第4話 業に至る儀式
ついこの前まで赤ん坊だと思っていたが、気がつけば5年が経っていた。
俺はこの5年間、楼王家や現世というものをそれなりに知ったつもりだ。
この楼王家は代々陰陽師をやっている名門の家で、両親や子ども全員が陰陽師だという。
父親は陰陽連という組織の中でも最上位の実力を持つ八頭衆の一人だ。
この陰陽連、妙になつかしい響きがあるがどうも胸の内がざわつくのは何故だろうか?
しかし俺はこの陰陽師というものにいたく感心をもった。
居ても立っても居られない俺は発音が安定した一昨年に父親に陰陽師になりたいと申し出た。
「お、陰陽師になりたいだと! そうか! 偉……ハッ! ふ、ふん。何を言うかと思えば……。陰陽師は子どもの憧れだけでなれるほど甘くはない」
「つまり許さないということか? それならそれで問題ない」
「え? いや、ダメとは言ってないぞ!」
このように俺は晴れて陰陽師としての道を歩むことになる。
ただしすぐになれるというものではないらしく、俺はこの5歳になるまで修行を禁止されていた。
あまりに幼い体で霊力を酷使すれば体に悪影響が出るためだ。
俺はまったくそのようなことはないのだが、それがこの楼王家のしきたりならば守るしかない。
今日、ようやく5歳の誕生日を迎えた俺は朝から道場に呼ばれた。
そこには母親の風花と父親の厳二郎、父方の祖母と祖父、他の兄弟達がすでに正座している。
楼王家の錚々たる顔ぶれがここに揃えば、場が冷えて引き締まるというもの。
なぜだかわからないが俺は彼らに畏敬の念を抱いていた。
陰陽師というものが俺の中で神格化されている節すらある。
「本日よりイサナが修行に入ることとなった。楼王家、厳二郎の子として業へと至るわけだ」
業に至るというのは人としての行動に責任を持つようになるという意味のようだ。
陰陽道は陰と陽が表裏一体、人間も同じで良いものと悪いものを併せ持つ。
陰陽師への道に入るとなれば、それを受け入れて道に踏み入るということだ。
楼王家ではこのような言い回しをして儀式を行う。
オレが前に出て盃に入った水を飲む。
水には霊力が込められいるらしく、それが体中に巡――る?
「どうしたのだ、イサナ」
「いや……」
厳二郎が訝しむ。
おかしいことにまるで霊力を感じられないのだ。
オレは水に霊力を込めた祖父をちらりと見た。
楼王 厳蔵。厳二郎の父親であり、枝のように細い体の男からは想像もつかないほどの実力者だという。
ただし当主の座はすでに厳二郎に渡っているようだった。
「ただ今より楼王イサナが業へと至った。皆の者、よろしく頼む」
しゃがれた声で厳蔵が家族に呼びかける。
これからいよいよ修行へ入るオレに他の兄や姉達が手本を見せるようだ。
まずは一人ずつ、基本である五行の壱を披露していく。
これも一種の儀式のようなものだろう。
基本の術を手本としてオレに見せることで先を想像させる。
しかしオレが目の当たりにしたのはどうも――
「……以上、今のが陰陽術の基本形だ。体内の霊力を意識して放出する。火、水、木、金、土。五行の概念をしっかりとイメージすることが大切だ」
俺は夢でも見ているのか?
今、兄や姉達が放ったのは五行の壱というが俺のそれとはあまりにかけ離れている。
(弱々しすぎる)
今にも消えそうな蝋燭の炎のごとく、それは吹けば消える程度のものだった。
だがここで俺は考える。
楼王家は陰陽師の名家であり、陰陽師としての確かな血筋と才覚がある。
つまりあれが全力とは考えにくい。
おそらく俺が畏怖しないように相当手加減したに違いなかった。
そんな俺の思惑をよそに、厳二郎が俺の手を引いて中央に座らせる。
「基本の型から教える」
俺は言われた通りに基本の型とやらを教わった。
独学で修行をした俺のそれとは違って簡潔かつ最短の道のりを予感させる。
しかし俺は物足りなさを感じていた。
(もう少し手順を短縮できるのではないか?)
そう思うものの厳二郎の好意を踏みにじるのは得策ではない。
厳二郎に言われるがまま呼吸を吐き出した時だ。
突然、俺の片手から火柱が立ち昇って天井に放たれる。
――ドォォォォォンッ!
火柱が一瞬で焼き貫いてしまった。
焼けた家屋の臭いが立ち込めて、辺りは一瞬の間だけ静寂に包まれる。
「……今のは?」
「天井が! イサナがやったのか!?」
兄や姉が騒然となっている。
俺は確かに厳二郎に言われた通りの手順で行った。
その過程で俺は無意識に簡略化していたらしい。
オレが数千年かけて開発した術発動の手順と厳二郎とでは異なるせいだろう。
おそらく厳二郎とオレのやり方が交わった時に術が発動してしまった。
偶然にも発動条件を満たしてしまっていたのだ。
これは一応成功でいいのだろうか?
しかし実演は命じられていない。
「イサナ。お前、今のは……」
さすが厳二郎、あくまで平静さを失っていない。
兄や姉達は崩壊した天井に視線が釘付け、或いは俺から目を離さなかった。
(はー、さっそくやりおったか)
(仕方ないだろう)
冥王がため息をついて浮いている。
こいつは俺以外に視認できないようだ。
これだけの実力者が揃っていながら不思議なことがあるものだな。
「ホッホッ……ずいぶんと元気のある五行の壱じゃ! 我が孫ながらわんぱくで誇らしいぞ! ホホッ!」
「父さん、笑いごとじゃないだろう!」
「屋根や天井のことなら心配せんでええぞ。そんなもんワシが修繕費を出す。何せかわいい孫の不始末じゃからな。ホホッ!」
「それはありがたいが……」
厳蔵の言葉を聞いて俺は安堵した。
「厳二郎、お前なら誰にイサナを指導させる?」
「……当然、シヅカでしょう」
「長女か。まぁ妥当な判断じゃが、ワシなら選ばんな」
「父さんなら誰に?」
「連太じゃな」
蓮太とはオレの三つ上の兄だ。
わんぱくという意味では俺よりもよほど当てはまっているだろう。
使命された蓮太だけではなく、他の兄や姉達もどよめく。
「お、オレが?」
「うむ、お前がピッタリじゃ。仲良くできると思うぞ」
「へへっ、じーちゃん。わかってんじゃん」
蓮太はしてやったとばかりにニヒヒと笑う。
そして俺を見て、より悪戯っぽく白い歯を見せた。
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