第3話 ライブ参戦

 来る土曜日。

 駅前のやたら人が集まる広場で優雅と待ち合わせて、ライブ会場に向かった。

 優雅は案の定、なぜ流星のライブなんかにと全力で嫌がったが、そこでシェイクをおごる約束をしてなんとか同伴にこぎつけた。

 だってぼっちライブなんてつまらないじゃないか。

 いつも塾に遅れて来る優雅だが、今日の集合は早かった。

 十分前に到着した俺よりも早く、退屈そうな表情でスマホをいじっている。 

 「ごめん、待った?」

 「遅い」

 「今来たところ」などと言う処世術を持っていない正直者の優雅は開口一番文句を言った。

 「お前が早く着きすぎたんだろ。にしても今日はえらく気合の入ったファッションだな」

 初めて見るチノパンに新しそうなシャツ。羽織っているパーカーは、まだ成長することを期待されているのか、だぼだぼだ。

 「ん」

 照れたように横を向きながら、優雅が俺の胸に、持っていた包みを押し付けた。

 「おー、まじ?めっちゃ助かるわ!ありがとう」

 中には優雅の母手作りの煮物が入っていた。

 優雅の母は料理が上手い。しかもとても子煩悩で、優雅と同じ遺伝子を持つとは思えないほど物腰低く穏やかだ。

 会う度に「先生、優雅がお世話になっています」とお惣菜やらなんやら色々もらっている。貧乏学生の強力なパートナーだった。

 優雅は俺の最上級の「ありがとう」に顔を赤らめながら、まだ何か言いたげにこちらをちらちら見ている。

 「何?」

 「…別に」

 「じゃあ行こうか」

 「…」

 言いたいことがあるなら言えよ。逆にじっと見つめ返してやると、優雅はうろたえながら、

 「なんで煮物ばっかなんだよって言ったら」

とようやく喋り出した。

 「じゃあ作れって言われて」

 「え、優雅が作ったの、これ?」

 驚き過ぎて声が裏返ってしまった。優雅は軽く頷き、

 「クッキー」

と言う。

 クッキー?優雅がクッキーを作った…?

 普段とのギャップがあり過ぎて怪しさしか感じない。何かのドッキリか?

 怖々袋を覗くと確かにいつもの煮物の他にもう一つタッパがある。開けてみると驚くほど不細工で焦げているクッキーが入っていた。

 とりあえず一枚取って食べてみる。

 「甘っ、何これ!」

 信じられないくらい甘くて固い。

 「砂糖適当に入れたらそうなった。家に置いといても誰も食わねーから持っていけって」

 おい正直にも程があるだろ。俺なら食うと思っているのか?

 「優雅…気持ちはありがたいけど、とりあえずまともに重さを量れるようになってから作ろうな」


 会場に着くまで優雅はずっと無言でふてくされていた。一応感謝の意は伝えたはずなのに、どうも伝わってないようだ。

 もう一回言えばいいのか?でもここまで不味いとベタ褒めはかえって嘘くさい気がする。

 繊細な配慮が必要な面倒くさい優雅に頭を悩まされる。

 「あ、そうだ。一緒に作ればいいのか」

 「は?」

 不意を突かれた優雅が振り向いた。

 「優雅は何か作ってみたかったんだろ。でも頑張って作ったのに俺から不評だったから拗ねている」

 「は?違っ」

 優雅が赤くなりながら、声を荒らげる。

 「だから今度はもっとうまくいくように、一緒に作ろうぜ」

 その方が俺の好みにも合わせられるし、食材も無駄にならない。もらえるならやっぱりうまいものの方が良い。

 優雅は少し黙った後、ぼそぼそした声で言った。

 「…の好きなもの、作りたい」

 「俺の?うーん…ほうとうとか?」

 「何、ほうとうって」

 ほうとう談議でしばし優雅と盛り上がった。


 ライブ会場は異様な熱気に包まれていた。

 圧倒的に女子が多く、それぞれ推し色のTシャツやペンライトを身に付けている。

 十分くらい待っていると、流星達がステージに上がってきた。

 「きゃー、流星~」

という黄色い声も聞こえてくる。さすが流星、モテモテだ。

 会場中の期待を存分に集め、華々しく一曲目が始まった。

 ショート動画でちらっと聴いたことがある曲で面白かった。アップテンポで流星達の切れのあるダンスにも合っている。

 「流星、こっち向いて~」

 隣にいた女子高生達がスマホ片手に騒ぐと、まるで聞こえたかのように流星がこちらに寄って、ウインクをした。

 キラキラオーラに当てられ、優雅が立ちくらみを起こしている。

 呆れるくらいの気障さに笑えてきた。流星らしいなあ。

 気付いたら、四十分くらいのライブがあっという間に終わっていた。この没入感はすごい。アイドルにハマる人の気持ちがなんとなく分かる気がした。が、

 「大丈夫か?」

 優雅がしゃがみ込んで動かない。どうも人酔いしてしまったようで、顔色がひどく悪い。この人にはライブのパワーは強すぎたようだ。

 「とりあえずどこか人少ないところで休もう」

 無理やり連れてきて悪いことしたなと反省しながら、優雅を立たせ、会場を離れる。

 ショッピングフロアの入り口で流星に会った。

 「おお流星、お疲れさん」

 「来てくれて嬉しいよ!めっちゃ見えてたし」

 まだライブの高揚冷めやらない、元気いっぱいの声だ。

 「お前、あまりはしゃぐとファンに注目されるぞ。あと優雅にめっちゃ響いているみたいだから少しボリュームを落としてくれ」

 「もう誰も俺のことなんか見てないよ。ねえこの後、時間ある?昼食って事務所に戻るまで二時間くらい暇だから、遊ぼうよ」

 優雅を無視、いや牽制しながら流星が言った。

 「いいけど、優雅も一緒だぞ。ケンカすんなよ」

 「えー」

 「…やだ」

 二人ともから不満の声が上がった。仕方ないだろ。俺のせいじゃないぞ。

 「優雅、帰れよ」

 「は?」

 流星が俺との距離を詰め、優雅を手で追い払う仕草をする。

 対する優雅は少し悩んで、

 「帰ら…る」

と曖昧な日本語を発した。…ちょっと重症かもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

男子も奇数じゃダメらしい @miratan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画