無欠王は脳筋姫を溺愛する

企業戦士

第1話 再会は突然に

 ダリルドレア王国の東端に位置する、さる伯爵領。

 ダリルドレアの南端を治める伯爵家の令嬢であるアランティカはこの日、幼い頃からの友人の結婚式に招待されていた。

 白いドレスに身を包み、新郎と仲睦まじく肩を寄せ合いながら幸せそうに微笑む友人の姿に感動して号泣する彼女を、周りの参加者が奇異の目で見つめている。

 花も恥じらううら若き乙女であるアランティカが人目も憚らず声を上げながら涙を流していることも理由の一つではあるが、それだけではない。

 まず目を惹くのは、彼女の背丈だ。

 平均的な男性とそう変わらないどころか、アランティカのそれはだいぶ高く、美しい白銀の髪を高く結い上げていることが、さらにその長身を際立たせている。

 さらに、その瞳の色も目立つ理由だろう。

 緑色では収まらない、まさに濃緑というべき珍しい双眸は、涙に濡れてもなお人々の目を吸い寄せていた。

 しかし、そんな視線など気にする素振りも見せず、身体中の水分よさらば! とばかりに涙を流すアランティカ。

 参列者が誰一人声をかけることもできず遠巻きに見守る中、若い男が堂々と歩み寄り、ハンカチを差し出しながら言う。


「レディ。せっかくの美しい顔が台無しですよ? よろしければ、お使いください」


 そう声をかけられて、初めて周りの視線を集めていることに気づいたアランティカは、鼻をすすり上げながら男の気遣いに照れたような笑みを向けた。


「ぐすっ。どこの殿方か存じ上げないが、親切にありがとう。だが、大丈夫だ。新婦は無二の友人なのだが、あの子の幸せそうな笑顔を見たら、ううっ、込み上げるものを我慢できず」

 

 そこまで言うと、幼い頃からの友との記憶が蘇ったのか、再び滂沱の涙を流す。

 男は、そんなアランティカを優しい瞳で見つめると、失礼、と断ったうえで濡れた目元を優しく拭った。


「アランティカ。それが喜びを理由にしているとしても、貴女に涙は似合いません。さあ、笑って」

 

 長身のアランティカが少し見上げなければならないほどの背丈を誇る男。

 整った顔立ちと一目で上等な仕立てだとわかる服装から貴族であることは理解したアランティカだったが、名前を呼んだ男の顔に全く見覚えはない。


「すまない、ジェントル。どこかでお会いしただろうか。記憶力はいい方なんだが、情けないことに貴方のことを思い出せないんだ」


 アランティカが申し訳なさそうな顔で首を振ると、男は気を悪くした風もなく微笑んでみせる。


「それは仕方ありませんよ。私達が顔を合わせるのは、背丈がこれくらいだった子供の頃以来ですから」


 これくらい、と言いつつ自らの膝あたりを指差して言う。

 それはまただいぶ小さい頃だなと、結い上げた髪を揺らしながら首を傾げるアランティカの手を取りながら、美しい薄水色の瞳を不安げに揺らす男。


「アランティカ。カナリアという名に、聞き覚えは?」


 そう問われたアランティカは、突然手を取られたことに戸惑いつつも、生来の素直な性質も手伝って、記憶を辿るように目を瞑る。

 そして、何かに思い当たったようにカッ! と目を見開いた。


「カナリア。そう、遠い子供の頃だ。私の家にほんの少しの間だけ逗留していた小さな男の子が、確かそんな名前だった」


「よかった、覚えていてくださったのですね! ああ、ありがとう森と草原の神よ! くそったれな貴様に、今だけは感謝を捧げてやる!」


 アランティカの言葉を受けて快哉を叫ぶ男。

 あまりの大声に、成り行きを見守っていた彼らの周囲だけでなく、主役である新郎新婦の周りに立つ人間の視線までもが二人に注がれた。


「ジェントル、落ち着いてくれ。ガーデンパーティーとはいえ、これも式の一部だ。雰囲気を壊しては、主役の二人に申し訳ない」


 幸せの絶頂といった様子から現実に引き戻され、男はどこか不満げに唇を歪めたが、周りを見回したうえで仕切り直すように言う。


「失礼、アランティカ。生きているなかで最も素晴らしい瞬間が訪れたので自分を抑えきれず」


「そうか、それはよかった。ときにジェントル。貴方は、あのカナリアとどういったご関係なのかな?」


 話の流れを考えれば目の前の長身痩躯の男がカナリアである可能性が高いのだが、記憶の中の子供と結びつかない。

 アランティカの記憶にあるカナリアは、いつも何かに怯え、メソメソ泣いているような吹けば飛ぶような小さな生き物だった。

 恐る恐る尋ねると、男は握っていた手を離し、代わりに力一杯抱き締めながら言う。


「私がカナリアですよ、アランティカ。私が、あの時の小さく頼りない、泣いてばかりいた男の子です。貴女に救ってもらった、カナリアです」


 耳元で低く囁きながら、抱き締める腕にさらに力を込めるカナリア。

 こういうことに免疫のない花も恥じらう乙女なアランティカは、混乱の極みに陥る。


「そ、そうか。いや、とりあえず、とりあえず離してくれ! 先ほども言ったがここは式の会場であって!」


「式の会場? ちょうどいい。では、結婚しましょう。今すぐに!」


「人の話を聞けえ!!」

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2024年12月24日 07:00
2024年12月26日 07:00

無欠王は脳筋姫を溺愛する 企業戦士 @atpatp01

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