第2話 鬼討ち

 桜舞い散る真夜中に新潟県護国神社の入り口で、石造りの大きな鳥居を見上げていた。近づいてくる足音に気が付いて振り向いた俺は、頭が混乱して声も出なかった。


「お待たせ。燐くん」


 街灯の灯りの下、グレーの長袖シャツ、黒のショートパンツに黒のスニーカーを履いた黒髪の美少女が、こてりと首を傾けて微笑んでいる。


 肩にかかりそうな長さの艶やかな黒髪で整った顔立ち。細身の体格で同学年の女子たちよりも大き目のバスト。ウェストも締まっている。身長は160センチ弱だったと思う。 


 肩から長い円筒形の袋に入った得物をかけて、なぜか右手には「青いコンビニ」のレジ袋を持っていた。


 今日、放課後の学校で、俺が告白コクった女の子。

 俺の告白に「返事は少し待って欲しい」とその子は答えた。


 彼女の名前は八岐藍やまたらん

 高校では俺と同じクラスの子で部活も同じ弓道部だ。


 一緒に練習したり、会話したりするうちに彼女と親しくなった。

 練習中に俺が足首をねん挫したときのこと。彼女は手際よく応急処置をしてくれただけでなく、接骨医院にも付き添ってくれた。

 そのときから、俺は八岐を強く意識するようになり、やがて好きになっていた。


「八岐、なぜ、お前がここに?」


 俺は、渡辺りん。新潟市内にある私立高校の1年生だ。

 俺の家は、ご先祖の渡辺綱わたなべのつなから代々「鬼討ち」を家業としてきた。渡辺綱は、今から千年以上前に源頼光や坂田金時とともに酒呑童子を討伐した人物だ。

 鬼討ちというのは、鬼の討伐を専門にする「異形討伐師いぎょうとうばつし」をいう。「鬼討師おにうちし」とも呼ばれている。


 現代にも鬼は存在する。酒呑童子しゅてんどうじ星熊童子ほしくまどうじ熊童子くまどうじ虎熊童子とらくまどうじ金童子かねどうじ茨木童子いばらぎどうじなどの子孫たちだ。


 鬼はもともとこの世の存在ではない。

 この世と幽世との境界にあるという世界「あはひ」からやって来たといわれている。


 ヤツらは人間の社会に潜んで、人間と同様に暮らしている。もちろん、角を生やした姿では生活していない。姿かたちを人間に擬態しているから、見た目は普通の人間と変わらない。


 普通の人間と異なるのは、ヤツらが人間の肉を喰らって生きていることだ。


 警察発表によれば、行方不明者の数は年間約87000人。

 このうちの何割かは鬼たちの餌になったと考えられている。


 国は鬼の存在や危険性を国民に情報開示していない。特定秘密に指定されている情報だ。情報を開示すれば却って混乱を招くという政策的判断だろう。


 その代わりに国は、公安調査庁内部に「特別課怪異事件対策室」、通称「怪対」を設置して極秘裏に対処してきた。決して表に出ることのない特殊組織だ。そして「怪対」が認定した「異形討伐師」たちに鬼などの異形討伐を依頼する。


 予算は公安調査庁の機密費から出ているらしい。


 俺は「怪対」に所属する城山明奈しろやまあきなという女性から、護国神社周辺で鬼が出没するとの情報を得ていた。獲物を物色しているのだろう。被害が出る前に鬼を討たなければならない。


 今回の討伐対象の鬼は酒呑童子しゅてんどうじの末裔。名をアイカというそうだ。


 そこで俺は鬼斬刀おにきりとう童子切どうじぎり」を携えて鬼討ちにやってきた。


 鬼の討伐には、この刀を使用するのが最も望ましいとされている。


 鬼たちは身体能力が高く、正面からぶつかれば人間は到底敵わない。

 強い衝撃を吸収する皮膚と筋肉は、通常の刃物では傷を付けることもできず、警官が持つ拳銃の弾丸も跳ね返してしまう。仮に負傷しても、すぐに傷口が塞がって回復する。


 そんな彼らに対して、有効性が確認されている攻撃手段は二つある。


 ひとつは、鬼斬刀で斬撃を与えることだ。


 鬼斬刀は、文字通り鬼を斬るために鍛えられた刀。

 数は少ない。現存する鬼斬刀は、童子切をはじめ、鬼切おにきり天光てんこう鬼丸おにまる鬼喰おにはみ膝丸ひざまる鉋切かんなぎりなどだ。


 鬼斬刀の斬撃は、鬼の肉体と魂との繋がりにダメージ与え、あるいは切断する。 


 もうひとつは、火だ。

 最近になって判ったことだが、鬼はなぜか火を恐れるそうだ。

 鬼の皮膚が火に弱いという説もある。


「ねえ、少し歩かない?」


 八岐は海の方を指さした。護国神社の前の通りを北へ道なりに進むと、すぐに海に出る。

 

「あ、ああ」

 

 俺と八岐は、月明りのなかを海へ向かって歩き出した。


 海へ出た俺達は防波堤の上に腰を下ろした。


「はい、こっちが燐くんの分、あ、それからコーヒーもあるから」


 八岐はコンビニの袋からサンドイッチと100円コーヒーを取り出すと、俺に渡してくれた。


「『腹が減っては、戦はできぬ』ってね」


 そう言って、彼女はサンドイッチの袋を開けて口へ運んだ。その様子を見て、俺もサンドイッチを口に運んで咀嚼しコーヒーを流し込む。


「放課後のコト、ありがとう。嬉しかったよ」


 彼女は、はにかんだような笑みを俺に見せた後、海の方に顔を向けて少し残念そうな表情をした。


「少しびっくりしちゃった。まさか、燐くんから告白されるとは思わなかったよ」


「どういうこと?」


 彼女は何が言いたいのだろう? 俺が八岐に告白コクったことが、そんなに意外なことだったのだろうか?


「だって、わたしたち、殺し合う運命でしょ?」


 浜辺に打ち寄せる波の音に混じって、彼女の言葉がオレの耳に届く。


 俺は大きく目を見開いて、彼女の方を見た。

 磯の香りがする海風が、八岐の黒髪を靡かせる。


「わたしは酒呑童子しゅてんどうじの末裔だからね」


 ウソだ! そんな、ウソだよな?

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