地鎮祭
sorarion914
地を食う虫
私は、更地になった家の前に佇んでいた。
日曜日なのに制服姿なのは、これから地鎮祭があるからだ。
私服でいいのに……と思ったが、こういう時はきちんとした服装でないとダメだと父に言われ、「メンドクサイな」と思いながら仕方なく制服に着替えて待機していた。
古い家を取り壊し、整地して、新築の家が完成するのは夏頃だと言われた。
それまで狭い借家暮らしになるが、幼い兄弟と同じ部屋で過ごすのは少々苦痛だった。
「我慢してよ、お姉ちゃん。大学受験の時は快適な1人部屋になるんだから」
母にそう言われ、私は仕方なく頷いた。
祖母との同居の為、やむを得ない建て替えだと分かっているが――
いつもと違う雰囲気に、幼稚園の制服を着た2人の弟が興奮してじゃれてくる。
「遊ぼう、遊ぼう」と腕を引っ張ってきた。
「分かったから、少し大人しくしてようね。これから大事なお祈りがあるんだよ」
私はそう言って弟たちの手を取ると、かつては家があったその場所に立った。
施工会社の担当と、工事関係者が顔を見せる。
地鎮祭を依頼した神主も到着して、準備が進められた。
三月初旬。
天気は悪くないが、底冷えする日だった。
私は弟たちが走りまわらないよう両手でしっかりと手を繋ぎ、儀式の様子を見守っていた。
厳かな雰囲気の中、神主が祭壇に神饌を供え、祝詞をあげる。
初めは物珍し気に見ていた弟たちも、徐々に飽きて来て落ち着きがなくなって来た。
私は、「シッ!」と静かにするように囁いた。
注意されて、一瞬大人しくなったが。
またすぐに動き始める。
(はぁ……)
私は少々ウンザリしてため息をついた。
が、その時――
末の弟が、ふいに私の手をグイグイと引っ張った。
「どうしたの?」
私は身を屈めて小声で聞いた。
「おねぇちゃん……あそこに、なんかいるよ」
「え?」
弟が指差すのは、祝詞を上げている神主の向こう。
祭壇の先の更地だった。
しかし、そこには何もない。
「どこ?」
私は聞いた。
「あそこ。ムシャムシャ食べてる……」
弟はそう言うと、怯えたように私の手を握りしめた。
もう1人の弟の方を見るが、彼は何も見えていないようで、神主のあげている祝詞を真似て笑っている。
――地鎮祭は滞りなく終わり、私は怯える弟の手を引いたまま、再度聞いた。
「何がいたの?」
「……」
だが彼はそれ以降何も語ることはなく、ただ怯えたように更地の一角を睨んだまま。
ある日。
奇妙な絵を残してこの世を去ってしまった。
まだ四歳だった。
新築の家が完成したのは、末の弟が死んで二カ月後だった。
完成祝いもせず、私たち家族はそこで過ごすことになった。
移り住んでひと月も経たないうちに、父が単身赴任で家を空けるようになった。
母は一人で同居の祖母の面倒を見るようになったが、その祖母が夜中に突然騒ぎ出したり、徘徊を始めるようになった。
認知症だと診断されたが、しっかりしていた祖母の突然の変わりように皆驚きを隠せなかった。
家の中に不穏な空気が漂いはじめ、もう1人の弟も情緒が不安定になり、毎晩のようにうなされて私の寝床にやって来た。
そして言うのだ。
「怖い怖い。大きな虫が出る」――と。
夢に大きな虫が出て、何かを食べているというのだ。
ムシャムシャと。
『あそこに、なんかいるよ』
『ムシャムシャ食べてる』
末の弟が残した言葉に、私はハッとした。
彼が残した遺品の中から、一枚の画用紙を取り出す。
そこには、彼が生前描いた絵があった。
大きな、ミミズのような虫が地面の中から顔を出し、大きく口を開けて食べているのだ。
周囲にある土を。
茶色いクレヨン1つで書かれた、その奇妙な絵。
それが何かと問いかけても、彼は取り憑かれたように一心不乱に書き殴っていた。
地鎮祭の最中に、地面から顔を出し、周囲の土を食べていた巨大な虫。
それが、完成したこの家の下にいるのかと思うとゾッとした。
土地を清める儀式をしたはずなのに……なぜ?
弟が死んだのは、単なる偶然だろうか?
家主が家から遠ざかったのも単なる偶然だろうか?
祖母がおかしくなったのも、残された弟も同じような虫を見るようになったのも。
全部、ただの偶然だろうか?
最近、母の様子も少しおかしい。
家族が見えない何かに蝕まれていくようで、怖い。
床下から。
時折ムシャムシャと――なにか咀嚼する音がする……
これは幻聴?
いずれアイツの大きな口が、私たちを飲み込むかもしれない。
怖い。
お願い。
誰か。
私たちを助けて———―……
……END
地鎮祭 sorarion914 @hi-rose
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