ですわ」

 タマーリンが事情を説明すると、あっさりと通してくれた。



 タマーリンとミサケーノは無事に砦を抜けると裏手の道に出る。

「ここから洞窟まで、後どれくらいかな?」

「そうですわね、歩くと二時間以上かかりますわ」

 ここから谷を抜けて山を登らなければならないので、大人でもそれ以上かかるだろう。

「じゃ、走るか」

 走るという言葉にサクラーノが反応した。

『走ろう、走ろう』

 無邪気に喜ぶサクラーノ。

「走るの好き?」

『うん、大好き』

「そうか、じゃあわたしの本気の走りを見せちゃおうかな」

 意気込むミサケーノ。

「あら、それならわたくしは空を飛んで追いかけますわ」

 その言葉に、今度はミケラが反応した。

『タマーリンと競争だ』

『おおっ!』

 盛り上がるミケラとサクラーノ。

 二人とも、かなり負けず嫌いなのだ。

「二人が競争だって騒いでるよ」

 ミサケーノの説明に、

「よろしいですわ、わたくしもむざむざ負けはいたしませんわよ」

 タマーリンもやる気になった。

「それじゃあ、一、二、の三で行くよ」

「お任せ致します、道はこれから道なりに進めばよろしいですから」

 


「一、二、の三」

 ミサケーノの合図で、タマーリンは魔力全開で飛んだ。

 普段を抑えている魔力を全開にしたタマーリンは速い、速い。

 瞬く間にミサケーノを引きはが・・・さなかった。

 ミサケーノも信じられない速さでタマーリンを追う。

「伝説では音より速く走ったとありますが、あながち嘘ではないかもしれません」

 タマーリンも音より速く飛ぶ自信は有ったが、谷はほぼ直線とはいえ所々緩くカーブしている。

 そこを音速を超えて飛んだら、谷に激突してしまうだろう。

 それはミサケーノも同じだった。

「速いな」

 タマーリンの飛ぶ速さに驚きく。

 でもこのままでは負けてしまう。

「よし、決めた」

 叫ぶとスピードを更に上げる。

 緩いカーブに近づくがスピードを落とさず、そんまま、谷の壁面を走ったのだ。

「あらあら、どういたしましょう」

 驚くタマーリン。

「それなら、わたくしも」

 タマーリンは、別の魔法を詠唱すると同時に、スピードを上げた。

 緩いカーブに近寄ると、タマーリンの身体が勝手にカーブ沿いに曲がるではないか。

「うまくいきましたわ」

 タマーリンはカーブに沿うように風の壁を作り出したのだ。

 その壁によってタマーリンの身体は谷に激突せず、カーブ沿いに飛ぶことが出来た。

「とは言え、あまりスピードを上げると風の壁でも支えきれませんわ」

 ミサケーノとタマーリンの速さは拮抗した。


 

 谷を抜け、山道に入ってもそれは変わらない。

 山道は殆ど直線がなく足が地に着いている分、ミサケーノの方が有利だったが、タマーリンも絶妙の魔法コントロールでミサケーノに肉薄する。

 殆ど差が無い状況で、遙か先に洞窟の入り口が見えた。

 その瞬間、ミサケーノの姿が消え、同時にドーンという音が聞こえ、衝撃波で軽い石は吹き飛び、木の枝をへし折り、草を引き裂く。

 ソニックブーム、ミサケーノが音速を超えた証だ。

「やった、わたしの勝ち」

 ミサケーノが洞窟の前でVサインをしている。

「負けですわ、いくらわたくしでもあそこまで加速出来ません」

 タマーリンは素直に負けを認めた。



『ワンワンは?』

「あっ」

 ミケラの言葉に、固まるミサケーノ。

 走ることに夢中になって、魔獣のことはすっぱりと忘れてしまっていた。

「わたくしも忘れていましたわ」

 ミケラが絡むと、タマーリンはお馬鹿になるのだ。



 タマーリンが戻って、魔獣を魔法で洞窟の入り口まで運ぶ。

『バイバイ』

『バイバイ』

 洞窟に戻っていく魔獣にミケラとサクラーノが別れ告げる。



「さてと、これで片付きましたわね。それであなたはどう致しますの?」

「わたし?わたしはあの魔獣を助けたからこれで終わり」

 タマーリンはそこまで聞いて、

「砦までお願い出来ますか、そこからはわたくしがなんとか致しますから」

「砦までならいいよ」

 ミサケーノの姿で砦の近くまで来ると、

「それじゃ、わたしはここまで」

 ミサケーノの身体が七色の光に包まれ、二つに分かれミケラとサクラーノに戻った。

「ミケラ様、サクラーノ。参りましょう」

 タマーリンは二人の手を引いて砦に向かって歩く。



「これで終わったと思ったら、甘いわよミサケーノ」

 悪い顔で笑う女神がいた。


                    (Copyright2024-© 入沙界南兎いさかなんと)|

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