第3話 斬り合う理由

 八岐やまたが護国神社に現れたとき「なぜ八岐がここへ?」と思ったのと同時に、わずかに「八岐は『鬼』だったのか!?」という疑念が頭をよぎった。

 でも、そんな筈はないと都合良く考えて、その疑念を打ち消していた。


「ねぇ、もしかしてりんくん。わたしが、『鬼』だって知らなかった?」


 鬼の名は「アイカ」と聞いていた。「らん」ではなかったハズだ。


 八岐は、ひとつため息をつくと、鬼は人間社会で生活するための名前と鬼の社会で通用する名前の二つを持つのだと説明した。「らん」は人間社会での名、鬼の社会では「アイカ」なのだという。


「明奈も悪い女。わたしの名前のこと燐くんに話さなかったのね」


 明奈? まさか城山明奈しろやまあきなのことか? どういうことだ?

 なぜ、八岐が彼女を知っている!?


「わたしたち、お互いに知らないことだらけだったね」


 八岐が鬼だったなんて。俺は狼狽し頭の中は完全に混乱していた。


「じゃ、そろそろ始めましょ」


 俺の混乱をよそに、八岐はそう言って立ち上がる。


「ま、待ってくれ、本気なのか?」


 そんな俺の言葉に構うことなく彼女は円筒形の袋から刀を取り出すと、鞘から刃を抜いて見せた。


「ええ。わたしの『鬼神大王きしんだいおう』で切り刻んであげる。食べやすいようにね」


 冗談だろ? いやだ、そんなのイヤだ。どうして、どうして好きな子と斬り合わなきゃならない。


 俺は立ち上がって、彼女の言葉に首を振った。


「わたしは鬼、あなたは鬼討ち。ずうーと遠い昔から斬り合うことになっているのよ。さあ早く抜きなさい、燐くん」


「ばかな、昔はそうだからって、今の俺達が斬り合う必要なんてない」


 八岐は俯き加減に首を振る。

 彼女には、斬り合う理由があるというのか。


「あるわ。あなたの父親は、わたしのお父さんとお母さんを殺した」


 真っ直ぐな目で、八岐が俺を見る。


 親父が、八岐の両親を? 

 親父は俺が八歳のとき、鬼討ちに出たきり戻らなかった。戻ってきたのは鬼斬刀おにきりとうだけ。鬼は鬼斬刀に触れることができないから、そのまま残されたようだ。


 親父が死んだことは、公安の人間から教えてもらった。母さんも親父が死んでからすぐにこの世を去った。

 親父が他界してからは、公安調査庁の機密費から遺族給付金の名目で残された俺たちに生活費等が支給されていた。


「知ってる? わたしたち鬼はね、べつに毎日人間を食べているわけじゃないのよ。一体の鬼が食べる人間の数は生涯で十人程度。そうね。数え方がちょっと特殊なのだけれど、八年ごとに一人は食べないとダメなの」


「八岐……」


「『食べ初め』って言ってね。わたしが初めて人の肉を食べたのは、八歳のときだった」


 俺は息を呑んだ。八岐が笑みを深める。


「ふふっ、美味しかったよ。あなたの……お父さん」


 そう言うと、彼女は左手の親指をぺろっと舐めて見せた。


 や、八岐が、親父を殺して……、食ったのか?


 そのとき俺の脳裏に浮かんだのは、泣き縋る妹の姿。死に際まで親父の名を呼んで、彼の死を悲しんでいた母さんの姿。


 まだ幼かった俺は親父が残した鬼斬刀「童子切どうじぎり」を握りしめ、歯を食いしばって涙をこらえた。親父を食った鬼を必ず討つと心に決めていた。


「や、八岐ああああああ!」


 逆上した俺は童子切どうじぎりを抜いて八岐に斬りかかる。八岐は俺の剣撃を受け流して、刀を正眼に構えていた。


「あなたの肉は、どんな味がするかしら?」


 口角を上げて、八岐は舌舐めずりした。

 彼女の容貌が変わっていく。瞳はルビーのように紅く染まっていき、頭頂部からは短い角が現れる。八岐は俺に鬼の姿を晒した。


「あなたの血も一滴残らず啜ってあげる」


 彼女が俺に斬りかかる。

 刃と刃がぶつかり合い、鋭い金属音が俺の鼓膜を震わせる。強い衝撃が両腕に走った。


 俺は彼女の凄絶な剣撃をなんとか受け止めていた。

 鬼人化した八岐の剣撃は、十六歳の少女のそれとは思えないほど鋭く重い。これまで戦ったどの鬼よりも強い。


 俺は後方へ跳んで彼女との距離を取る。


 膂力は八岐が上回る。技量は俺に分があるか。

 張り詰めた空気のなか、俺達は命を削り合うような攻防を繰り広げた。


 そして剣を合わせること十合あまり。


 八岐の真っ向斬り。

 俺は振り下ろしを受け流し、彼女の剣を巻き上げる。


「あっ……」


 八岐は小さく声を上げた。

 彼女の刀が手を離れて宙を舞い、地面に突き刺さる。


 彼女を袈裟懸けに斬りつけようと、俺は一歩前に踏み込んだ。


 っ!?


 急に力が抜け、ガクンと腰が落ちた。膝に力が入らず踏ん張りもきかない。


 二の腕が痙攣し始め、思うように腕も動かない。柄を握る手から力が失われていく。


「む、ぐうう……」


 俺は手から刀を落とし、地面に両膝をついた。

 なにが起きたのかわからない。どういうわけか身体がいうことを聞かない。全身が痺れて動けなくなってしまった。


 その様子を見た八岐が、笑みを浮かべながらゆっくりと俺に近づいてくる。


「うふふふっ。知ってるよね? 源頼光みなもとのよりみつ酒呑童子しゅてんどうじに『神変奇特酒しんぺんきどくしゅ』を飲ませて、寝込みを襲ったこと」


 彼女はそう言いながら、地面から剣を引き抜いた。

 寒気のするほど妖しく美しい刀の切っ先が俺に向けられる。


「鬼の血には、人間の身体を麻痺させる効果があるの」


 そうか。八岐が持ってきたコンビニのコーヒー。


「や、やま……た」


「さようなら、燐くん。……大好き」


 八岐が刀を振り下ろし、俺の首をねる。


 地面に頭を強く打ち付け、ぐるんぐるんと二、三回ほど回転した。

 八岐は表情を排した顔で俺を睥睨している。


 景色がかすんでゆくなか、最期に俺の目に映った彼女の顔。

 ひとすじの涙が彼女の頬を伝っていた。

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