3.盗撮マニアの大手柄
帰り支度をしていると、
メールの内容は、本文にクラウドのリンク先が一つ記載されているだけ。何だろうと思い、一応ウイルスチェックしてみるが、なりすまし等ではないようだ。リンク先を開いてみると、クラウドには動画ファイルが一つ保存してあった。これが一体何だって言うんだ。そう思いながら、クラウドから動画をダウンロードして、開いてみる。
映し出されたのは、ホテルのような室内。薄明るい照明に、画面の真ん中には大きなベッドが映る。あれ、この風景、どこかで……。
やがて、二人の男女が入室してくる。不鮮明な映像だが、記憶の引き出しから出た情報で補完され、既視感の正体に思い至る。ここは犯行現場のラブホテル。二人は今回の事件の被害者と、犯人だ。
映像がベッドの方に固定になっているせいで、室内全体の様子はわからない。
少しして、風呂上がりの男がベッドに腰掛け、何か缶飲料を飲んでいる。酒だろうか。同じく風呂上がりの女が戻ってくると、男はゆっくりと力なく倒れてしまった。胸が上下していることから、気を失ったか眠っているようだ。
意識のない男を抱えた女は、近くにあった椅子に座らせ、紐のようなもので男を裸のまま椅子に縛り付け始めた。かなりがっちりと固めている。また、椅子自体もベッドの脚に縛って固定させる徹底ぶり。これは現場写真で見たものと同じだ。
しばらく女は画面に映らないが、男の意識が戻ると、女は不意に男の口に何かを突っ込んだ。鑑識の報告によると、男の口には女性ものの下着が詰められていたらしい。そのまま男の口をガムテープで塞ぐ。
画面の端で、女が刃渡りの長いナイフを取り出して、慣れたような所作で男の腕を切りつけた。たしか資料では、刃渡りは二十二センチ。サイズは包丁に近いが、それよりは細身だったらしい。
そこから流れた血を眺めていた女は、その血を拭って男の陰茎へ擦りつけた。ひかりさんの行動分析では精神的に子どもということだったが、この映像から子どもとは言え性的な行為に対する知識、興味も持ち合わせているらしいことがわかる。
その後はナイフで切り付け、刺すなどして傷を負わせ、陰茎を
映像の中の彼女は、やはり相手を傷付けることを愉しんでいるように見えた。その結果として殺してしまった、というような感じか。どちらかと言えば、殺すことが目的ではなく、殺してしまったのは不本意とも取れた。傷付けることを愉しんでいるのなら、相手が死ぬことは遊びの終わりを意味する。
途中で見せた性行為は、それ自体を目的としておらず、彼女の目的を達するためのスパイスのような意味合いを持つように感じられた。異常性癖の類ではなさそうだ。
事件の一部始終を捉えた映像。こんなものを一体どうやって……。そう不審に思っていると、焦磨から着信があった。
『……見たか?』
らしくなく、暗い声だ。それだけショッキングな映像には間違いなかった。
「見たよ。どこで手に入れたの? こんなの。ホテルの監視カメラはこんな画角じゃなかったし、ほとんど撮れてなかったよね?」
『ラブホってのは、盗撮目的でこっそりカメラ仕掛ける奴がいるんだよ。たまたまそれを現場で見つけてな。持ち主を特定して、映像を押収した』
盗撮犯も今回ばかりはお手柄と言いたいところだが、これはこれ、それはそれで取り調べを受けるのだろう。
「焦磨はこの映像、どう思った?」
『いや、金玉縮み上がっちまったよ。って冗談はさておき、ありゃ薬かなんか盛ったんじゃないか? 鑑識の段階じゃ出なかったんだけど、解剖の結果はまだだから、それでわかるかもしれねぇ。それに、あんな派手な殺し方をした後、死体を愛おしそうに撫でてたろ? やっぱりまともな精神状態とは思えねぇよ』
たしかにまともとは到底思えないが、かといって何か錯乱していたりとか、薬物などで気分が高揚していたりとか、どうもそうではないと僕は考えていた。犯行の最中、彼女はたしかに理性的だったように、僕には見えた。
「ひかりさんの見解だと、彼女の精神状態は極めて安定しているそうだよ。異常かどうかはともかく、安定しているという点に関しては、僕も同意見。異常なのは確かなんだけど、何が異常なのか、僕にはまだ判断がつかない状況かな。生死に関する倫理観がバグってるのかと思ってたんだけど、映像を見る限り、どうも違うみたいだし」
『あかりちゃん的には、簡単には殺さないようにしてるように見えるらしい。刃物の扱いに慣れ、人体の構造もよく理解してる。恐らく、これまでの犯行の中で学習したんじゃないかってさ。最初の方は、遺体の損壊も酷かったしな。最初は解剖のつもりだったのかもしれねぇな』
ひどく納得のいく仮説だ。彼女の目的が人を傷付けて得られる何かだとするなら、その目的を達成するために、最初期は人体の構造を学んでいた。簡単に死んでしまわないように、長く遊んでいられるように。
そう言えば、最初期の遺体は死亡後に損壊されているらしいという解剖結果が出ていたんだったか。恐らく彼女にとっては失敗だったんだ。だから次に活かすため、解剖した。なら、今の彼女は満足のいく結果が得られているのだろうか。
「この映像、ひかりさんにも送っていい?」
『もちろんだ。うまく活用して、さっさと犯人を突き止めてくれよ』
「いや、僕はサポートであって、丸投げされるのは困るんだけど?」
とは言っても、ここまで有益な情報の少ない事件は僕たち分析官の力を借りるほかないのだろう。
『あまり長引くと、“あっち”に取られちまうぞ』
そりゃあ、僕たちより優秀な人材はいる。でも、せっかく任せられた仕事を全うできずに移譲する羽目になるなんて、僕はごめんだ。その前に、何としても成果を挙げたい。
『お前、まだ残っていくか?』
「そうだね。もう帰ろうかと思ってたんだけど、もうちょっとこの映像を見ていくよ」
『わかった。じゃあ飯は作っといてやるから、帰ったら食えよ。俺はたぶん先に寝てるから』
「ありがとう、気を付けて」
通話が切れて、僕は再び映像を再生する。
痕跡から想像するしかなかった彼女の姿がそこにある。それなのに、どうしてだろう。ちっとも彼女に届く気がしない。彼女という存在を感じられない。彼女を理解できない。彼女のことを、知ることができない。
そう、彼女は理解の外にいる存在だ。常識という枠の中にとらわれない。なら、彼女の辿ってきた道筋もまた、常識という枠にとらわれない、理解の外の領域ということだ。
――考えろ。普通の生き方の、その逆を。それが、彼女の思考を読み解くカギになる。
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