2.四件目の猟奇殺人事件
昨夜未明、
警視庁は、今回の事件は一連の連続殺人事件と同一犯の犯行であるとして、捜査にあたっています。
* * *
「……まったく、いやな事件だねぇ」
カーナビのテレビから流れるニュースを聞いて、助手席の
「他人事みたいに言って、これから現場入りなんだろ?」
「現場行ったって、大した成果はねぇよ。これまでだってそうだ。わんさか証拠は出てくるのに、犯人の特定には至れない。犯人についてわかっていることと言えば、十代から二十代の女ってことくらいだな。黒髪ロングだけど、今はもう切っちゃってるかもしれないしな。髪切ると、女って途端に誰だかわかんなくなるし」
彼が愚痴を言いたくなる気持ちもわからなくはない。こちらだって、彼らが調べてくれた数々の証拠から有益な情報を何一つとして見出せていないのだから、耳が痛い他ない。
「それって経験談?」
「そうだよ。この前、あかりちゃん髪切ったって言ったじゃん? 最初あかりちゃんだって気づかなくて、思わず敬語で接しちゃってさ。すごい笑われた」
憮然として返す焦磨に、僕はまたいつもの惚気話かと笑い飛ばす。
「二度恋に落ちれてお得じゃないの」
「いやいや、笑い事じゃないぜ。俺にはあかりちゃんという人がありながら、目の前のこの子の可愛さに抗えない……どうしたものか……って葛藤がだな」
「結局どっちもあかりちゃんだったってオチなんだから、よかったじゃん」
「あー、ここでいい。停めてくれ」
現場近くまで着くと、彼はここからは歩くと言い出した。現場の付近に思わぬ発見があるかもしれないからと、彼はいつもそうしていた。
「じゃあ、お前も何かわかったら連絡くれよ?」
「わかってる。期待に添えるよう努力はするよ」
彼を降ろした後で、僕も自分の持ち場へと車を走らせた。
◆◇
「お疲れ様です。どうです? 防犯カメラの方は。何か出ました?」
捜査支援分析センター入り口の自販機で、あたたか~いのロイヤルミルクティーを買っていたスーツ姿の若い女性に、何気なく尋ねてみた。
彼女は今日もいつも通り、長い髪を左の耳の下で緩く結わえている。暗い髪色に薄明るい黄色のシュシュは、いつもながら絶妙なコントラストだと思う。その髪の房を揺らしながら、僕の声に振り返った彼女の相当疲弊したような表情を見ると、あまりいい返事は期待できなさそうではあった。
「……お疲れ様です。いつも通り、うまく撒かれてしまいました。顔もはっきり撮れてませんし。やはり、少し警戒されてますね」
彼女――ひかりさんは、“あかりちゃん”さんの双子の姉に当たる人だ。僕は“あかりちゃん”さんに直接会ったことはないが、焦磨もひかりさんに会ったことはないらしい。ひかりさん曰く、一卵性なので顔はそっくりだと言う。だから焦磨から“あかりちゃん”さんの話題が出ても、こういう人かとイメージしやすくて助かっている。
「後で僕にも資料送っておいてもらえますか?」
「ふふっ、もう送っておきましたよ」
「先手を打たれてしまいましたか。これは失礼」
休憩中の彼女と別れて、情報分析係の四番分析室へ向かい、早速 彼女の送ってくれた資料を読み込むことにする。
被疑者が被害者と現場であるホテルにやってきたのは、昨日の午後八時四十分頃。長い黒髪の少女。服装はゆったりとした白いシャツに、膝丈ほどの黒いスカート。このホテルはいわゆるラブホテルで、チェックインは電子画面で行っていたので従業員とは直接 顔を合わせていない。チェックイン時に女の方の情報はなく、被害者男性の情報の入力のみで事足りたらしい。部屋は三階の一番奥。
記録によると、女が部屋を出たのは午前零時頃。簡易な鑑識結果では、被害者の死亡推定時刻は午後十時半から午後十一時頃とされている。現時点でも飛散した血液の状態などの状況証拠からの推測もあわせているだろうし、解剖結果が出てもそんなに大きくは変わらないだろう。となると、この少女は犯行後すぐに部屋を出たわけではなく、一時間半近く死体と同じ部屋に居続けたことになる。風呂場でも血液反応が出たので、血を洗い流したのだろう。
ホテルを出た後、彼女は歩いて近くの住宅街に入っていったことがわかっているが、人目もなければ監視カメラもなく、そこから先は不明。
これが連続殺人事件であれば、彼女の犯行はこれで四件目になる。一件目に比べれば、段々とその犯行の精度、計画性が増しているように感じ、“慣れ”が伺える。恐らく今後も犯行は続くだろう。
そもそもこの事件を難航させている問題点は、証拠が多く上がるのに、なぜかそれが彼女の身元特定への決定打にならないことだ。指紋も髪の毛も採取した。大体の背格好や年齢も、性別もわかっている。目撃者には気を付けているようで、顔だけは割れていない。とは言え、あまりにも大胆過ぎる犯行。これでなぜ個人を特定できない。彼女は一体、何者なんだ。
「
昼休憩を終えたらしい
元々刑事だった萩森さんは、捜査支援分析センターに転属してからもう十五年になるらしい。この四番分析室の主として、僕が一人前になるまでみっちり仕込んでくれたが、今でもこうして僕が行き詰っていると口を出してくれる。
「萩森さん、お疲れ様です」
「おう。あれだろ、例の連続猟奇殺人事件。行き詰ったら別の切り口からも考えてみろって言ったよな?」
新人の頃から萩森さんには口を酸っぱくして言われていたことだった。犯人の思考に没入しようとするより先に、必要な情報を全て頭に入れて、検証は重ねたのか、と。
「すみません、そうでした。ちょっと、資料見直してみます」
「あれだな、映像の解析だけじゃなくて、行動分析も
「はい」
結構疲れている様子だったし、心苦しくはあるけれど、ひかりさんに行動分析の依頼をメールしておくことにする。
被害者はすべて四、五十代の男性。経済的にも余裕のある層だった。そんな彼らとどうやって出会ったかは明白。売春、援助交際、またはいわゆる“パパ活”だ。被害者の財布からは必ず現金が全て抜かれていた。金銭目的の犯行……にしては過激で、現場の痕跡からは殺し自体を愉しんでいたような様子が窺える。
現場はラブホテルだったり、被害者の自宅だったり、被害者の車の中だったりとまちまちで、同じ場所で起きたことはない。
被害者に関する問題は、犯人は被害者を選んでいるのかというところ。もし選ばれた被害者だとしたら、被害者になる何らかの条件があるはずだ。それを導き出せれば、次の被害者をあらかじめ絞り込めるかもしれない。
ただ、計画性はあるが、標的自体は誰でも良かったという可能性もある。今のところ被害者の共通項は年代と経済状況くらいで、後者の方で当たっていそうな気がする。
すると、早速ひかりさんから返信があった。
『映像を見る限りでは、犯行前後も比較的落ち着いていて、恐らく周りから見てもまさか殺人犯だとは到底思えないでしょう。人を殺すということの感覚が麻痺しているか、精神的に未成熟なのではないかと思います。計画性はありながら、証拠を多く残すなど不可解な点もあります。恐らくですが、狡猾な凶悪犯というより、知恵を持った子どもという方がしっくりきそうです。
細かく見れば犯行の内容は異なりますが、大まかに見れば毎回同じことをしていることから、これだけの数を重ねても精神的には安定していると言えます。多少、監視の目を気にしているようなところもありますが、警察の手を恐れているようにはあまり感じません。これまで同様、今後の行動を予測するのは困難かと思います』
情報支援係にいるからバリバリのエンジニアかと思いきや、彼女は心理学部の出身なのだと、以前に萩森さんから聞いたことがあった。それを裏付けるような分析。おかしいな、僕だって情報分析係にいるはずなんだけれど。これでは僕の立つ瀬がない。
彼女の見解をあわせて考えると、これらの事件は彼女にとって“悪戯”、“遊び”なんだろう。子どもの悪戯を止めるにはどうしたらいいんだろうな。
そして何故、彼女はこのような“遊び”をするに至ったのか。
子どもは誰しも好奇心によって残虐な行いもやり遂げてしまう。それを、教育によって倫理観を学び、矯正されていく。生死に関する倫理観が欠如しているとすれば、教育の過程で問題があったと考えるべきだ。
学校に通っていたなら、彼女の攻撃的な一面は無意識に表れていたはずで、同級生にそれが向いていた可能性はある。となれば、それが多少なりとも問題になったことはあるはず。もしくはもっと、学校教育そのものを受けていない、あるいは保護者からの教育も。そういった可能性もあるのだろうか。
現場が東瀧上市近辺に集中していることから、彼女の潜伏先、生活圏はこの範囲と見ていいだろう。彼女が育ったのもこの範囲だとするなら、学校での傷害事件、いじめ、虐待、育児放棄などの例を探してみれば、彼女の姿が見えるかもしれない。
「八壁、俺はそろそろ上がるから、最後戸締りしとけよ」
「はい、お疲れ様です」
夕方になって、朝からの出勤だった萩森さんは四番分析室を後にし、狭苦しい部屋には僕一人だけになってしまった。僕は昼からの出勤なのでもう少しここに残って調べようと思うが、遅くならないうちに上がることにしよう。
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