4.双子の見分け方

 その日は結局 日付を跨ぐほど遅くに帰ってきて、それでも翌日は朝からの出勤を決めていた。そんな翌朝から、僕は焦磨しょうまにどうでもいい話を振られていた。


「でさ、その子が、結構可愛くてさ」


 何でも昨日、若い女の子に道を聞かれて案内したのだそうだ。彼のこういう話はしょっちゅうで、その度に呆れてしまう。


「お前……あかりちゃんがいるだろ。あかりちゃんに好かれないの、そういうところじゃないの?」


 そんな浮気性だからなびいてくれないんじゃないだろうか。まあまだ付き合ってすらいないのだから、色々な女性に惹かれても何も悪いことはないのだが。


「お前こそ、ひかりさん一筋のくせに全然進展ないじゃんか」


「いやいや、お前にとってのあかりちゃんと、僕にとってのひかりさんを同じにするなよ」


「何、俺の想い以上だって言うのか?!」


 最初は悪ふざけだと思っていたのだが、焦磨はどうやら本気で僕がひかりさんを好きだと思っているらしい。彼が“あかりちゃん”さんを好きなのは自明のことだが、なぜ僕がそれと同列に語られているのかはまったくもって謎だ。


「大体、お前あかりちゃんとひかりさんが一緒にいたら、どっちがどっちかわかるのか? 髪切ったくらいで誰だかわからなくなるのに」


「まあひかりさんの方は見たことないけど、あかりちゃんの方が可愛いに決まってるから、見りゃ一発でわかるっつーの」


「……言ったな?」


 僕はここぞとばかりに、朝からうるさい好色男の鼻っ柱をへし折ってやろうと、彼女にメッセージで協力を要請する。


『唐突で申し訳ないんですけど、ひかりさんとあかりさんが一緒に写ってる写真って何かありませんか?』


 すぐに返ってこないかもしれないと思ったけれど、意外にもすぐにメッセージの返信があった。


『ありますけど……何に使うんですか?』


 さすがひかりさん、警戒されている。はいはいと寄越さないところが彼女らしくもあり、僕への信頼の低さも伺えて、内心で焦磨の言い草を否定できるいい材料になる。こんなに信用されていないのに、好きになったって悲しくなるだけだ。


『同居している同期の話はしましたよね? こいつがひかりさんとあかりさんは一発で見分けられるって言うんです』


『私、その方とお会いしたことないんですけど、その自信はどこから来るんですかね』


『曰く、あかりさんの方が可愛いに決まってるから、可愛いと思った方があかりさんだ、ということのようです』


『じゃあ、彼が私をあかりだと言ったら、私の方が可愛いってことですね』


 なるほど、その発想はなかった。そうなったら、彼はひかりさんの方へ乗り換えるのだろうか。それは何というか……ちょっと嫌だ。


『そういうことになりますね。彼の中では』


『いいですよ。送っても』


『ありがとうございます』


『ただし! 答えを言う前に、八壁やかべさんも当ててみてください。それが条件です』


『いいでしょう。外しても、気を悪くしないでくださいね』


『私もそこまで子供ではないですよ』


 そこで一旦返信が途絶えた。画像を選定してくれているのだろう。焦磨の方は、僕が黙々と何をやっているのかと、気になっているようだった。


 すると少しして、画像が送られてきた。

 これは……どこだろう。どこかのお寺と青々とした紅葉をバックに、二人で顔を寄せ合ってカメラに向かってピースしている。二人で旅行か何かに行った時の写真だろうか。


 控えめに言って、可愛いと思った。この画像は完全にプライベートの様子なのだろう。いつもの清楚然として凛々しく落ち着いた様子のひかりさんとは違う。まあ、どっちかは“あかりちゃん”さんなのだが、それでもどちらも快活としていて楽しそうだ。


「焦磨、そんなに言うなら、これがどっちがあかりさんかわかるよな?」


「な……に……っ?! この画像……ほしいっ! お前、何でこんなもの持ってんだ……!」


「正解したら、交渉してやってもいいけど」


 さっきまであんなに自信満々だったのに、こうしていざ見比べると、決めきれないらしい。画面に食い付くようにじっくりと眺めて、なかなか答えを出せずにいる。


「ほらほら、一発でわかるんじゃなかったっけ?」


「うーん……こっちだ! 右の方が可愛い!」


「“やっぱなし”はなしだからな?」


 もう決めたんだと、往生際が悪く思い悩んだりはしないようだ。


『彼は、右の方が可愛いと言ってます』


『八壁さんは、どうですか?』


『そうですね……彼には悪いですが、右がひかりさんですかね』


『どうしてそう思いますか?』


 どうして、とくるか。彼女は僕を信用していない割に、僕の判断基準が気になると言う。よくわからないものだ。まあ、単に面白がっているだけかもしれないが。


『右の方が、よく見る顔に似てると思ったので。あとは……ズルいこと言っていいですか?』


『なんでしょう?』


 まあ、これを言ったら気持ち悪いと思われるかもしれない。だけれど、焦磨が右って言ったからそれが外れると思って僕も右にした、なんて理由ではちょっと癪だったので、本当の理由を話すことにした。


『これ、京都の銀閣寺ですよね? 行ったのは去年の六月。紅葉もまだ青いですしね。たしか姉妹で旅行に行くって連休取ってましたから、その時ですね。この時のひかりさんって、休むからって何日も遅くまで仕事詰めでしたよね。それで目元も少し隈ができてたんです。言わなかったですけど。でも自分でも気付いてましたよね? だから、それを誤魔化すために化粧がいつもと違う。他はいつもと同じようなのに、目元だけが何だか違うように見えます。まあそれでもいつもと同じように見せてるつもりなんだと思いますし、実際見慣れてなければわからないでしょう。そういうわけで、右がひかりさんです』


『よく覚えてますね。そんなことまで。怖いんですけど』


『当たってました?』


『……当たってます』


 そこまで言って当たっていなかったら、しばらく口を聞いてくれなかったかもしれない。当たっていてよかったと、ほっとして胸を撫で下ろす。


「はずれだってさ。右がひかりさんだよ。あかりちゃんは左」


「な、何だって……。彰太しょうた、一生のお願いだ。このこと、あかりちゃんには言わないでくれ」


「いや、僕はあかりちゃんに会う機会ないし……」


 土下座でもしよう勢いで頼み込まれるとちょっと可哀そうではあったので、ひかりさんには“あかりちゃん”さんに言わないであげてくれと言っておくか。


『当てたとは言っても、ちょっとズルですよね』


 おやおや、ひかりさんとしては、当てられたのが不服らしい。どんなやり方だとしても、当てたのだからいいと思うのだが。まあ確かに、外しても気を悪くしないとは言ったが、当てても気を悪くしないとは言っていないのか。


『僕は、ひかりさんはいつもの化粧の方が可愛いと思いますよ。だから、この写真の可愛くない方がひかりさんだと思ったら当たりました』


『後から調子いいこと言ってもダメですよ』


 どうやらそう簡単にご機嫌は取れないらしい。決して嘘を言ってるわけではないのだが。こういう時は、彼女の好きなスイーツを差し入れてご機嫌を取ることにする。


『八壁さんは、今日は朝から来ますか?』


『そのつもりです』


『例の動画の件でお話があるので、着いたら四番支援室に来てもらえますか?』


『わかりました。失礼なことを言ったお詫びも兼ねて、何か差し入れ持っていきますよ』


『この件を私の手柄にしてくだされば、それで充分ですけどね』


『頑張りましょう、お互いに』


『はい。では、また後で』


 ひかりさんとしても、“あっち”には譲りたくないのだろう。どうにか僕らだけで、犯人の尻尾を掴んでみせる。そのためには、このヘタレ刑事さんにも頑張ってもらわないと。


「焦磨、捜査本部としては、モンタージュや画像の公開は考えてる?」


「いや、そこまでは踏み切れないってさ。相手は未成年かもしれないからな。犯人が未成年となれば、色々な事情が変わってくる。主に世間の見方がな」


「未成年買春――被害者だって、批判の対象になり得るってわけか」


「そういうこと。だから、情報の扱いについては上も慎重になってる。ま、このまま被害が続けばそうも言ってられないんだろうけど、その前に、“所長”行きだろうな、この案件」


 我らが捜査支援分析センターの所長は、警察関係者や法曹界、政界では、“我が国の希望”なんて大層な呼ばれ方をしているらしい。それもそのはず、若くして就任してから数々の未解決事件や難事件を一人で解決に導いてきた天才なのだ。

 しかしながら同じ捜査支援分析センターの一員として、所長に投げざるを得なくなるなんて、そんな敗北宣言はしたくない。


「そうならないように、さっさと犯人を突き止めようぜ」


「うん。じゃあ、僕は先に行くから」


「おいおい、無理はすんなよ? 昨日だって遅かったんだし」


「わかってる」


 そうして焦磨に見送られながら、僕は家を出た。

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鮮血の女神 taikist @_Rubia

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