日はまた昇る
ノルーラン
陽はまた昇る
私は、騎士として敵国と戦った。しかし、私が忠を尽くした国は負け、敵国は我が国を掌中に収めたのだった。
私は牢でその報せを聞いた。小さな格子窓の向こうで、雲雀が春を告げている。私は硬い寝台に横たわり、目だけ瞑って、意識を夢の世界へ傾けていた。故郷に残して来た私の妻、イネス。その四歳になるかならないかの息子。老いても尚、その瞳に誇りと勲を抱く私の父、優しく、時に厳しい私の母…全てが遠い出来事のように思われた。瞬間、私はまるで、敵の刃にかかって敗れた、懐かしい同志達と共に、ヘーゲンの草原で埋もれているような気分になった。
そんな夢想は、敵─今となってはわれらが主の──軍人の長靴が響く音で立ち消えた。私は寝台から身を起こし、静かに座りなおす。
牢に入って来た男は、髭面で、熊のように大きく、太っていて、とにかく毛深かった。
彼は疲れで充血し、濁った目で私をちらりと見ると、酒やけした声で「釈放だ」とだけ言った。
というわけで、私は晴れて故郷へと帰ることを認められ、牢から出るやいなや馬車に乗り込んだ。
その馬車は、まるで四角い箱に人を詰めるだけ詰めたような有様で、とても座ることが出来なかった。私のように、何らかの理由で捕虜になり、これまた何らかの理由で、釈放された者たちで溢れている。私は向かいの人を透かして、過ぎ行くヘーゲン砦を眺めた。荘厳な石造りの建物だが──今の私の瞳には、小さくしょぼくれて、悲嘆にくれているように見える。
ヘーゲン砦を抜けると、あとはもう古い古い街並みや、村をいくつか通り過ぎただけだった。この辺りは、私の祖国は殆ど手を出さなかったのだ。
しかし、そのどこにも、帝国(※主人公の敵国)の旗が翻っている。彼らにとっては、領主が変わった事など、瑣末なことなのだろう。それより、今年の小麦の収穫量の方が重要だ。
私もまた、そのような考え方に慣れ、そのように世界を捉えるだろう。
馬車は鬱蒼とした、山の中へ入っていく。ところどころ焼け焦げてはいるが、私は確かに見た。
焦げて灰ばかりになった草の間に、小さな若芽が生えているのを。
泉は滔々と水を吹き出し、川は静かに流れて、湾へ注ぐ。それによって、大地は形作られていく…ヘーゲンの砦に使われていた石は、そのようにして生まれた、太古の大地の子供たちだ。巨大な岩は雨や川に洗われ、丸くなり、その身体を分けていく。このような営みは、国が敗れても、続いていくのだ。ひょっとしたら、人間がこの世界から残らず消えても、自然は昔ながらのやり方を続けるのかもしれない。私の慣れ親しんだ祖国は、一夜にして消えてしまった。私が友と呼んだ人々は、皆、物言わぬ骨と化した。しかし、私は生き残った。私の生は続いていく。山野が昔ながらのやり方を、世界の終わりまで続けるように。私は食べ、眠り、儚い愛を分かちあって、その小さな小さな命の火を燃やし続けるのだ。
私の属するものが消えたからとて、私の生が終わるわけではないのだった。
辺りはすっかり暗くなった。私は馬車を降り、夕映えの中をとぼとぼ歩いた。遠くの山に、熟れた太陽が沈んでいく。名残惜しげな強い光を残して。もう夏も終わるだろうな。私は独りごちた。
戦というものは、いつだって、私たちが季節を迎える喜びを奪ってしまう。
日がすっかり沈んでしまった後、私は故郷の村へ辿り着いた。
イネスは私を抱き締めた。私も彼女をしかと抱き締め、命のもたらす温もりを味わった。
今の私には、パンも、ふかふかのベッドも必要なかった。私は彼女のもたらす愛と、自分の帰り着く場所があるという安堵で、全て満たされていたのである。
日はまた昇る ノルーラン @gimera-lieca
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます