第3話:ゲームで勝負してみます?

 ――駅前のゲームセンターにある、いつもの喫煙所。

 今日は風が強く、煙草の煙はまるで気まぐれな風にさらわれる羽根のように、一瞬で空に消えていく。

 霧島晴人は灰皿のそばに立ち、静かに煙草をくゆらせていた。

 湿気を帯びた初夏の風が微かに空気を揺らし、彼は無言で缶コーヒーを一口飲む。

 その時、喧騒の中から軽快な足音が近づいてきた。

「ねえ、晴人くん! 今ちょっと暇?」

 振り向くと、明るい髪を軽やかに揺らしながら、甘坂るるがこちらに歩み寄ってきた。今日は赤いスニーカーが目を引く。

「……どうしました?」

「ゲーム、勝負しようよ!」

「ゲーム……ですか?」

「そう! レースゲーム! 私、絶対負けないから。」

 霧島は一瞬考え込みながら、軽く眉を上げた。

「本当に得意なんですか?」

「ふふん、見てればわかるよ。晴人くん、逃げないでよね?」

 彼女の挑発に、霧島はわずかに微笑みながら頷いた。

 ――こうして二人はゲームコーナーのレースゲーム筐体に向かう。るるは筐体に腰掛けると、得意げに操作ボタンを指で叩いた。

「スタート前に言っとくけど、私、ここのコース全部覚えてるから。」

「……ハンデなし、ですか?」

「当然! 晴人くんも真剣にやってよ。」

 ゲームが始まると、るるは軽やかな操作で車を走らせた。画面の中で車が小刻みに揺れ、完璧なライン取りでカーブを滑るように抜けていく。

「ほら、ついてこれるー?」

「……どうでしょう。」

 霧島は淡々と操作を続けるが、るるの車との距離は少しずつ広がっていく。

「ふふん、言ったでしょ? 私、こう見えてガチ勢だから!」

 るるが自信満々に笑う中、霧島の表情は変わらない。しかし、その手元は確実にペースを上げていた。

 ――そして終盤に差し掛かったところで、霧島の車がぐんと加速する。

「えっ、ちょっと待って! なんで追いついてくるの!?」

「……言ってませんでしたが、レースゲーム得意なんですよ。」

 霧島の車はスリップストリームを活用し、鋭いコーナリングでるるの車を追い抜いた。

「ええーっ! なんでーっ!」

 ゴール直前、霧島の車が一気に前に出て、そのまま先にゴールした。勝負の結末が二人の画面に静かに浮かび上がる。

「……やりましたね。」

「うそ! 私、負けたの!? ちょっとズルくない!?」

「ズルはしてませんよ。」

 るるはぷくっと頬を膨らませたが、すぐに次の言葉を口にした。

「むーっ、次は絶対勝つから! 今度はもっと難しいコースで!」

 霧島は小さく微笑み、煙草をくわえる仕草をした。

「……次があれば、また全力で。」

 二人はゲームコーナーを後にし、自動販売機の前で足を止めた。

「はい、晴人くん。これ。」

 るるはポケットから小銭を取り出し、自販機にコインを入れてボタンを押す。カランという音とともに取り出し口に現れた缶コーヒーを、彼に手渡した。

「……ありがとうございます。」

「いや、負けたからね。ちゃんと約束は守るよ!」

「甘坂さんは律儀ですね。」

「でしょ? でも次は絶対に勝つから!」

 霧島は少しだけ苦笑しながら、缶コーヒーのプルタブを引いた。

「楽しみにしています。」

「うん! 次はもっと難しいコース選ぶから覚悟してよね!」

 二人はその後いつもの喫煙所に戻り、霧島は静かに煙草に火を灯した。

「……勝負の後の一服は格別ですね。」

「うわ、それっぽいこと言ってるしー」

 るるはクスクスと笑いながら、自分も煙草に火をつける。立ち上る煙がゆっくりと風に流れた。

「でも、晴人くん、ほんと強いね。次は負けないから。」

「……楽しみにしています。」

 二人はしばらく無言で煙をくゆらせ、今日の勝負を思い返していた。

 ――駅前のゲームセンターの喫煙所には、今日も風にさらわれる煙と、二人のたわいない空間が広がっていた。

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2024年12月20日 08:00
2024年12月20日 08:00
2024年12月20日 08:00

霧島さんと甘坂さんのたわいない話 逢追ききり @aioikikiri

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