第2話 シェイク

 そして勝負の中間考査。 

 新入生テストで思うような点数が取れなかった(目標が高すぎた)優雅は既にやる気をなくしていたが、零点でもいいから試験を受けてこいと励まし、なんとか5教科9科目を乗り越えさせた。本当に零点だったものもあったけど、とりあえず受けただけえらい。よく頑張ったと爆褒めしてやった。

 総合点では流星もいい勝負だった。高2の勉強は難しい。あんなに一生懸命勉強していた流星だったけど、現実は厳しかった。

 「でも俺の方が点数高かったもんね」

 勝ち誇った表情で流星が優雅に成績表を見せびらかす。全然誇れないし、限りなく僅差だったが、優雅を怒らせるには十分だった。

 いつものごとくケンカに発展しそうになったので、二人の間に入って止める。

 「二人とも、シェイクは今日でいいのか?」

 「え、三人で行くの?」  

 流星が突っ込み、優雅が「は?」と眉を吊り上げた。

 「流星は目標点に達してねーから、もらえないだろ」

 意外と真面目な優雅。

 「それをお前が言うか?じゃあお前だってもらえないだろ」

 流星からまともな指摘が入り、優雅が一瞬黙る。 

 「俺は新入生テスト、そこそこ良かったし」

 「どの辺がいいんだよ」

 不毛な言い争いに疲れてくる。

 確かに、三人で遊びに行っても誰にも何の得もないかもしれない。

 「分かった。じゃあ今日はじゃんけん勝った人とシェイク飲みに行くわ」

 流星と優雅の真剣なじゃんけん対決が始まった。

 3本勝負の結果、今日の勝者は流星だった。

 「帰るっ」

 キレた優雅は机を蹴り飛ばし、一文字も勉強せずに帰っていった。


 後には俺と流星が残された。

 「ラッキー」

と流星がにまにましている。何が嬉しいのか分からないが、俺の顔ばかり見ていないで、教科書を見つめてくれ。

 ため息をつきながら優雅が倒した机を戻し、流星に理科を教える。多分流星の人生に1モルあたりの質量とか必要ないと思うけど、学校の課題だというから仕方がない。

 同じことを何度も説明していると眠くなってきた。

 「流星、俺も勉強していい?」

 「何の?」

 俺は机に教員採用試験の参考書を広げた。いよいよ今夏、人生を分ける試練がある。

 最悪非常勤講師として働くことも覚悟はしているけど、待遇が全然違うらしいから、できることなら早く受かっておきたい。そのために一秒でも時間を無駄にしたくはなかった。

 流星は「ふーん」と言って、俺のテキストをパラパラめくった後、自分の課題に戻った。

 しばらく無言でそれぞれの勉強に打ち込む。

 「誰かと一緒に勉強するのって楽しいね」

 不意に流星が言って、はにかんだような笑みを浮かべた。 

 「いや、いつも優雅と勉強しているだろ、お前」

 なんなら学校ではもっと大きな集団で勉学に励んでいるはずだ。

 「違うって。好きな人と勉強するのっていいなぁってこと」

 まあ確かに、互いに憎み合う優雅と勉強をともにしていても、集中などできやしないだろう。

 俺も流星となら比較的心穏やかに勉強ができる気がする。

 「いくらでも口説けちゃうしさぁ」

 流星がふざけて俺の手を取る。

 俺は慌てて手を引いた。

 「お前それ、女子にやったらセクハラで訴えられるぞ」

 それとも流星ほどのイケメンだったら、みんな喜ぶのか?

 流星は微笑みながら、

 「本命にしかしないよ」

と安っぽい冗談を言った。ジョークだと分かっているのに、あまりにも気障で流星らしい行動でくらくらしてしまう。

 「今日はここまでにしようか」

 教室を片付け、日報を書いて、流星とともに塾を出た。もう遅いけど、約束のシェイクをおごりに行く。

 「星きれい。なんか、ロマンを感じるね」

 夜の繁華街に似合わぬムードを醸し出しながら、流星がしっとりと言う。確かにいくつかうっすら見えなくもないけど。

 「俺の地元の方がもっと見えるよ」

 田舎だからな。

 「へー、行ってみたい」

 流星が目を輝かせて言う。星が好きなのかもしれない。理科の学習の良いネタができたぞと俺は嬉しくなった。

 「ねぇ、手とかつなごうよ」

 流星が軽やかに言い、俺に右手を差し出す。なんでだよ。

 「つながないぞ。人目が多すぎる」

 「えー、けち」

 そうこう言っている間にハンバーガーショップに着いた。

 シェイクを注文し、2人で仲良く飲む。夜の糖分は背徳的な旨味がある。

 「今度のライブ、見に来てよ」

 流星が俺を上目遣いしながら言った。

 「いつ?優雅と行くわ」

 「なんでそうなる?今週末だよ」

 意外と直近だな。

 「あまり構わないと優雅が拗ねるだろ。友情を深めるには相手を知るのが一番だ」

 「なんで俺の大一番で優雅とデートとかしちゃうわけ」

 あームカつく、と流星はいきなり機嫌が悪くなった。行儀悪くシェイクをずーずー吸っている。

 「もちろんお前のことを一番に見に行くよ」

 他のアイドルには、特に興味ない。

 「今のセリフは気に入ったけどさ」

 流星がため息をついて、時間と場所を教えてくれた。

 会場は郊外の有名なショッピングモールのイベントフロアらしい。ガチガチのホールライブじゃなくて安心した。

 明日から準備でしばらく会えなくなるからと無駄に寂しがる流星をなだめながら、俺はスマホのカレンダーに予定を登録した。一つ楽しみができた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る