第5話 道場にかかる虹

「イサナ! 道場に来い!」


 儀式の翌日、俺は早朝から蓮太に起こされた。

 肉体を持つと睡眠という行為が必要なのが煩わしい。

 ただ眠気というのは存外気持ちよく、布団の中でまどろむのもいい。


 そんな俺の安らぎをこの蓮太は与えてくれないようだ。

 楼王 蓮太。俺を含む6人の子どものうち次男に当たる。

 3年前に儀式を終えてからはわずか一ヵ月足らずで五行の壱を習得したらしい。


 その才能だけなら子ども達の中でもっとも高いと評されているようだ。

 ただし楼王家の当主である厳二郎は蓮太に陰陽師としての仕事をさせていない。

 近頃はそれを不満に思っているのか、どうも焦っているように見える。


「修行か?」

「そうだ! ちゃんと着替えて顔を洗って歯を磨いてこいよ! モタモタするな!」


 今は早朝5時、家族は全員寝静まっている。

 蓮太に言われた通り、身支度を整えて道場へと向かった。

 すでに蓮太は着替えて仁王立ちしている。

 下は蓮太と同じく短パンで履き揃えて上は陰陽師の装束だ。


 赤よりも白の割合が多く、まるで死に装束と同様の色のようだった。

 これは死に近づくことでより魂や霊力を感じられるという意味合いがある。

 こうすることでそれらを肌で感じて慣れることで一人前の陰陽師に近づく。


 蓮太は嫌がっていたらしいがこの色合い、オレは妙に落ち着く。

 地獄での日々を思い出すので、ずっとこのままでもいいくらいだ。


(イサナよ、生意気な小僧だがくれぐれも手荒なことはするなよ)

(当然俺は修行中の身だからな。逆らうような真似はしない)

(しゅ、修行中ってお前のう……)


 冥王が何か言いたげだが事実だ。

 地獄で修行はしたものの、俺は未だに五行の壱しか使えない。

 これは陰陽師の術としては基本に当たる。


 遠い昔から修行しているものの、五行の弐の習得には至っていない。

 俺は物覚えが悪いのだろう。

 それは遥か昔から自覚していることだ。


 だから俺は現世で先輩陰陽師から学ぶことが山ほどある。

 この蓮太もその一人だ。


「遅いじゃないか! 10分もかかってるぞ! オレなら10秒で支度できるってのによ!」

「それはすごいな。さすがは兄だ」

「ん? わ、わかってるじゃないか! よし! いい態度だ!」

「今日はよろしく頼む」


 俺は素直に頭を下げた。

 蓮太は何かたじろいだ様子を見せたが、すぐに切り替える。


「今日は初日だからな! まずは簡単な――」

「いしゃなおにーにー」


 道場にもう一人の訪問者が入ってきた。

 よちよちと歩いて、オレ達のほうへ向かってくる。

 あれはオレの妹の菜子だ。


 3歳になったばかりでおぼつかない足取りだな。

 確か両親と共に寝ていたはずだが来てしまったようだ。


「菜子、どうしたのだ」

「いしゃなおにーにーとあそぶー」

「そうか。しかし今はあちらの蓮太に修行をしてもらうのだ」

「むぇー」


 菜子は口を尖らせて不服そうだ。

 生まれて間もない割に賢いほうだとは思うが、まだ物事の分別がついていない。

 なぜか俺になついていて後をついてくるのは困ったものだ。


「ケッ! 菜子はイサナなんかのどこがいいんだよ!」

「蓮太は厳しすぎるのだ。まだついこの前に生まれたばかりなのだぞ」

「楼王家に生まれた以上はそんな甘えなんて通じないんだよ。親父だって俺達を容赦なく厳しく教育しているからな」

「それはそうなのだがな。例えば俺のように物覚えが悪い者もいる」

「ケッ! オレのほうがお兄ちゃんなんだぞ! 言うことを聞け!」


 蓮太は自分のほうが先に生まれたから優位で当然だと思っているようだ。

 俺から言わせればたかが3年の差などあってないようなものだが。

 現世では1年の差でも大きいようだな。


「菜子は邪魔にならねーようにそこに座ってろ!」

「んむぅー」


 蓮太が菜子を持ち上げて道場の隅に座らせた。

 それからようやく俺に術の基礎を教えてくれるようだ。


「いいか、イサナ! 少しくらい霊力が高いからって調子に乗るなよ! 陰陽術はテクニックなんだからな!」

「ほう、俺の霊力が高いのか」

「天井をぶっ飛ばしたからって調子に乗るなって言ってんだよ! あんなのまぐれだ!」

「ではどうすればいい?」

「まずは印を結べ! こうだぞ!」


 蓮太は陰陽術の基本である印を結んだ。

 手の形など明確な決まりがあるので俺も真似をする。

 さすがの俺もこれは知っているが、それを言うと不義理に値するので黙っておいた。


「次に呼吸だ! オレの真似をしてみろ!」

「こうか?」


 それからオレは蓮太に言われるがまま従った。

 どうも基礎というのはおそろしく手順が複雑のようだ。

 俺は地獄で独自の方法を見つけてしまったようだが、これが本来のやり方か。


 しかしどうにも遠回りをしているようでならない。

 この手順では地獄に一層の亡者にさえ勝てない気がする。


 地獄の亡者は生前の罪に応じて姿を変質させる。

 許されざる罪を犯した者ほど異形の姿となるのだ。

 第一層は比較的軽微な罪を背負った者達ばかりだったが、この蓮太のやり方ではそれにすら敵わない。


「おい! ちゃんとやっているのか!」

「すまない。こうか?」

「違う! お前、ホント物覚えが悪いなー! しょうがないから俺が手本の五行の壱を見せてやる!」


 業を煮やした蓮太が道場の真ん中に立つ。


「五行の壱・水印ッ! 水牢ッ!」


 蓮太は人を包み込めそうな大きさの水の球を空中に出現させた。

 ふわふわと浮く水の球の向こうに蓮太が見える。


「これが五行の壱だ! 火・水・木・金・土の元素を意識して作り出す! それでいて陰と陽の調和も保たなきゃいけない! これが乱れると一気に暴走するからなー!」

「なるほど……」

「ま、お前がこのくらいできるようになるには8年はかかるだろうな! 俺様は一ヵ月で出来たけどなー!」

「ううむ」


 蓮太は高らかに笑う。

 8年か。何かすごくしっくりのある歳月だ。

 それはともかくとして、どうにも疑問が払拭できずに印を結んだ。


「五行の壱・水印……水牢」


 オレの周囲に大小様々な大きさの水の球が出現した。


「え? お、お前、なにやって、んだ……?」

「すまないがやはりこちらのほうがしっくりとくる」


 それらが更に水の球が分裂したり融合を繰り返す。

 最終的な大きさは道場を覆いつくさんばかりにまでなって、それを俺は破裂させた。


「わぁぁあーーーーーー!」


 蓮太が伏せたが俺は攻撃などしない。

 破裂した水の球は粒子状となり、辺りに虹がかかっていた。

 ただし道場には水一滴すら残っていない。


「や、やるじゃねーか!」


 蓮太が起き上がってよろよろとやってきて俺の肩を叩く。

 これは褒められているのだろうか?

 

「いやー! さすがオレの弟だぜ! ま、オレ様には敵わないけどいい線いってるぜ! ハハハーーー!」

「いしゃなにーにー! きーれーいー! しゅごーい!」


 菜子は泣くどころか喜んでいる。

 よくわからないが褒められたし菜子が喜んでいるのだから問題はないか。


―—————————————————————————

修行も楽じゃない。


「面白そう」「続きが気になる」と思っていただけたなら

作品フォローと★★★による応援をお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最弱陰陽師の黄泉帰り転生無双~地獄で10万年修行した少年、神すら凌駕して世界最強になったが未だに修行中だと思い込んでいる~ ラチム @ratiumu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ